潜入
いよいよ潜入開始だ。
私たちは看守に見つからないよう、屋敷の外周をぐるりと回る。
窓から中に人気がないことを確認してから、使用人用と思しき出入り口のドアから侵入した。
鍵はカイがピッキングで、いとも容易く開けた。
中は厨房だった。
私とカイは作戦通り、手持ちのライトを使って厨房の探索を始める。
サックスは周囲の気配を探りながら、厨房を後にした。
押し入れや棚を、一つずつ慎重かつ迅速に調べていく。
厨房には、特に不審なものは置かれていなかった。
それくらいは想定内だ。
厨房は出入りが多い場所であり、重要なものを隠すには不向きだろう。
私は物音を極力立てないよう、アイコンタクトとジェスチャーだけで、カイに「次の部屋へ移動する」旨を伝えた。
同じ手順で、次々と部屋を調べていく。
今のところ、目ぼしい手がかりは見つかっていない。
そして、一階の一番奥――倉庫に辿り着いた。
ここまでで、体感ではおよそ三十分。
道中、見回りの姿は一切見かけなかった。
不気味なほどに、人の気配がない。
だが、その理由を考える余裕は、私たちにはなかった。
倉庫の探索を始める。
中には様々な物が置かれている。
掃除用具、保存食、使われていない布類……。
どれも怪しさは感じられない。
(さて、どうしたものか)
ここまで何も見つからないとなると、二階へ行き、サックスを手伝った方がいいかもしれない。
そのとき、カイが指で私の肩を軽く叩いた。
振り向くと、青と赤のオッドアイが、至近距離でこちらを見ている。
「っ……!」
私は反射的に声を上げそうになり、必死で飲み込んだ。
(驚かさないでほしい……)
カイは無言のまま、床にある四角い扉を指差した。
(これは……地下倉庫?)
貴族の屋敷に入るのは今日が初めてだが、あっても不思議ではない。
私は近づいて扉を引いてみる。
(開かない……)
鍵がかかっている様子はない。
単に、私の握力が足りないだけかもしれない。
少し下がり、ジェスチャーでカイに「開けて」と伝えた。
カイはすぐに意図を察し、取っ手を掴む。
難なく扉は開いた。
やはり、私の問題だったようだ。
中を覗くと、下へ続く階段が見える。
カイは先に飛び降り、軽く周囲を確認してから、上にいる私を見上げた。
私も階段に沿って、慎重に降りていく。
念のため、扉は閉めておいた。
ライトで周囲を照らす。
壁沿いには棚が並び、中心には大きな作業用テーブルが置かれている。
よく見れば、見慣れた研究用器具や薬材が数多く並んでいた。
(当たりだ)
カイは直感が鋭いのだろう。
だからこそ、ここを見つけられた。
「……ここなら、多少喋っても上には届かない」
私はライトをテーブルの上に置いた。
「私は棚の薬材を調べる。カイは、アイリスに似た薬を探して」
カイは短く頷き、研究器具の置かれた棚に向かった。
私は薬材を一つひとつ確認していく。
大半は、エルメさんも使っているものだ。
見分けるのに、さほど時間はかからなかった。
そして――赤黒い液体の入った小瓶を二つ、見つける。
(見つけた)
私はカイに気づかれないよう、それらをジャケットの内ポケットに滑り込ませた。
代わりに、ラベルの付いていない瓶を二つ、手に取る。
「見つけた。多分、これがアイリスの残りの材料」
カイがこちらを振り向いた。
彼の手には、大きな箱が一つ抱えられている。
「あなたも、収穫があったようだね」
箱の中を覗くと、大量のアイリスが詰め込まれていた。
「これだけあれば十分。いくつか拝借して、ここを出よう」
箱ごと持ち出すのは、かえって邪魔になる。
彼らの目的は捕獲か処分だ。
それ以上の物的証拠は必要ない。
カイは箱から三本ほど取り出し、元の場所へ戻した。
侵入の痕跡を消し、彼は先に階段を上っていく。




