依頼
あの暴れ出す患者の事件から、五日が経った。
それからというもの、頭痛と不眠を訴える患者が次々と増え、ときおり暴れ出す者まで現れるようになった。
診療所はとにかく大忙しで、取り寄せたばかりの薬材も、すぐに底をつきそうだ。
店主からもらった例の栄養剤も、いつの間にか姿を消している。
だが、それを調べる暇すらなく、放置したままだった。
これほど同じ症状の人間が続けて出てくると、この町で何かが起きていると考えずにはいられない。
エルメさんの作る薬で症状は抑えられているが、それもまた謎だった。
あれが、ただの頭痛薬でないことくらい、もう分かりきっている。
それでも問いただそうとすると、いつも話を逸らされてしまう。
(エルメさん、私に何か隠している)
けれど、私はここに居候させてもらっている身だ。
彼女が話してくれない以上、これ以上踏み込むのは難しい。
(そういえば最近、カイさんと会っていないな……)
診療所では姿を現さないでほしいと私が言ったから、きっと律儀に守っているのだろう。
実際、監視されているという事実すら、頭の片隅に追いやってしまうほど忙しかった。
今日も、ひどい頭痛を訴える患者が四人。
暴れ出した患者が一人。
すべての診察が終わったころには、疲労で思考が回らなくなっていた。
重い体を引きずって自室に戻ると――
そこに、ピエロ姿のカイさんが立っていた。
「…………」
一瞬、言葉を失った。
許可もなく女性の部屋に立ち入るのは、さすがにどうかと思う。
あの団長は、最低限の常識すら叩き込まなかったのだろうか。
「……どういうご用件でしょうか」
部屋の真ん中に無言で立たれるのは、かなり不気味だ。
用件を聞いて、さっさと出て行ってもらいたい。
「ウィルが呼んでいる」
嫌な予感が、背中を這い上がる。
ウィル――あの団長が、私を。
「え、ちょっと、待って。仕事が終わったばかりで――」
私の言葉を待たず、カイは私を抱き上げた。
そして、そのまま窓の外へと飛び出した。
――――
私はそれなりに上等な椅子に座らされ、目の前ではサーカスの団長が優雅に紅茶を飲んでいた。
背後には、前回と同じようにカイさんが立っている。
前回と違う点があるとすれば、私の前にもきちんとお茶が出されていることくらいだ。
待遇は良くなっているが、疲労が抜けたわけではない。
正直、早く用件を済ませてほしかった。
「あの……ウィルさん。今回は、どんなご用件で?」
「実は折り入ってお願いしたいことがありまして」
ウィルは爽やかな笑顔を浮かべる。
その笑顔が爽やかであればあるほど、嫌な予感しかしない。
「連日、原因不明のまま暴れ出す人が続出している。それに、正体不明の栄養剤も出回っている。あなたなら、もう勘づいているのでは?」
そう言って、ウィルは机の上にオレンジ色の小瓶を置いた。
(というか……あの栄養剤、カイさんに持って行かれたのね)
「それが、何だと言うんですか?」
ウィルの真意を探る。
彼は、私に何をさせたいのだろう。
「実は我々、ある依頼を受けていまして。リリィ様は『エクリプス』という組織をご存じですか?」
「……知っていますけど」
この国専属の研究組織。
周辺国より技術が進んでいる理由の多くは、彼らの存在にあると言われている。
「最近、そのエクリプスから追放された研究者がいましてね。どうやら研究方針を誤ってしまったらしい」
研究方針――つまり、何かをやらかしたということだろう。
「我々への依頼は、その研究者の捕獲。場合によっては――処分です」
物騒な言葉が、静かに告げられた。
「……つまり、その研究者がこの町の異変に関わっていて、私に調査をさせたい、と」
「話が早くて助かります。我々はこの栄養剤――『アイリス』が、彼の手によるものだと考えています」
ウィルは指を口元に当てた。
――エルメさんにも言わないように、ということだろう。
「あなたに、この栄養剤を秘密裏に調べてほしいのです」
「協力して、私に何か利益はあるんでしょうか」
厄介ごとに首を突っ込む以上、見返りがなければ割に合わない。
「そうですね……あなたの依頼を一つ、無条件で引き受けましょう」
その言葉に、思わず困惑する。
(依頼……?)
「説明が足りませんでしたね」
ウィルは姿勢を正し、胸に手を当てて言った。
「我々《サーカス・ルミナ》は、表向きはただの娯楽団体。しかし裏では、高額報酬でどんな依頼でも請け負う“何でも屋”です。――もっとも、私の信条に反する依頼はお断りしていますが」
そして、微笑む。
「あなたがこの協力関係に同意してくれるなら、その証として。あなたの依頼を一つだけ、無料かつ無条件でお受けしましょう」




