急患
帰り道、カイがふいに口を開いた。
「薬、自分で作っているのか?」
意外だった。
彼は私に興味などないと思っていたから。
私達はあくまで、監視する側とされる側の関係だ。
「診療所で処方している薬は、全部エルメさんが作っていますよ」
「……お前は?」
「私も一応、エルメさんから学んでいます。患者さんに処方することはありませんけど」
「なぜだ?」
「私、正式な医師じゃないから」
エルメさんとは師弟関係だが、私は医師を目指しているわけではない。
ただ、あそこにいる理由が必要だった。
それだけだ。
そうこうしているうちに、診療所の近くに差しかかった。
診療所の前には人だかりができている。
今日は休診日のはずだ。
普通なら、人が集まるはずがない。
(ということは――)
私は手に持っていた薬材の籠を、カイに押し付けた。
「あとで診療所に届けて。私、先に行く」
反応を待つ暇もなく、診療所へ駆け出した。
「エルメさん! 急患ですか?」
人混みをかき分け、診療室に入る。
エルメさんはすでに髪をまとめ、マスクをつけていた。
診療台の上では、男が暴れ回っている。
数人がかりで押さえつけられていた。
「あ゙っ゙……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」
男は苦しげに喘ぎ、必死に拘束を振りほどこうとする。
数人でようやく片脚を押さえられている状態で、皆、汗を流していた。
相当緊急な状況だ。
「リリィちゃん、ちょうどいいわ。診察道具一式を持ってきて」
いつもの穏やかな口調とは打って変わり、エルメさんは的確に指示を出しながら患者を観察する。
「みんな、しっかり押さえてね」
脈を測り、心音を聞き、ライトで瞳孔を確認する。
「脈が速い。瞳孔が散大しているわ。リリィちゃん、鎮静剤と、いつもの頭痛薬を」
疑問は浮かんだが、今は聞いている余裕はない。
私は薬棚から二本の瓶を取り出し、机の上に置いた。
「三分耐えて。すぐに鎮めるから」
エルメさんはそれぞれを注射器に取り、まず鎮静剤を男の腕に打つ。
しばらくすると、男の動きは徐々に弱まっていった。
完全ではないが、その一瞬を逃さず、もう一本の薬が注射される。
一分ほどして、男は完全に力を失い、眠りに落ちた。
押さえていた人達は、ようやく解放されたようにその場に座り込んだ。
「お疲れさま、みんな。しばらくは大丈夫よ。ご家族の方はいらっしゃるかしら。患者さまの状況を説明したいの」
地面に座り込んでいた女性の一人が、ためらいがちに手を挙げた。
「あの……恋人です。さっきまで一緒に出かけていました」
「そう。わかったわ。あなたはここに残ってちょうだい。ほかの方々には、あとでお手伝いのお礼をしますので、カウンターで連絡先を登録してください。リリィちゃん、お願いね」
「承知しました。みなさま、こちらへどうぞ」
私は他の人たちを案内し、診察室を後にした。
――――
全員の登録が終わる頃には、エルメさんも患者の恋人と話を終え、診察室から出てきた。
恋人の女性は、ひどく感激した様子でエルメさんに礼を述べ、手伝ってくれた人たちにも直接お礼をしたいと言ってきた。
だが、こちらから他人の連絡先を教えるわけにはいかない。最終的には、治療費を多めに支払うということで、彼女も納得してくれた。
手伝った人たちも、最初は「お礼なんていらない」と口を揃えていた。
本当に、この町にはいい人が多い。
これも、この領がきちんと治められている証なのだろうか。
「お疲れさま、エルメさん。患者はどうしますか」
「ご苦労さま〜。もう薬は処方したから、目が覚めたら簡単な検査だけして、すぐ帰していいわ」
治療中はあれほど凛としていたのに、終わった途端にいつもの気の抜けた調子に戻ってしまう。
オンとオフの切り替えが激しすぎるのは、相変わらずだ。
「患者さん、何があったんですか」
「町を歩いてたら、急に苦しみだして暴れたんですって。今朝から頭痛がひどかったらしいけど、今日は休診日でしょう? だから薬だけもらって出かけたみたい」
確かに、頭痛薬程度なら、診療所に来なくても買える。
「特徴は、瞳孔の散漫と、身体能力の急激な上昇ね。しばらくは定期的に検査してもらうつもりよ」
――瞳、身体能力。
それって、昨日襲ってきた男と同じじゃ……。
「エルメさん、もう原因はわかっているんですか」
「そうねぇ……心当たりは、あるわよ〜」
はっきりしない言い方だ。
一年ほど一緒にいるけれど、エルメさんはこういうとき、何を考えているのか読めなくなる。
「それより、リリィちゃん。頼んでたお使いは?」
――しまった。
慌ただしさに紛れて、カイさんの存在を完全に忘れていた。
「急いで戻ってきたので、外に置いたままです。取ってきます」
そう言って診療所の外を覗くと、扉の横に、薬材の入った籠がきちんと置かれていた。




