サーカスの演者達
協力関係に承諾したものの、次に考えなければならないのは、どうやってエルメさんの目を盗んで、例の栄養剤を研究するかだ。
調薬用の道具はすべて、エルメさんのものを借りている。
となると、秘密裏に研究するのはかなり難しい。
私は帰宅する間、大人しくカイに抱えられながら、思案していた。
(いっそ、自分で一式そろえるのもありかもしれない)
今後、自分で生計を立てなければならないことを考えると、これはなかなかの名案だ。
問題は研究する場所だが――。
「カイさん、研究に使える場所、どこか知ってますか?
さすがに診療所でやると、エルメさんに見つかってしまうので……」
カイはすぐには答えなかった。
けれど、少し考えてくれているような沈黙のあと、口を開いた。
「……サーカステント、借りられる」
「え、ショーの邪魔になりませんか?」
「休憩用のやつが、一つ余っている」
なるほど。
それなら人目を気にせず研究できるし、何かあってもすぐ相談できる。
「いいですね。では、お言葉に甘えて貸していただきます。
明日、なんとか休みをもらいますので、カイさんはウィルさんに話を通してもらえますか?」
カイは小さく頷いた。
「では、明日の三時に迎えに来てください。それまでに研究用の道具一式をそろえます」
あの団長と頻繁に顔を合わせることになりそうなのは、正直癪だが――
承諾した以上、仕方がない。
私は、私にできる限りのことをやるだけだ。
――――
翌日、私はエルメさんに休みをいただく旨を伝えた。
エルメさんは相変わらず、ゆったりした口調で許可してくれる。
「いいんじゃない〜。最近忙しかったから、ちゃんと休んできて〜」
そうは言っているが、一番休憩が必要なのはエルメさんの気がした。
最近のエルメさんは、昼は診察、夜は調薬で、ほとんど休みなく働いている。
目の下の隈も、化粧では隠しきれないほど深くなっていた。
(エルメさんのためにも、早く事件を解決したい)
この状況でエルメさんを一人にするのは酷だ。
私は、以前診療所を手伝ってくれていた人に今日の代わりを頼み、それから道具を買いに向かった。
――三時ぴったり。
診療所の近くには、普段着姿のカイさんが立っていた。
彼は私に気づくと近づき、無言で手を差し出す。
「……えーと」
この手はどういう意味だろう。
まさか手を繋ぐわけでもないだろうし。
「……荷物」
彼の視線は、私の腕に集中していた。
紙袋一つと、布で覆った取っ手付きの箱。
それほど重くはないが、持ってくれるらしい。
紳士的な一面があることに、少し驚いた。
「ありがとうございます。紙袋の方だけお願いできますか」
断る理由もない。
カイは黙って紙袋を受け取り、サーカスの方へ歩き出した。
休憩用テントへ行くには、ショー用の大テントを通るのが近道らしい。
中には前回のショーで使われた装飾や設備がそのまま残っていた。
どうやら明日もショーがあるようだ。
ステージの上には、四人の演者がいた。
リハーサル中なのか、動きやすい服装で体を動かしている。
そのうちの一人――ツインテールの女の子が、こちらに気づいて声を上げた。
「あー! カイ兄さんが、綺麗なお姉さん連れてきてるー!」
その一言で、他の演者たちもこちらを見る。
カイは気にせず奥へ進もうとしたが、その前に双子の子どもが走ってきて、私の前に立ち塞がった。
近くで見ると、人形のように整った顔立ちだ。
「お姉さんだーれ?」
「カイ兄さんのいい人?」
「今日はデート?」
「お名前は?」
矢継ぎ早の質問に、思考が追いつかない。
「こら、困らせないの」
そう言って現れたのは、長身でスタイルのいい女性だった。
ショーの時より化粧が薄いせいか、大人びた印象を受ける。
「ウィルさんが言ってた協力者でしょう? もう忘れたの?」
「ごめんね。私はカトリーナ。カナって呼んでいいわ」
このサーカスにも、常識人がいたらしい。
正直、それだけで感動する。
「私はニナ」
「僕はニノ」
女の子は満面の笑み。
男の子は口角を下げているが、その目は柔らかく、どこか優しげだった。
「リリィです。よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、カナさんは笑った。
「そんなにかしこまらなくていいわ。敬語もいらない。仲良くしましょう」
「……わかった、よろしく」
差し出した手を、カナさんは気さくに握り返してくれた。
「リリィ姉ちゃん、リハーサル見る?」
「見てよ、頑張るから」
双子が袖を引っ張る。
「ごめんね。今日は用事があるの。また今度でいい?」
「「えー……」」
「こら。リリィちゃんの仕事を邪魔しないの。私たちは準備に戻りましょう」
カナさんは私にウィンクし、双子を連れて戻っていった。
ようやく解放され、テント奥で待っていたカイと合流する。
(そういえば、もう一人いたような……)
振り返ると、褐色肌に黒髪の男が、無言で槍を振り続けていた。
こちらには気づいていないらしい。
帰りに挨拶しよう。
そう決めて、私はカイと共にテントの奥へ進んだ。




