騒動
《ニノ目線》
「――ニノお坊ちゃま?」
僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
とても聞き慣れた声だ。
思わず振り返ってしまう。
そこには、五十代ほどに見えるご婦人がいた。
使用人の服を着ている。
「――ジェーン叔母さん」
あまりにも記憶通りの姿に、反射的に名前を呼んでしまった。
どうしてここにいる?
叔母さんは中央領近くの町にいるはずだ。ここにいるはずがないのに。
ジェーン叔母さんは、涙があふれそうなほど悲しそうな顔で、僕に向かって駆けてきた。
僕はすぐに反応できず、そのまま抱きしめられてしまう。
「ニノ坊ちゃん! どこに行かれたのですか? 旦那様と奥様が大変心配していらっしゃったのですよ!」
叔母さんは泣きながら僕を抱きしめた。
そしてすぐに身体を離すと、今度は僕の体を隅々まで確かめる。
「お怪我はありませんか? ちゃんと食事はしていますか?」
「……なんともないよ」
僕は精一杯、その一言を絞り出した。
叔母さんはようやく安心したのか、今度は僕の後ろに立っていたカイ兄さんへ視線を向けた。
「あなたなのですか? ニノ坊ちゃんたちを攫ったのは」
叔母さんは僕を背中に隠すように前へ出て、カイ兄さんに詰め寄った。
カイ兄さんは何も答えない。
答え方が分からないのか。
それとも答える価値を見いだせないのか。
彼はただ、無感情にジェーン叔母さんを見つめていた。
「あなたがしているのは犯罪です! 領主様に告発して差し上げます!」
叔母さんは完全に怒っている。
周りの人たちが騒ぎを聞きつけ、好奇の視線を向けてきているのに、気にする素振りも見せない。
サーカスには仲間意識なんて存在しない。
(カナ姉ちゃんだけはあるかもしれないけど)
多分カイ兄さんは今、僕を置いていくべきか考えている。
なら、僕がすべきことは一つだけだ。
――カイ兄さんに、この場を離れるための言い訳を作る。
僕はジェーン叔母さんの服の裾を掴み、見上げた。
「ジェーン叔母さん、違うの。お兄さんは僕を悪い人たちから助けてくれたんだ」
僕の言葉を聞いて、叔母さんの態度が少しだけ軟化した。
「あら、そうなの……?」
まだ疑っているのか、叔母さんは気まずそうにカイ兄さんを覗き込む。
「お兄さん、ありがとうね。お礼にこのぬいぐるみをあげる。僕はお家に帰るよ。だからお兄さんも、お家に帰って」
カイ兄さんは僕の意図を察したのだろう。
ぬいぐるみを受け取った後、すぐに僕に背を向け、走り去った。
彼が団長さんに状況を伝えてくれれば、きっとどうにかしてくれるはずだ。
僕はジェーン叔母さんの手を掴む。
「ねえ、どうしてここにいるの? パパとママもこの町にいるの?」
「旦那様はお仕事で、この領の領主様を訪ねているのですよ。さあ、ジェーン叔母さんと行きましょう。奥様も、あなたにとても会いたがっています」
叔母さんは僕の手を引き、領主の屋敷へ向かって歩き出した。
「ニナお嬢様はどちらに?」
「……分かんない。逃げている時にはぐれてしまった」
そうだ。
ジェーン叔母さんに会った以上、仕方ない。
ここはニナを探すために、パパとママにも手伝ってもらおう。
――――
《カイ目線》
ニノから渡されたぬいぐるみを手に、俺は足早にサーカスへ戻った。
そこにはすでに、ショー用のテントが張られていた。
ウィルはテントの外側に立っている。
点検をしていたのだろう。
やがて俺の姿に気づき、こちらへ歩み寄ってきた。
「おや、カイ。戻ったのですか。ニノはどちらに?」
「……貴族の使用人に連れて行かれた」
ウィルは一瞬、目を見開いた。
「おや。双子の家の者でしょうか。それはおかしいですね。彼らの実家は、ここからかなり遠いはずですが」
俺たちの会話が聞こえたのか、サックスがテントの中から顔を出した。
「カイ、カナたちの捜索はどうなってる」
「リリィが持っていた小瓶が割られていた」
それだけで十分だった。
ウィルはすぐに察し、眉間に皺を寄せて顎に手を当てる。
「これはこれは……遅かったかもしれませんね。仕方ありません。本来なら使いたくない手ですが、緊急事態です」
「何か策があるのか?」
サックスは緊張した面持ちで、ウィルの様子を窺った。
「カイ。直近で、カナたちの匂いが付いた物は持っていますか?」
俺は、ニノから預かったぬいぐるみを差し出した。
「双子の姉が、さっき買ったものだ」
「いいですね。同じ場所にいない可能性も考えて、カナとリリィ様の私物もいくつか拝借しましょう」
ウィルはそう言って、優雅な動作で振り返り、テントの幕を開いた。
「――ここは、カナの大事な“友人たち”の力を借りましょう」




