いざ、領主邸へ
作戦に向けて、エルメさんにもう一日休みをもらった。
エルメさんは特に怪しむ様子もなく、あっさりと許可してくれる。
私は昨日言われた通り、早朝から領主邸の近くでウィルとカナを待っていた。
「リリィちゃん、おはようー」
二人の姿が見えた瞬間、カナは元気よく走ってきた。
今日の彼女は昨日とはまた違った雰囲気で、淑やかな紫のドレスを身にまとっている。
貴族の屋敷を訪れるのにふさわしい装いだ。
かくいう私も、それなりの格好をしている。
医療関係者に見えるよう白衣を羽織っているが、その下にはきちんとしたブラウスとスカートを着ていた。
私が持っている服の中で、一番失礼に当たらない組み合わせだ。
「こんにちは、リリィ様。本日はとても美しいですね」
日が高い時間帯にウィルさんと会うのは、何気に初めてだった。
太陽の光を浴びたウィルさんは、普段より三割増しくらいで輝いて見える。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
私は彼のお世辞に、貴族相手らしく丁寧な返事を返した。
「では、参りましょうか」
ウィルは私たちの先頭に立ち、領主邸へと歩き出した。
領主邸に到着し、鈴を鳴らすと、執事と思われる優しそうな年配の男性が応対に出てきた。
「ウィルソン・ソランジュと申します。
昨日も伺いましたが、ご領主様のお身体が優れないと聞き、何かお力になれればと思い、この町一番の医師をお連れしました」
ウィルさんは、屋敷に入るための口上を、よどみなく並べ立てる。
ここまでくると、いっそ清々しい。
「お気持ちはうれしいんですか、すでに貴族御用達の医師に診ていただいておりますので……」
彼は申し訳なさそうに私を見た。
執事の言い分はもっともだ。
普通に考えれば、町医者よりも貴族専属の医師の方が信頼される。
「まあ、そうおっしゃらず。
実は今、町でもご領主様と同じ症状が広がっておりまして。こちらの彼女は、その病に対処した経験をお持ちなのです」
ウィルは自信満々に、私を紹介する。
正確には対処したのはエルメさんだが、使用人の心を開くためには、多少の誇張も必要だろう。
その言葉に、執事は目を見開いた。
「左様でしたか。ソランジュ卿がそこまで仰るのであれば、ぜひお願いいたします」
説得は難なく成功した。
さすが、としか言いようがない。
私たちは屋敷の中へと案内された。
廊下を進む途中、カナのドレスの袖口から何かが床に落ちたが、今は触れない方がよさそうだ。
やがて二階の一番奥の部屋に辿り着き、執事が扉を叩く。
「旦那様、医師をお連れしました」
「……入れ」
奥から、弱々しく掠れた、年老いた男性の声が返ってきた。
扉が開かれると、そこにはベッドの上で上体を起こしている老人の姿があった。
体格は逞しく、顔立ちも精悍で、見た目だけなら病人には見えない。
「リリィと申します。町の診療所に勤めております。本日はご領主様のお身体を拝見いたします」
「ああ、よろしく頼む」
領主は柔らかく微笑んだ。
噂通り、心根の穏やかな人物らしい。
私はエルメさんに教わった通りの手順で診察を進めた。
(脈に異常なし。ほかにも目立った異変は見当たらない。けれど、不眠の影響か、顔色が悪い)
「今、頭痛はありますか」
「少しな」
やはり、診療所を訪れた患者たちと症状が一致している。
「診察は以上です。頭痛による睡眠不足が原因と思われます。こちらの薬をお試しください」
念のため、エルメさんから分けてもらっていた薬だ。
同様の症状の患者に処方していいと、事前に許可も得ている。
「……今まで色々な薬を試したが、どれも効かなかった。本当に治るのだろうか」
領主は疲れ切った様子で、不安げに呟いた。
「まずは今日一日、この薬を試してください。
効果がなければ、また改めて考えましょう。
大丈夫です。私は医師です。必ず力になります」
そのために、私はここに来たのだから。
その言葉に、領主はわずかに表情を緩め、涙ぐみながら礼を述べた。
「……ありがとう」
その言葉を受け取り、私たちは部屋を後にした。




