第2話 仕事が早いのはお互い様?
婚約パーティー当日ですの。
裏やむくらいの美女の数々。王室や貴族の令息なども、もちろんいらっしゃいますけれど。
わたくしの前では、意地汚い元婚約者から通告を受けておりましたわ。
「レイシア! お前とは今晩をもって、婚約の破棄を言い渡す!」
「あらまあ」
白々しい素振りを見せていたけれど、この言い渡しとやらを仕向けたのはわたくし張本人。
わたくしには『公爵家の令嬢』としか価値がないことは、重々承知ですけれど。ご自分の浮気奔放な色恋沙汰には辟易していましたもの。一応の婚約者がいながらも、冴えない顔立ちで手慰みには出来ないから他所に手出しをした。
全くに持って、貴族の風上にも置けませんわ。
リデル様のような市井でも、誇りを持って仕事に打ち込む姿勢こそが美しい。わたくしは、あの方からその姿勢を学びましたわ。だからこそ飾りしか意味のない貴族社会から追放されて結構。
お父様にはこの差し向けはバレますでしょうけど、構いませんわ。わたくしが望んで、『婚約者さんとやらを差し上げます』を彼の浮気相手にお手紙を渡しましたもの。
今も、ほくそ笑んでいる妾子の妖艶な女性も嬉々としていらっしゃいますわ。あとは、このホールで辞退を受け入れる姿勢を取れば……わたくしの貴族生活は終わりですもの。それで良いのです。
「なら、私からこちらの公爵令嬢殿へ婚約の申し込みをしても?」
淡い虹のラインが描かれた、短いマント。ふんわりと、整えられた緑をグラデーションにした髪。
服装もまるで違うのに、声ははっきりと『同じ』だと断定出来るそれは。これからドレスを脱いでまで、会いに行こうとしていた相手でしたわ!?
『あらあら、隣国でも支柱を任されているところの?』
『珍しい……わざわざ公の場に?』
『特異なお仕事ばかりで、社交場に来られないはずが』
『姿絵のままではあるが』
ホールの中では、登場された貴公子の話題で持ちきりの様子。彼はそんな囁きも気にせずに、わたくしの方へとターンしてひざまずいてくださった。輝かんばかりの微笑みは、この間お会いしたときと全く同じですの!!
「レイシア=ファンベル=ラディスト姫。……貴女をお迎えに上がりました。イリス=アースト国の王太子である、私と婚約していただけないでしょうか?」
虹のマント。
少し不思議な国名。
そして、その国の王太子。
リデル様の本当のご身分に、驚きと混乱が頭を巡ってしまいましたわ!? リデル様のあの服装は、市井のそれではなかったんですの!!?
ですが、他国と言えど。王家からの申し込みをここで拒絶はあってなりません。それ抜きにしても、この申し込みは好機ですわ!! わたくし、リデルとお仕事が出来るかもしれませんもの。
「……大変畏れ多いですが。わたくしのような爪弾き者を哀れに?」
と言っても、形式を無視するわけではありませんので、いつも以上に自分を卑下致します。ですが、リデルはいいえと首を振ってくださいましたわ。
「そんなことはない。貴女は、我が国だけでなく……私にも必要な女性だ」
告げた途端、ひょいとわたくしを抱き上げましたの!? ホール内の若い陣営はぽかーんとしてましたが。リデル様はなぜかご自分の白い手袋を外されていた。わたくしが綺麗にして差し上げた汚れのない手ですわ。
「なんと!?」
「あの国の王族なのに、汚れがない!?」
「まさか、あの阿婆擦れが!?」
「大したスキルしかないと聞いていたのに!!?」
「勝手な事を言う者どもが多いが、こちらの公爵令嬢が持つスキルは我が国以外でも欲しがると思う。根回しは既に完了済みだから……レティは頂戴するね!」
どうやら、わたくし……ユニークスキルだと思ってた『洗濯』だけで。予想以上のお仕事、してしまったですのこと!? リデル様に抱えられ、ダッシュする彼から落ちないように首に手を回したのはお許しくださいまし!?
「で、殿下!? 何処へ!!?」
「……リデルでいい。君を必要とするのは本当だ。我が国に連れて行く」
そこから返事をしようにも、リデル様はさらにダッシュされ……気づけば、王城の入り口前。真っ白な馬車へと担ぎ込まれてしまいましたわ!!?




