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ヤギのミルクティ

遂に私は茜さんと会う。


このことで頭がいっぱいになる。


茜さんの泊まってるホテルは、老舗の旅館だった。


その和風の佇まいから、ほどよく整備された庭園など、さすが操業100年を越える旅館だった。


私は佐々木加奈さんと二人、約束された時間より少し前に、旅館のラウンジで茜さんを待つことにした。


そこへ茜さんがやってきた。


髪がやや濡れていて、浴衣姿だった。


「あの、洋子さんと加奈さん?初めまして、茜です。すいません、先ほどまで温泉に入っていて、まだ髪がこんなんで」


「あ、おはようございます!私、加奈子の娘の洋子です。」


加奈は名刺を出し、深々とお辞儀をした。


「今回の取材にご協力をいただき、ありがとうございます!」


茜さんは軽く会釈をすると、一人用の真っ赤なソファに深々と座った。


「お体の方は大丈夫でしょうか?」


加奈が聞いた。


「えー、大丈夫よ。乳がんだったんだけど、もう手術も終わってるし、抗がん剤も使わなくてもいいの。ただ、時々体調が落ちてくるので、免疫力を高める為に、ここ実家に戻ったのよ」


え。実家?ここが?


「そう、私はここの旅館の娘。今は兄が継いでるの。私は子供もいないし、スイスを終の棲家と思っていたんだけど、連れ合いに先立たれて、迷い迷い10年。でもガンになって思い知ったわ。日本に帰りたいって。故郷が懐かしくなった。で、今はここに住んでるの」


取材は、そう、なんとなく始まっていた。


「あの、コーヒーかお茶、頼みましょうか?」


加奈がメニューを開く


「ふふ、いいの。ここ私の実家だから。私のおすすめを飲んで下さらない?」


そういって茜さんは女性従業員を呼び、何か小さな声で言った。


「スイス生活していた時に飲んでいたやぎのミルクティ。ここのメニューに入れたの。スイスではチーズが有名なんだけど、私はチベットでの味が忘れなくて紅茶に甘い砂糖を入れて飲んでたの。特に冬山の御供として最高だったわ」


そういえば、温暖化による海面上昇が続いたころに、ここ熱海ではヤギを飼う家が増えたと言う。


「ヤギのミルクってちょっとクセがあるのだけど、とっても体が温まるの」


茜が言うと、すぐさま、加奈が言った。


「あ、それ、聞いたことがあります!アーユルベーダでもヤギのミルク、確か飲むんでしたよね!」


「そうよ、さすが加奈さん。今は雑誌作ってるって聞いたけど、山には登ってるの?」


逆に取材されてしまった。


「えー、とてもいい会社で、世界各地の山に取材をかねていかせてもらってます。今年はマッキンリーにも行きました。あ、デナリですね!現地の呼び名」


デナリ! そうだ、母が最初に茜さんに聞いた山の名前がデナリだった。


「デナリ。懐かしいわね。私は学生時代に4回登ったわ。植村さんに会えるかと思って。でも会えなかった。」


「4回ですか!すごい!じゃぁ、冬も!?」


「えー、そうよ。あそこは過酷だった。ある意味、エベレストより地上からの高低差があるでしょう。足腰鍛える為に学生時代は都会にいるときでも鉄の板がソウルに入ってる靴を履いてたの。だから足が太かった!ふふふ」


あ、母が書いていた茜さんの微笑み。


なんて上品なんだろう。


「洋子さん、今回はお母さん、とても残念だったわ。私の学生時代の唯一無二の親友。最近は会っていなかったけど、お母さんとは頻繁に連絡を取っていたのよ、実は。亡くなる直前、彼女からもう会えないかもしれないけど、また来世で会えるから、あまり心配しないでって。加奈子さんらしいわ。」


