赤い玉のイヤリング
檻から連れ出された私は、手を後ろで拘束され、檻が置かれているのとは違う倉庫に案内された。
そこに一人で入るよう命じられる。
私は言われた通り中に入った。
倉庫の扉はすぐに閉じられた。
中に明かりはなく、小さな通気口から差し込む一筋の光を頼りに、倉庫内を見回す。
と言っても、夕暮れに近い時間帯だから、視界はおぼろげだ。
倉庫の中にはほとんど何も置かれていない。
その一番奥に、私に背を向けた男の姿があった。
男は振り返り、少しずつ私に近づいてくる。
その顔は徐々に光に照らされ、輪郭が鮮明になった。
黒い髪に赤い瞳。
片方の耳に、赤い玉のイヤリングが揺れている。
私の顔を少し観察した後、彼はニヤリと口角を吊り上げた。
「――一年ぶりだな、ウームデキム」
「……誰のことかしら」
私は目を閉じ、知らんふりをする。
「とぼけんな。俺がお前を見違えるわけねえだろう」
彼は私の顎を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「髪が白に変わろうと、目を見ればわかる。他のポンコツどもは騙せても、俺は騙されねえよ」
しばらく彼の目を見つめ、もう誤魔化せないと悟る。
私はため息を吐いた。
「……そうね。私を見つけられるとしたら、最初はあなたしかいないと思っていたわ、デケム」
私は彼の手から逃れようと後退る。
だが彼はそれを許さず、私の腰に手を回した。
「どうして俺に何も言わずに消えた、ウームデキム」
距離が近い。
彼の目は、怖いほど真っ直ぐに私を捉えている。
「リリィよ。ウームデキムなんて長くて言いにくいでしょう」
「話を逸らすな」
何が何でも理由を聞き出そうとする圧を感じる。
彼の目の奥には、怒りと苛立ちが渦巻いていた。
「あなたに言ったら、協力してくれるの?」
「理由次第だな」
そう来ると思った。
この男はどこまでも自分中心だ。
彼が納得する理由がなければ、動くことはない。
「なら、言わない」
「……そうか」
彼は私から手を離す。
そして私の髪を掬い上げ、じっと眺めた。
「髪、染めたのか。白の方が似合ってるな」
「ずいぶん簡単に引き下がるのね」
「お前は合理主義だ。俺に言わないってことは、言ってもどうにもならないと判断したんだろう」
彼は私の髪をそっと落とし、続けた。
「つまり、お前の理由は俺を納得させられるものじゃない。なら俺は、お前を連れ戻すだけだ」
やはり、彼は私を見逃す気はない。
どうしたものか。
「すぐにでも連れ帰りたいが、ここに来たからには一仕事済ませたい」
「仕事?」
「ああ。お前、外の仕事はあまり知らなかったな」
彼は少し下がり、指で床を指した。
「ここは研究素材の調達地だ」
――調達地。
だからあれほど多くの子供が集められているのか。
「お前を探すために、ここの協力者と取引した。運搬を手伝う代わりに、人探しに協力しろってな」
どうせ運ぶのは馬車だろう。
依頼と報酬が釣り合っていない気がするが、この男の性格を考えれば、半分は脅しだろう。
「なんだその目。あのゴミどもも、研究所のおかげでいい飯が食えてる。そのくらい喜んで協力すべきだろ」
「そうですか。それはご立派ですね、デケム様」
「嫌味はやめろ。それと、外の仕事ではロイドと呼べ」
「承知しました、ロイド様。それで、私はどうすれば?」
デケム――もといロイドは、少し考える素振りを見せた。
「部屋を用意させる。お前は待っていろ」
彼は紙と筆を取り出し、木箱を机代わりにして手紙を書き始めた。
研究所で外の任務を任される者は、基本的に素顔を誰にも見せない。
依頼内容は手紙で伝え、読んだ後は燃やす。
直接会う時も、必ず何かで顔を隠す。
私は隣で大人しく待つ。
暇つぶしに床を眺めていると、何かが足元まで這ってきた。
(――蛇?)
だが、町中に蛇が出るだろうか。
その模様に、どこか見覚えがある。
その時、外から「バーン」と倉庫の扉を叩く音が響いた。
ロイドは立ち上がり、扉を睨みつける。
扉は徐々に歪み、ついに破られた。
倒れた扉の向こうに立っていたのは、ピエロの仮面をつけた男――カイだった。
仮面越しに目が合った瞬間、彼は一気に距離を詰め、私に手を伸ばす。
だがロイドは隠し持っていたナイフを抜き、カイに振り上げた。
カイは体を大きく反らしてかわす。
しかし完全には避けきれなかったのか、仮面が真っ二つに割れた。
赤と青のオッドアイが、闇の中でもはっきりと光る。
「――誰だ」
ロイドは私の前に立ち、険しい目でカイを睨んだ。
カイもまた、普段以上に冷たい空気を纏っている。
二人は構えたまま、互いを見定めるように動かない。
やがてカイが口を開いた。
「彼女を、返せ」
怒りを押し殺した声だった。
「返すだと……それはこっちの台詞だ」
ロイドも怯むことなく応じる。
一触即発な空気だ。
なんかエルメさんに勧められた小説の中にもこんな場面があった気がする。
ここは「私のために争わないで」なんで言って、場を和ませるべきだろうか。
そんな私の思考を遮るように、ロイドが背を向けたまま問いかけた。
「リリィ、こいつはお前の何だ」
野獣のような低い声。
「今、一緒に行動している人よ」
その答えに、ロイドの放つ空気がさらに冷えた。
「ほう……俺を捨てて男を乗り換えたってわけか。いい度胸だな」
言い方が悪い。
まるで私が浮気性みたいじゃないか。
「だが、俺以外にお前のバディを務められる奴なんていない。俺以上にお前を理解している人間も存在しない」
カイはそれでも動じない。
ただ、彼の纏う空気もさらに鋭くなった。
張り詰めた沈黙の中、遠くから大勢の人間が騒ぐ声が聞こえてきた。




