さらなる山の高みへ 最終話
私は翌朝、加奈ちゃんと一緒に、茜さんのいる旅館に行った。
朝から温泉に入ると言う茜さんに誘われ、私たちも早朝風呂に付き合うことにした。
湯けむりの中、茜さんの声がする。
「おはよう!ホントに来てくれたのね!ささ、入って、すこし寒いでしょ!」
私たちは湯船につかった。
「なんかさ、私たち、三世代の家族みたいね。外から見たら!ふふふ」
「いやー、茜さん若いですよ!美人三姉妹!ってことにしましょう!」
加奈子ちゃんはそう言ったが、どうみても私は加奈子ちゃんの姉には思えないほど、おばさんだ。むしろ茜さんには親近感がある。というか若すぎじゃない?白髪を除けば、肌が若すぎる!
「温泉に毎日入ってるとね、老廃物が全部、汗で出ていって、代わりに温泉の成分が中に入ってくるので、体が中和されて、細胞が蘇るのよ。最高のエステね!温泉は!」
「宣伝ですか!?ははは!」
お湯が肌にあたると玉のように弾ける。さすが若いわ、加奈子ちゃん。
「洋子さんも若いわよ。やっぱり見れば見るほど、加奈子に似てる。やっぱり親子ね。肌が透き通るように白いところは同じね。加奈子が今、蘇ったみたい。」
「そんな。恥ずかしい」
確かに肌の白さは遺伝だろう。ただそんなに鍛えてないし、アラフォーのおばさん褒めても何も出てこない。でも嬉しい。
「ここ、静かでしょう?こうやって森に囲まれながら、湯船に静かにつかってると、色々過去のことを思い出す。そして自分の使命とはなんなのかを考えて、今できることは何なのかを考える」
「使命って、茜さんの場合、なんでしょうか?」
「加奈ちゃんは、山に登ってわかると思うけど、今やかつての海岸線はなくなり、標高30M以下はすべて水没したわ。万年雪が熔けて山間部の村があちこちで全滅してきた。私は40年前からこの温暖化の影響を目の当たりにして訴えてきたけど、命を狙われた。」
「命!そんな危ない目に!」
「そう、その時、野口に救われた。彼と世界中を転々と旅をして、やがて私の命を狙う輩はいなくなった。でも、野口はそんな時、遭難してしまったの」
「そこは知ってます」
加奈ちゃんが沈痛な表情をした。
「ごめんね、加奈ちゃん!もう上がりましょう!のぼせちゃうわね!」
私たちはお風呂から上がり、浴衣に着替え、和室へと移動した。
「今日もヤギのミルクティを飲みましょ」
ここの旅館の名物だ。
「おいしい~!」
加奈ちゃんは童顔が破裂するんじゃないかと思うくらい笑顔になった。
「あの、さっきの使命についてなんですけど」
私は昨日の夜に聞いた母のメッセージを、そのまま茜さんに話した。
「さすが加奈子ね。しかも娘にそんな形で伝えるなんて」
しばらく沈黙の後、茜さんが話し始めた。
「加奈子と私はあるコードを使って、世界中のどこにいても情報が漏れないようにやりとりしてたの。そして密かに世界中の企業や政府が、金儲けのために地球の環境を破壊するような活動を阻止しようとしたの。世界中にその同士がいるわ。今でも」
「コードってなんでしょうか?」
加奈ちゃんが真剣な眼差しで聞いた。
「そのコードは暗号を含んだ文章のこと。普通に読んでも、わからない。でも、ある思念を感じると、コードの暗号が熔けて、別の文章が現れる」
「そんなアプリ聞いたことないわ。思念を感じるって、どういうことなのかしら?」
「そこは企業秘密。ふふふ。でもオーラって知ってるでしょう?人はそれぞれオーラというものを纏ってるんだけど、そのオーラは魂の色でもあるの。つまり肉体とは別次元の光。それに意識が混じるものを思念と私たちは呼んでる」