「そんなことがあったのですか。私の母は生まれ変わりを信じていて、今回の取材内容とはだいぶ違うのですが、母と茜さんは前世で親子だったと日記にあって、私はとても考えてしまったのです。それが真実かどうかはおいておいて、それほど茜さんとの絆が深かったのかなって」


「そうね、彼女の言う通りよ。私は前世を見る能力はなかった。でもチベットやヒマラヤに行くと、輪廻転生を信じてる人に多く出会ったの。実際に、どこそこの村に息子さんが転生した!とか、私はここに以前住んでいた!とかいう話は沢山聞いたわ。」


加奈がここでやっと口を開く


「茜さんにとって、登山の魅力って何でしょうか?茜さんは女性で南極横断もも成し遂げたし、スイスの山小屋の主人も経験され、つい最近までスイスの万年雪保護にも力を注いでいましたよね?登山のガイドをしながら」


「あの頃は無我夢中で世界を歩き回っていたわね。でもね、私はその中で環境がどんどん悪化してゆくのを目の当たりにして、森林保護に目が向くようになったのよ。山は環境汚染の影響がひどくなっていった時期でもあり、2020年あたりから世界中に環境破壊の元凶となったメガソーラー問題があったでしょう?今では家の屋根にもなってないけど。それと大気汚染ね。山に登るとわかるの。汚染された空気は山に当たると上昇して山の生態系を破壊していた。」


「確かに2020年代に熊の出没が増えて、人があちこちで襲われるようになったのも、その大気汚染が原因だったわけですものね」


「そうね。あの頃はほとんどマスコミも取り上げなかったし、気が付いている人も少なかった。登山家以外は。」


登山家は、実際に山を歩き、山の自然がおかしくなっていることにいち早く気が付いていたんだ。でも政府もマスコミも国民には知らせなかった。


「私は東日本大震災での福島原発爆発以後、政府やマスコミは信じられなくなっていたの。だってあの頃、すでに各自治体の建物の屋上に放射能を感知する器械が取り付けあったの。その理由もマスコミは言わなかったけど、それは大陸での核実験によってプルトニウムの放射能が黄砂とともに日本に飛来したのが発端なのよ。だから震災後の検査で、関東の各地で、なぜか福島由来ではないプルトニウムが発見されたの。公園はみんな閉鎖ね、すぐさま」


「そんなことあったんですか?ネットで調べてもでてこない、そんな話」


「AIに聞いてもダメよ。不都合な真実はすべて闇の中」


私は聞いた。私の母もガンだった。茜さんもガンだった。

ガンは早期治療すれば治るけど、母は逝ってしまった。

私もいつか母と同じガンになるのだろうか?


「ふふふ、大丈夫よ。早期発見ね。ただ、40年前の日本は世界の先進国の中で、当時一番ガンが増えていた唯一の国。ロシアや中国の統計は怪しいのでわからないけど」


なんでなんだろう?

確かに、初めての東京オリンピック以降に生まれた日本人の発がん率は年々あがっていた。先進国が下がっていたにもかかわらず。原因はプルトニウムだったの?真相は闇のママ。そういえば白血病の発症率も原発周辺の町は高いということを聞いたことがあるけど、都市伝説よばわりされていたっけ。


「ちょっと、山から話が脱線してしまったわね。」


「あ、大丈夫です!茜さんがもう30年以上前から警告していた通り、世界中がおかしくなってきたわけですから。わが社としても、そこんところの諸事情をもっと詳しく取材出来たらなとも思っています!」


「あんまり本当のことを言うと、雑誌、廃刊になるかもよ。ふふふ」


茜さんの微笑みは、時折、怖い。


そんな時、ヤギのミルクティーが来た。


「うちの旅館の特性ミルクティよ。ヤギのミルクは裏の庭で飼ってるヤギさんの取れたてミルク!どうぞ、ご堪能あれ!体が芯から温まるわよ!」


「わー、初めてです!飲むの!」


私も初めて飲む。


甘くて香ばしい。


身体がどんどん熱くなるのを感じた。




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