2050年の東京
翌日、私はスイス行きが熱海になったことを告げた。
「なんだよ、それ?」
夫は笑っていた。
「妹にも言わないとな。で、熱海は一泊?二泊?」
そっか、全然考えていなかった。
笠松出版の石井さんにも連絡を取り、茜さんに母の全集の後書きをもらうように言われてしまった。
私は佐々木加奈ちゃんと二人で熱海に行くことを前提に、綿密なスケジュールを練り直した。
そしてついに、私は明日の朝、熱海に行く。
寝る前に、母の日記の中の輪廻転生のフォルダを見たいと念じた。
今夜なら、鍵があくのではないか?
パソコンを開き、フォルダを開けようとした。
パスワードを要求するウィンドウが開いた。
私は、zashikiwarasi2011 と入れた。
開いた。
日記で、2011年に座敷童の前世を見た母は、それをそのままパスワードにしていた。ここまで来るのに随分と遠回りしたもんだ」
私は息をのみながら、母の日記を読んでみた
~母の日記より~
私はここから書くことは、人に言っていいことかわからないし、私の死後、誰かが読むかもしれない、恐らく私の娘、洋子が。
だから、あえて鍵をかけた。
ここにたどり着くには、あえて私の日記を読み進めていけばわかるように、テキストに隠し文字を入れておいた。その隠し文字は、見たい人の表情を読み取り、AIが判断して、初めて浮かび上がるようにしておいた。
もし、この文章を読めているとしたら、読み手は洋子しかいない。
洋子、元気? 私はもうこの世にいないだろうけど、私の魂はいつでもあなたのそばにいる。それを感じてほしい。
あなたも人の親になったように、自分の子供は前世の因縁でこの世でまた会うの。
因縁という言葉が古臭いなら別の言葉で書くわ。
シンクロニシティ
魂が同調して、この地球上で命を得るの。
それは前世からの約束。
魂を磨くために、私たちはこの地上に降りてくる。
兄弟の時もあれば、友人や恋人の時もあるわ。
私たちは前世では兄弟だったの。
まだ洋子には実感がないだろうけど。
これは私のライフワークでもあったのだけど、人の命は死を迎えても、魂は永遠不滅。これは決して世迷い事でも非科学的なことでもないの。
宇宙が生まれた時、宇宙は大いなる意識の元、この宇宙の広がりとともに、各星に自分の魂を宿したの。それが今私たちがみている太陽よ。
その太陽から私たちの星が生まれたの。
最初から地球が独立した形で回っていたわけではないわ。
太陽から地球は生まれたの。
そして月は木星から生まれた。
私は、前世の旅を通して、それを見てきたの。
地球が生まれて45億年以上たって、私たちの魂がこの地球に降り立ったの。
そして何万年もかけて、私たちは輪廻転生を繰り返しながら、魂を磨いてるの。
今は科学が発展しすぎて、地球の沿岸地域で発展した都市はほとんど住めなくなっているでしょう?
これは人間がこの地球を大切に扱わなくなっていることから来る現象。
私たちはこの地球をもう一度、再生させないといけないの。
その為に、私は茜さんと出会い、自分の使命を知ったのよ。
もし、あなたが茜さんに会う日があるなら伝えてほしい。
今、地球は急激な変化により、大きなカタストロフィが間もなくやってくる。
天はバランスをとるために、地球に大きな彗星をぶつけてくるかもしれない。
それでも、私たちはやれることをやる。
私は天から茜さんや娘がやることをサポートしてゆく。
そして今度私が生まれるときは、人類が戦争もなく共生してゆける世界になっていることを信じたい。
~母の日記より~
母の日記はここまでだった。
確かに母の大学生の頃は、地球温暖化は問題になっていたが、東京が50度を超えるようなことはなかった。
今では50度を超える日は当たり前で、私たちは人工的な都市でなければ、スイスの山奥でもなければ、夏は暑すぎて到底住めない世の中になってしまった。
しかも世界中の氷河が熔け、海面の上昇は年々あがってしまい、ハワイはほとんど消滅。東京はかつての23区は高台が島のように残るのみで、お台場や浦安の遊園地はいまや海底に沈んでいる。
40年前、茜さんはその地球の行く末を案じ、世界中の山々を歩いて、警告を発していた。世界中の気が付いた人たちが声をあげたにもかかわらず、社会は金儲けが先行し、環境はどんどん破壊された。
気がつけば二酸化濃度の濃さ以上に深刻なのは森林伐採と海洋の汚染から来る植物の激減により、酸素が薄くなっていることだ。
いまやオゾン層は極限状態にまで薄くなり、あと少しのところで、消えるのではないか?という所まで来ている。
恐ろしいほどの飛行機とロケットが、オゾン層を破壊してしまった。
マスコミは車を電気にすれば解決するかのように言っていたが、バッテリーが排出する水素ガスがオゾンやメタンと結びつき、結局温暖化に拍車をかけた。
原発も2011年の福島原発の爆発により大気中に大量の水素ガスをまき散らした。
マスコミも科学者も放射能汚染については言っていたが、水素ガスの危険視については誰も言わなかった。
メガソーラー開発がその後進み、日本の大地にその異様な姿をさらけ出した。
森が亡くなり、沼や湖が亡くなった。
人間の利便性の為に、生き物が、山が、死んだ。
2025年ごろ、熊が出没して人を襲うニュースが増えた。
マスコミは本当のことを言わなかったが、大気汚染と温暖化が本当の原因である。
大気中に含まれる煤が森林に付着し、酸性雨が降り注ぐことによって(台風の塩害も含む)、森の生命慾が落ちたのだ。そ大地の栄養を育んでいた地衣類が死滅し、木が実をつけなくなっていた。熊は人の為に作った果樹や野菜を食べるのは当然で、人を襲うのは彼あの怒りであり、警告だった。
しかし、人間は熊を駆除すると言って、ハンターを増やし、今では、山で熊を探すのが困難になるほど、絶滅危惧種になってしまった。
茜さんは、熱海で会おうと言ってくれたが、あそこの湯治できる場所は海底にあるホスピスなのだ。
かつては栄えていた熱海だったが、今や山の上でしか生活できない。
港はなくなり、かつての線路も海底に沈んでしまった。
今、熱海のホスピスに行くには、長野方面からいって、海底バスに乗り換えていかないといけない。
ま、それも初めての経験だったので楽しいのだが。
さ、あまり暗いことばかり考えてもしょうがないわ。
早く寝ましょう。
洋子は、そのまま深い眠りについた。
外は10月だと言うのに35度はあった。
笠松出版のある神田も、実は仮想都市であり、洋子はパソコンの中で、佐々木加奈や石井と会っていた。
喫茶店も昭和レトロな佇まいで、今は海底に沈んだ東京も、バーチャルな空間でしか体験できなくなってしまった。
だから、明日は現実の加奈ちゃんや茜さんに会えることが嬉しくて仕方なかった。




