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シャドウサーカス〜闇と光の出会い〜  作者: シン


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4/10

《光の蝶と闇の華》

 住み慣れた街並みを眺めながら、町外れの空き地に設営されたサーカス会場へと歩く。


 この町はカターレという。国の中心部に近く、比較的裕福な土地だ。古典的で上品な建築様式の建物が整然と並び、どうやら昔の街並みを残しつつ、古い建物から順に建て替えを行っているらしい。


 貿易も盛んで、新鮮な食材や質の良い生活用品に困ることもない。この国の中でも、かなり住みやすい町だと思う。

 ここに住み始めて二年目になるが、生活に不満はほとんどなかった。


(もっとも、貴族たちが統治権を狙って虎視眈々としているせいで、国からの監視は厳しいけれど)


 現領主は体調不良で任期を早めに終える予定だって聞いたし、次の後任を巡ってきな臭い話も聞こえてくる。

 厄介なことにならなければいいのだけれど。


 ……まあ、私はここに長居するつもりはない。

 それでも、この一年で世話になった人たちが、これからも穏やかに暮らせることを願わずにはいられなかった。


 そんなことを考えているうちに、視界の先に派手な色合いのテントが見えてきた。

 その周囲はすでに多くの人で賑わっており、老人から子供まで、実にさまざまな客層が集まっている。


(帰りは馬車が捕まらないかも。終わったらまた歩いて帰ろうかな)


 鉄道は診療所の近くを通っていないため論外だ。

 終演時間次第ではすっかり日が落ちてしまう。女性一人で歩くには、少し心配な時間帯になるだろう。


(まあ、護身用の()()も持ってきているし、なんとかなるか)


 まだ始まってもいないのに、そんなことを考えながらチケットを係員に見せ、巨大なテントの中へ入る。

 案内された席は、中央の円形ステージ正面。遠すぎず近すぎない、なかなかの良席だった。


(あの患者さん、意外と裕福だったのかも)


 しばらくすると、テント内の明かりが一斉に落ち、ステージにスポットライトが灯る。

 そこに立っていたのは、上品な燕尾服を着こなし、シルクハットを手に深く一礼する、ブロンド髪の美しい青年だった。長い髪を背後で結い、どこか非現実的な雰囲気を纏っている。


「Ladies and gentlemen――ようこそ、我ら《サーカス・ルミナ》のショーへ。

 私は団長のウィル。本日は皆さまを、一夜限りの夢へとご案内いたしましょう」


 そう言って彼はシルクハットを軽やかに振り回す。

 次の瞬間、その帽子の中から色鮮やかな花束があふれ出した。


 それだけで会場はどよめき、拍手と歓声が巻き起こる。


「これはほんのご挨拶。これからご覧いただくのは、この国に伝わる昔話を織り交ぜた、さまざまな演目でございます。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください」


 スポットライトが消え、団長の姿は闇に溶けるように消えた。


 再び光が灯ると、ステージ中央には、赤・白・青の鮮やかな衣装をまとい、笑みを貼り付けた仮面のピエロが立っていた。

 彼の両手には、二体の女の子の操り人形。片方は白髪、もう片方は黒髪だ。


 そして、澄んだ少女の声がテント内に響く。


「昔々――このガナード帝国には、二人の奇跡の乙女がいました。

 一人は、不可能を可能にする《光の蝶》」


 その言葉と同時に、無数の光の粒が宙に舞う。幻想的な空間に入り込んだような気分になる。

 

 テントの奥から、白いドレスをまとったツインテールの少女が満面の笑みで駆け出し、ステージ中央でくるりと回る。


 そして、彼女が高く手を掲げた瞬間――

 その身体は、ふわりと宙へ浮かび上がった。


 彼女はまるで蝶のように、軽やかにテントの中を舞い飛んだ。

 するとどこからともなく、彼女とお揃いの衣装をまとい、どこか面影の似た少年が観客席の中から現れる。二人が手を取り合った瞬間、少年の身体もまた、ふわりと宙へ浮かび上がった。


 ――まるで、奇跡を見せられているみたいだ。


 二人はテントのあちこちを飛び回り、ときに息を合わせ、目を見張るようなアクロバットを次々と披露する。

 高難度の技が決まるたび、歓声が波のようにテント中へ広がっていった。


 やがて少年少女は、ゆっくりとピエロの前へ降り立ち、深々と一礼をする。

 その姿を包み込むように、舞台の灯りが静かに落ちていった。


 ほどなくして、凛とした女性の声が、どこからか響く。


「――もう一人の乙女は、密かに国の脅威を消す《闇の華》」


 その言葉と同時に、ステージの周囲から炎が噴き上がった。

 赤く艶やかなドレスをまとった華麗な女性が、鞭を手に、黒豹を従えて奥から現れる。優雅な足取りで、炎に照らされたステージ中央へと進んでいく。


 反対側――テントの入り口からは、よく鍛えられた褐色の身体をした男が、まるで闇そのものから現れたかのように姿を現し、ゆっくりと舞台へ上がった。


 開幕からステージに立ち続けていたピエロは、いつの間にか、獣が潜り抜けられるほどの大きな輪を手にしている。それを炎へと近づけた。


 次の瞬間、戦争の始まりを告げるかのような鐘の音が鳴り響いた。


 女性は鞭を地面に叩きつけ、男は長い槍を構えて走り出す。

 女性の前に立ちはだかる黒豹は、主を守ると言わんばかりに、男の槍を踏み台にして宙を舞った。


 男は黒豹の動きを誘導するように槍を操り、その姿はまるで剣舞のようだ。

 投げ上げられた炎の輪を、黒豹は一つ残らず見事に潜り抜けていく。


 鋭く振るわれる槍と、黒豹の俊敏な動き。

 観衆は誰一人として目を逸らすことができず、息を呑んだままステージを見つめていた。


 やがて再び、女性の鞭が地面を打つ。

 黒豹は男から離れ、演者たちは揃って観客に一礼をした。


 その瞬間、張り詰めていた空気が解けたかのように、割れんばかりの拍手と喝采が轟いた。


「このように二人の乙女は、それぞれの奇跡をもって、この国を守り、強くした――」


 物語の締めくくりとして響いたその声は、先ほどの澄んだ少女の声でも、凛々しい女性の声でもない。

 低く、落ち着いた、心地よい男性の声だった。


 その一言を合図に、演者たちと団長がステージ中央に集まり、円を描くようにして観衆へ深く一礼する。

 客席からは、惜しみない拍手と歓声が降り注いだ。


 見事だった。

 すべての演者が、鮮やかで息を呑むような動きを見せていた。


 ……けれど。

 私の視線が終始離れることがなかったのは、宙を舞う少年少女でも、黒豹を操る女性でも、槍を自在に振るう男でもない。


 舞台の片隅で、目立つことなく、ただ黙々と補佐に徹していた――あのピエロだった。

 

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