第66話 結局は腹ペコに
なんということでしょう……。
あれだけ、『腹ペコ』のイメージを無くそうと努力しましたのに。
「次はこれもどうだろう?」
と、リデル様が薦めてくださる美味しいサンドイッチなどに舌鼓を打ってしまい、ぱくぱくとひな鳥のように食べ進めてしまいましたわ!? リデル様ももちろん召し上がっていらっしゃいましたが、殿方と同じ量の食事をとるなど……大変美味しゅうございましたが、なんたる無様な光景を見せてしまったことか。
「……ごちそうさまでした」
「足りないなら、いつものような材料は持って来ているが」
「大丈夫ですわ!!」
リデル様……たしかに、スキルを使ったあとの食べっぷりをよく見られてしまったので、これくらいの量ではと思うのでしょうが。今回はひとつひとつのボリュームがそれなりにあったので問題ありません!! むしろ、リデル様の方が足りないのでは?
「そうか。大丈夫ならいいんだが」
「……お気遣いありがとうございます」
「いいんだ。いつも気持ちがいいくらいたっぷり食べていたからな? それにしては細いままだし、気になっていた」
「……呆れましたか?」
「まさか、逆に心配になっていただけだ。公爵家ではきちんと食事をしていなかったのかと」
「え……っと、普通に食事はしていた、と?」
やはり、アーストに来てからジャディス国での記憶がさらに曖昧になってきましたわ。婚約パーティー前の、リデル様との初対面あたりはしっかりと覚えていますのに? 浮気した元婚約者の顔すら、ぼんやり程度な感じですもの。
なにか、わたくしの身に、スキル以上のなにかが起きたのでしょうか?
「……色々、記憶が曖昧になっているな」
「申し訳ございません。何故か、最近特に」
「いいんだ。ひょっとしたら、クロノ様があちらに施した封印の影響かもしれない」
「……クロノ様の?」
「効き目が遅くなるように、わざとレティにはゆっくり浸透させていた可能性がある。だけど、日常生活には支障がないように。……ジャディスのこと以外、アーストに来てからの記憶は大丈夫か?」
「はい。そちらははっきりと」
『洗濯』だと思っていたスキルが『聖浄』という異能クラスのそれだとわかったこと。陛下方を含め、イリスの方々の『穢れ』を洗い流し……『染め』『紡ぎ』の仕事をお手伝いできたことも。
そちらについては、きちんと覚えておりますわ。ですから、余計に祖国のことを忘れかけているような感覚に慣れませんの。アーストに来てからの、毎日が充実し過ぎていて……とても幸せ過ぎて。
(リデル様を、本当にお慕いしている気持ちも持てて……)
これ以上にない幸福感を得ていることに、少し罪悪感を覚えるほど。祖国を封印するような仕打ちをしてしまったのに、どなたも怒ることがありませんもの。まだ少し、ジャディスへの思い入れがあったのか、それではないのか。
自分では、よくわからないのです。
「……少しずつでいい。イリスの中に馴染んでいけばいいんだ」
「よいのでしょうか?」
「いいんだ。王族にとっての恩人の意味もあるが……俺が、君に居てほしいと願っている」
「え?」
「たしかに、契約で婚約者にはなったが。あれは建前だ。俺の妃は、さっきも言ったように……レイシア、君だけだ」
今日はたしかに、周囲に押されて決めたデートでしたのに……まさかの、リデル様からの告白が。
びっくりして、ぽーっとしていますと頬に手を添えられ、そのままリデル様のお顔が近づいてきました。
何を、と聞く前に唇にやわらかいもので覆われ。それがリデル様からのキスだと気づいたのはふわふわした熱が落ちいついてからでしたの。
しばらくして、キスが終わったときには額にも軽く口づけられましたが。
あまりにも蕩けた感情に満たされ、食事とは違う幸福感が胸いっぱいでしたわ。ぽろっと涙が出てしまいましたが、リデル様は舌でぺろっと舐めてくださいましたの。
「……自惚れて、いましたわ」
「お互い、きちんと言葉にしてなかったからな。ジャディスで君に申し込んだときに、そのつもりで告げたんだが」
「……演技かと」
「それは悲しい。……これから、恋仲としても側にいてくれ」
「はい……」
もう一度キスをするときには、わたくしはリデル様とくっついていたくて首に手を回しましたわ。
次回は月曜日〜




