《カイ目線》
俺が暴走者全員を縛り上げた頃には、もう彼女はいなかった。
彼女が立っていた場所には、何かの液体の入った大きな瓶と一枚のメモが残されていた。
『これを一匙ずつ、暴走者に飲ませて』
彼女がその場で作った薬だろう。
分量が多くない。どこまで飲ませられるかわからないが、とりあえず言う通りにするしかない。
「カイ、お疲れ。リリィさんはどこに行った?」
彼女はサックスと俺の目を掻い潜って、いなくなったのだ。
そのことに、少なからず驚きを覚える。
(だが、彼女の居場所に心当たりはある)
事件の元凶であるラヒルもいない。
ということは、あそこに行ったに違いない。
俺は地面に置かれていた瓶とメモをサックスに渡した。
「うん? リリィさんからの指示か?」
サックスがそれらを受け取った直後、俺はすぐその場を離れた。
後ろで戸惑っているサックスを置いて。
「あ、おい! どこに行くんだ。僕一人でこの人数をどうやって見るっていうんだ。まったく……外で待機してる双子を呼ぶか」
俺は倉庫に入り、すでに開けられていた地下倉庫を覗いた。
そこから、微かな光と人の声が漏れている。
「以上が、私のあなたに対する考察。
経歴自体には興味ないけど、研究内容はなかなか面白いと思った」
彼女の声だ。
相手はラヒルという男だろうか。
だが、その男の声は聞こえない。
俺は気配を消し、地下倉庫に入った。
ラヒルは棚に背を押しつけ、青白い顔で彼女を見ていた。
彼女は俺に背を向けているため、表情は見えない。
だが、話を聞く限り、彼女は研究の話をしているようだった。
『液体』『適用』『反発』
内容は難しく、俺には理解できない。
だが一つだけ、はっきりとわかることがあった。
彼女の声に、感情が一切こもっていない。
あの柔らかかった声は、今や凍りついた氷のようだった。
そして彼女は、ラヒルに何かを注射した。
「……ウーム、デキム」
ラヒルは最後にそう呟き、意識を失った。
どういう意味だろうか。
彼女と関係のある言葉なのだろうか。
彼女は彼の失神を確認すると、俺の方に振り返った。
その瞳は、宝石のように冷たかった。
――あの白鼠を見る目よりも。
俺は胸の奥に、熱い何かを感じた。
心臓が重く跳ね上がる。
彼女の目から、視線を逸らすことができなかった。
彼女は指を唇に当て、微かな笑みを浮かべて、俺にこう言った。
「――ここで聞いたことは、秘密だよ」
この感情の名前を、俺は知らない。
だが、頭に浮かんだ言葉がある。
――美しい。




