座敷童の過去
私は夢を見ていた。
私は少女だった。
いや、幽霊だった。
私は間引きされた子供の霊だったのだ。
私は生まれたとき、石臼で骨ごと砕かれてしまった。
江戸時代、ここ遠野では、いや、東北の貧しい村ではよくあったことだ。
ただ私は母の悲しみを背負っていた。
母は自分の子供を守れなかった苦しさで、やがて病死してしまった。
私はこの家の座敷童として数百年生きた。
それが私の前世?
私は夢から目が覚めた。
私は茜さんが私の前世の時に私を産んだ母では?と思った。
なぜかそう思った。
そんなことがあるのだろうか?
前世を否定する人は、結局、魂も否定しているんだと思う。
私は東北の震災で亡くなった人たちを弔いながら、がれきの処理のお手伝いをしている。
この仕事をしていて、幽霊に会ったという話を聞かなかった人はいないぐらい、あちこちで、亡くなった人を見たとい証言を聞く。
もちろん、心理学的に突然亡くなった人を思うあまり、幻覚を見たのでは?ということもあるだろう。
しかし、タクシーの運転手が死者の霊を乗せたということになると、肉親でもないタクシーの運転手が、わざわざ幽霊を乗せて知りもしない家まで運ぼうか?
私以外の自衛隊や警察の方々は、今でも遺体捜索をされていて、今でも時々見つかるのだ。その遺体と一晩過ごすこともあるという。
私は半年間のボランティアの経験で、死者の魂は明らかに存在すると確信していた。いまだ自分の死を受け入れられない人ほど、この地にいるのだ。
私はボランティアを終え東京に帰る度にお祓いをあるお寺でしてもらっていた。
そこの住職は法力のあるお坊さんだと口コミで聞いていた。
お坊さんは言った。
「あなたは前世で強い悲しみを負って、あえて霊となり、生きている人たちに幸運を与えると言う神様になっていた人だね。たぶん、座敷童の類」
「私は夢で見たんです。座敷童だった自分を」
「そうですか。でもその経験が今回のボランティアで役にたったと思いますよ。あなたに会えた霊は自然の世界へと帰っていった。いわゆる成仏です」
「私に会った?」
「そうです。あなたは気が付かないが、あなたの周りのオーラが意識を浄化させる力があるようです。ただ中には成仏できないまま、あなたにべったりくっついてきている霊もいるので、私は経を読み、なんとか成仏してもらいました。でも、それはとてもパワーがいる。あなたのオーラは自然とそれが出来る。ただし無意識のなせる業ですが」
お坊さんに除霊してもらったことで、私は肩こりも解消した。
私にそんなオーラがあるとは思わなかった。
霊能力がないおかげで、私は霊を見ることもないし、聞くこともない。
でも、魂は感じる。
私は、より深く、この経験を活かして、さらなる高みを目指してみたいと思った。
そして茜さんに言った。
「私は山岳部を辞めます」
茜さんは止めなかった。
紀代は泣いた。
私は一人、山へ登った。
本当の私に会うために。




