打ち合わせ
領主邸を出る前に、私は念のため、執事に薬以外の薬物を服用しないよう申し付けた。
万が一にも、アイリスを取り込ませないためだ。
その傍らで、カナが何かを地面から回収し、ドレスの袖に隠すのも見えた。
私たちは領主邸を離れた後、近くにあった地下レストランに入店し、軽く打ち合わせを行う。
この店は、ウィルさんが町を散策しているうちに、店主と親しくなったらしい。
店内には私たちしかおらず、多少物騒な話をしても秘密にしてくれると、ウィルさんは言った。
「ざっと見た感じ、怪しい部屋はありませんでしたね。カナ、情報収集はどうでしたか?」
「バッチリよ。私のかわいいミーミちゃんが、屋敷のあっちこっちを探し回ってくれたわ」
カナは自慢げに、手のひらに乗せている何かを見せた。
「これは……カメレオン?」
私はその生き物を観察した。
あまり見たことがないが、トカゲに似た姿で、不思議な模様をしている。
「そうよ。それにこの子、ちょっと賢くてね。ほら、見てて」
カナはテーブルの上に大きな紙を広げ、領主邸を模した二つの長方形を描いた。
そこに、私たちが通った経路や部屋の配置を書き込んでいく。
そして、正門と描かれた場所にカメレオンを置いた。
カメレオンは空白の位置へ向かって動き出し、歩いては止まり、歩いては止まりを繰り返す。
カナは、その止まった場所に新たな部屋を書き加えていった。
(なるほど……私たちが通らなかった場所は、こうやって補完しているのか)
思っていた以上に、カナの能力は情報収集において優秀らしい。
こうして、領主邸の見取り図は完成した。
「素晴らしい。ありがとうございます、カナ」
ウィルは満足そうに、見取り図を眺めた。
「リリィ様、何か気づいた点はありますか?」
彼は図面から目を離さず、私に問いかける。
私はゆっくりと、自分の考えを述べた。
「領主の症状は、やはり診療所に来た患者たちと同じ。
確定ではないけれど、もしこの症状にアイリスが関係しているなら、かなり早い段階から服用していたと推測できる。
それなのに、未だに暴走化していないのは、少しおかしい」
領主が体調不良だという噂が出始めたのは、サーカスが来る一週間ほど前だ。
あの頃からエルメさんが原因不明の症状を持つ患者に悩まされていたから、よく覚えている。
そしてサーカスショー当日、私は最初と思われる暴走者に遭遇した。
そう考えると、服用から暴走までには、およそ一週間ほどの潜伏期間があると推測できる。
ならば、領主様が今頃暴走していてもおかしくない――が。
すべて推測の域を出ない。
アイリスが症状に関係している確証もなく、症状が進行すると暴走するというのも、あくまで仮説だ。
せめて、昨日の実験でネズミに、もっと顕著な変化が出ていれば――
「そういえばさ」
そこで、カナが声を上げた。
「昨日リリィちゃんが帰った後、私たちリハーサルに行ったでしょ。
そのあと双子たちが、ネズミを見たいって言い出して、実験用テントに行ったの」
あの双子たち、そんなにネズミが気に入っていたのか。
「そしたら、ネズミがいなーいって大騒ぎ。
私とサックスも見に行ったんだけど、籠の鉄格子が二本くらい折れてて、中は空っぽだったの」
(それって――)
「あの後は大変だったよ。みんなで探し回ったけど、見つかっても動きが早すぎて捕まらないし。
サックスが捕まえたと思ったら、すごい力で噛まれるし。
ショー用の設備が壊されなかっただけ、まだよかったくらい」
「最後はどうしたのですか?」
ウィルさんが尋ねる。
彼は、その場にはいなかったのだろう。
「帰ってきたカイが、シュッてナイフを投げて殺したの。
ごめんね、リリィちゃん。勝手に殺しちゃって」
カナは申し訳なさそうに謝った。
けれど、私はそれどころではなかった。
(これで、アイリスと暴走化症状の繋がりが、はっきりした)
ならば、やることはもう一つだけだ。
私は荷物を持ち上げ、すぐにでも帰ろうと立ち上がった。
「ちょっと、リリィちゃん!?」
「どこへ行くのですか。今夜の詳細は、まだお伝えしていませんよ」
私は足を止め、振り返る。
「紙に書いて届けて。時間がないなら、今夜口頭でもいい。
約束の時間までには、診療所にいる」
時間が惜しい。
それだけ告げて、私は足早に診療所へと向かった。
時間が惜しい。
これだけ伝えて、私は急ぎ足で診療所に帰った。