「オーラと意識が混じったもの?なんだかわかりずらいというか・・。」
私はわかった。母の残留思念があの文章の中に残っていて、私のオーラと感応した時にコードが解凍され、別の文章が開いた。私の意識が高まれば高まるほど、それに対する答えが現れたのも、その理屈でならわかる」
「洋子さんが加奈子の使命を聞き出せたのも、洋子さんにも私たちと同じ使命を持ってこの星に生まれてきたから。だからソウルメイトなのよ。加奈ちゃんも!」
「私もですか!嬉しい!ソウルメイトって恋人同士だけの話じゃなかったんだ!」
「ふふ、ソウルメイトは何万年もの長い時間の中で、魂が輪廻転生しながら何度もこの世界で出会うのよ。加奈ちゃんも過去生で私と出会ってる」
「じゃぁ、私と洋子さんも?」
「おそらくね。ここで3人と出会ったことは偶然じゃない」
私には前世が見えないが、母は見えていた。そして未来世も。
「え?加奈子さんは未来世も見えていたのですか?お、教えてくれますか?」
私は言っていいかどうか迷った。
「加奈ちゃん、私は加奈ちゃんの未来世までは聞いてないの。大雑把なんだけど、人類の未来を聞いたの」
「それはどんな?」 茜さんも首を傾け聞いてきた。
「つまり、滅亡する未来と、しない未来」
「え、滅亡?するの!」
「ううん、そうではなくて、私たち人類が選択するの。どっちがいいか」
曖昧な表現ではあったが、加奈ちゃんには希望を持たせたかったので、誤魔化す表現をしてしまった。
「私は滅亡しない未来を選ぶ。たとえ人類が100万人まで減ったとしても、この地球で生きてゆく未来を選ぶわ」
「そうですよね!確かに火星に移住した人たちもいるけど、彼らは帰ってこなくていいわ。太陽系の資源を喰いまくってるじゃない、あいつら!」
「そうね。地球の資源を掘り起こして使い切ると、今度は火星で住むために太陽系の星を探索して資源を掘りまくってる。彼らは地球を捨てたのだから、もう帰ってこないようにしないとね」
私もそう思う。
資源は有限だ。
でも、太陽は無尽蔵にある水素ガスを燃やし続け、この地球を、宇宙を照らし続けている。母はそれを愛の力と呼んだ。
「加奈子の言う通り。私たちはかつての縄文人のように自然と共生し生きてゆくこと。太陽の力で育った植物をいただき、有害なごみを出さないこと。必要な物は工場ではなく、この大地もしくは海にある。すべて太陽のパワーがこの地球と感応して、作られる。私たち人間も、究極的に言えば、太陽と地球の申し子。その力を私たちは愛と呼ぶ。愛に差別も格差もない。すべての人間、生きとし生けるものが愛をもらうことが出来る。これは宗教じゃない。科学よ」
「私、わかりました!愛のパワーというものが!太陽は暑くて温暖化の原因でもあるから、太陽あまり好きじゃなかったけど、太陽が愛という考え方に、今、共感しました!」
加奈ちゃんが涙目に言った。
「ありがとう、加奈ちゃん。長年、私たちは太陽の力を有害な宇宙線のように考えていて、光を単に発電するためのエネルギーとしか考えていなかった。でも縄文人も偉大な宗教者も、太陽こそ命の源泉、魂の故郷だとわかっていたの。でも、時代が下るにつれて、愛は男女間の間に交わされる性エネルギーにしか使われなくなり、21世紀になっても他国の人が何万人と死のうが、遊園地で遊んで株価が上がった下がったで一喜一憂してた。気がついたら、ほとんどの沿岸の都市が水没して、初めて事の重大さに気が付いた。もう手遅れだけどね」
「頑張ります!私、これから地球で生きてゆきます!
