誘拐
雑貨屋から出た私達は、サーカスに戻ろうとした。
結局、ニナはあの謎のぬいぐるみを買っていった。
今も嬉しそうにそれを抱きしめ、スキップしながら歩いている。
ニノと一緒にそれで遊ぶんだと騒いでいた。
カナはやけにリアルな熊のストラップを買った。
その熊の仏頂面がサックスにそっくりだったかららしい。
私は三日月を釣り下ろしたイヤリングを買った。
なんとなくカイに似合いそうだからだ。
男にアクセサリーを送っても喜ばない気がするけど、断られたら私がつければ良い。
基本アクセサリーはつけないけど、イヤリングは比較的煩わしくない。
それに、人の顔を見る時、イヤリングが目に入ればすぐ見分けられるから結構便利だ。
頭の中で一瞬、澄んだ赤い玉のイヤリングを思い浮かべる。
そしてすぐ、それを掻き消す。
賑やかな街から離れ、人けの少ない道まで歩いた時、カナは密かに私に耳打ちした。
「――何人か、私達の後ろに付いている」
カナは不自然に見えないよう後ろに振り向かず、手鏡を出して後ろを映す。
確かに大柄な男が二人、私達と一定の距離を保っている。
私達に付いているってことは、多分街にいた頃からカナは彼らの存在に気づいていたのだろう。
これは困った。
私達は戦闘要員ではない。
自衛手段はあるが、大人数で来られたらかなわない。
私は小さな声で呟く。
「二人しかいない。仲間と合流される前に対処しよう。次の分かれ道で左に曲がって」
ニナもちゃんと聞こえているらしく、少し歩くペースを早めた。
私達は分かれ道で左に曲がり、少し先まで歩いてから立ち止まった。
私はジャケットのポケットに手を入れる。
一分ほど待ち、二人の男がこちらに曲がってきて私達を見つけた。
彼らは明らかに驚いたような反応をした。
そしてすぐ、何かを取り出そうとする。
(黒、確定)
私はポケットから小瓶を取り出し、男達の足元に投げつけた。
小瓶が割れると同時に、生ゴミのような酷い悪臭が漂ってきた。
男達はすぐ顔を顰め、慌てて手で鼻を押さえる。
「走って!」
その隙を狙って、私達はすぐ男達に背を向けて全力で走り出した。
ニナは流石の敏捷さで、すぐ私達を引き離して先へ飛び出した。
そのまま私とカナも全力疾走したが、すぐ後ろに男の怒鳴る声と乱れた足音が聞こえてきた。
私達の全力疾走も虚しく、足音は徐々に近づいてくる。
そして私の髪が力強く引っ張られた。
「っ!」
突然の痛みに思わず声が漏れ出た。
その声を聞いて、カナが僅かに足を緩めた。
それがいけなかった。
カナの肩はもう一人の男に掴まれ、私の首も男の腕で締め上げられていた。
私の後ろにいる男は、もう片方の手で刀えお持ち、ニナの方に向けた。
「前のガキ、足を止めろ! お前の仲間が殺されてもいいのか!」
ニナは足を止め、私の方に振り向いた。
私は首を締め上げられ、カナは手を後ろに拘束された。
ニナは私達を見て、一言も発さなかった。
彼女の目は暗く澱み、普段見せていた笑顔はなくなっていた。
「……お姉ちゃん達をどうする気なの」
ニナは男達に問いかけた。
その声には感情が一ミリもこもっていない。
「お前が大人しくこっちに来れば、このお姉さん達に何もしないさ」
私の後ろに立っていた男は、笑みを含んだ声で答えた。
「ニナ、逃げ――!」
カナはニナを逃がそうと叫ぶが、すぐに男の手によって遮られてしまった。
ニナは少し考え、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。
少し驚いた。
今までの印象から、こういった状況でもニナは迷わず自分を優先すると思った。
「ニナはお姉ちゃん達のこと気にっているから、痛くしないでね」
彼女はそれだけ言い残して、大人しく男達に拘束された。
――――
《カイ目線》
俺は彼女から預けられた荷物を持って、ニノと一緒に、馬車が止めている空き地に帰った。
そこに未だ武器を磨いているサックスの姿が見えた。
「おー、帰ったか……カナとニナは? それにカイ、その荷物……」
サックスは頭を上げて俺達を見て、不思議そうに首を傾げた。
「あのね、国境の砦が封鎖されたから、リリィ姉ちゃん出られなかったの。それでニナがお姉ちゃんと遊びに行きたいって言って……」
言いながらニノは、わかりやすくしょんぼりした表情になっていく。
「そっか、それは災難だったな。ウィルが帰ってきたらまた考えよう」
俺は二人の会話に加わらず、彼女の荷物を馬車に乗せ、そして空き地を離れようとした。
「うん? カイ、どこにいく気だ?」
俺は何も答えなかった。
答える必要性を感じなかった。
俺はすべきことをするだけ。
「女子達の遊ぶ時間を邪魔したら嫌われるぞ」
その言葉に、思わず足を止めた。
嫌われることは別に怖くないが……
彼女の目に映らないことは、なんとなく嫌だ。
俺は結局その場に留まり、馬車に寄りかかって待つことにした。
そこから二時間ほど経ち、帰ってくるウィルの姿が見えた。
「おや、もう帰ってきたのですか?」
彼は俺を見るなり、そう言った。
「カナとニナはどこに?」
ウィルは俺達を一通り見てから、そう尋ねた。
「あいつらは遊びに行ったって。ついでに、リリィさんも国境の砦が封鎖されたから、またカナ達と一緒にいるらしい」
サックスは、しょんぼりしているニノに代わってウィルに言った。
「そうでしたか。町におかしなところは見られなかったですが、どうして封鎖されたのでしょう」
「領主からは何か聞いた?」
「いいえ。この空き地を使う許可だけは取れましたが、その他の話は特に」
ウィルは手を顎に当て、少し考えた。
「カナ達を迎えに行った方がいいかもしれません」
ウィルは珍しく、何かを警戒しているような表情を見せた。
「先ほど少し遠回りして平民街の方に行ったのですが、住民達には険しい目で見られました。それに子供拐いとかの呟きが聞こえたような……ニナもカナ達と一緒にいますよね」
ウィルの話を聞き終わった瞬間、ニノの顔は青ざめていく。
そして空き地を飛び出し、走り出した。
俺もすぐに彼について行き、彼女達が向かったはずの商店街の方向に走った。
しばらく走ると、地面に何か落ちているのが見えた。
俺はニノの肩を掴んだ。
ニノもすぐに足を止めて、地面に落ちているものを見る。
割られたガラスの小瓶が落ちていた。
微かに腐った生野菜や魚のような悪臭が漂う。
これは彼女の、リリィが自衛のために持っていた液体だ。
ここに落ちているということは、彼女達に何かあったのだろう。
そして遠くないところに緑色のぬいぐるみが落ちている。
「これは……カイ兄さん、これは何か知っているの?」
「リリィのだ」
俺は簡潔に答えた。
ニノもすぐに何かを察したように、不安な表情を浮かべた。
匂いはまだ濃い。
そんなに離れていないはずだ。
ニノはぬいぐるみを少し見つめてから、それを拾い上げた。
俺とニノは再び街の方に向けて走り出した。