愛する山々を愛するために!自然を取り戻す為に!」
「いいわ。その意気!」
2050年、地球の人口は2025年にピークを迎えた後、激減していた。
2030年に彗星が激突し、世界中に大津波が発生し、数百万人の人が亡くなった。2040年代以降、住むところを失った人々は火星に移住した。ただしセレブと言われるような人たちだが。
そして今やこの地球で暮らしているのは、残された貧乏人と山間部に住む少数民族だけになってしまった。
今や地球の人口は10億人までに減ってしまったが、日本は山が多く、失った土地は意外に少なかった。アメリカやオーストラリアは水没を免れた内陸はあったが、暑すぎて農業が壊滅し、結局住む場所として適さなかった。砂漠化の進む中国も同じだった。かつての肥沃な大地は、塩害と農薬汚染で植物が育たなくなっていた。
日本は奇跡的に山国だったおかげで人口も激減しておらず、若い人も多く生まれていた。
世界が、日本をモデルとした社会を目指すようになった。
自然と共生するために、山の恵みだけで生活できるようなライフスタイルにする。鉄資源を大事にし、なるべく使わない。山の緑を保つため、定期的に伐採し、炭の原料とする。これでガスはいらない。電気も必要な分だけ、自家発電する。これは山の頂上にアンテナを立てて、成層圏で起きてる雷を取り込み、交流電流に置き換える技術を日本人が開発した。
このシステムのおかげで、発電所がいらなくなり、送電線もいらなくなった。
また炭はカーボンファイバーにも転換できるし、半導体の原料としていまや欠かせない資源となっている(2025年ではまだ実用化の段階ではないが研究されていた)
私たちには出来ることがまだまだある!
「洋子さん、アーミッシュって知ってる?」
「あ、なんとなく。母が好きだった大草原の小さな家の子供たちみたいな生活を送ってるアメリカの人たち?」
「そうね。開拓時代のまま、頑なにその生活スタイルを変えない人たち。電気もガスも使わない。移動は馬車」
「それが出来なかったのが19世紀から20世紀にかけての産業革命と世界戦争。すべてはお金儲けのため」加奈ちゃんが言った。
「そうね。みんなそれが当たり前だと思ってた。お金がないと生きてゆけないと。でも、アーミッシュは食べるものを着るものを全部、自分たちで作ってた。それが当たり前のことだった。家もみんなで作るから不動屋さんもいない。昔の日本の村もそうだったわね。もちろん、縄文時代は当たり前の世界」
経済をまわせ、株価が高ければ高いほど素晴らしい!でもその陰で経済格差はますます広がり、領土争いで何千万人もの一般人を殺してきた。地球がおかしくなるのは当たり前なのだ。
私は、その夜、大きな満月に誓った。
この世界を救う。
人類はまだまだ捨てたもんじゃない!
後ろから茜さんと加奈ちゃんが手を振った。
「一緒に歩もう!」
茜さんの呼びかけに、世界中が反応した。
もう、あの秘密のコードを使わなくてもいい時代がきたのだ。
その日の夜、赤い星が爆発した。
火星に巨大な月が衝突したのだ。
それは木星から軌道を外れた月だった。
今やこの宇宙に金儲けの為に資源を食い荒らす害虫は消えた。
青い星が宇宙に浮かんで見える。
海水が増えたことによって、大気層の水蒸気が増え、そのため、世界中に大雨が降るようになっていた。曇りの日が日照時間を減らし、いつしか温暖化の問題はなくなっていた。
雨が多く降り注ぐことで、有害な物質が流れ去り、砂漠もやがて土漠となり緑が増えていった。やがてそこに大きな木が育ち、地球に森林が戻ってきた。
洋子たちの働きからわずか100年で森が再生されたのだ。
そして新たな命が生まれた。
茜、加奈子、洋子、加奈。
この4人は、同じ家に生まれ変わった。
家の外には富士山が見えた。
4人は毎朝、富士山を拝みながら、温泉につかるのであった。
終わり。




