母の愛した人
私は佐々木加奈とまた会う約束をした。
「すいません、お忙しい時に」
「いえいえ、私もお会いしたいと思っていました」
私は母の日記にあらたな発見があったこと。
そしてまだ不明な点が多いが、母が前世の秘密をより深く知ったことなど話した。
「なかなか作家さんならではの視点で、物事を考えてらしたのかもしれませんね」
佐々木加奈からも新たな情報が。
「茜さん、やはり大学時代の友人、野口健太郎さんとご結婚されてました。ただ健太郎さんは10年ほどまえに登山中に行方不明になり、そのまま消息はわからない状態らしいです。いまだに遺体は見つからず、茜さんは今でも彼を探す為に山に登っているらしいです。私も全然知らなかったんです。事故も日本ではほとんど報道されてなく、10年以上も前の事なので、そのことを知る人もほとんどいなくて」
そうか、そうだったのか。
母と茜さんが会わなかった、いや、会えなかった理由が直観でわかった。
野口さんは、もともと茜さんと付き合っていたのだ。
しかし、茜さんはカナダへ行ってしまう。
その後、母と出会い、恋愛に落ちた。
茜さんも最初は二人を見守っていた。
しかし、あの震災で、母と野口さんはだんだんよそよそしくなっていった。
日記には書いてなかったが、母は野口さんと同じ職場でバイトをしていた。
震災当時は野口さんは社会人になっていた。
しかし、母は、東北へボランティアで毎月のように出かけるようになった。
そんな母を野口さんはだんだん寂しくなり、そんな時、茜さんが側にいた。
気が付くと、野口さんと茜さんは、元の鞘に戻るように、恋に再び落ちた。
母はショックのあまり、山岳部を辞めてしまった。
その後、母は父と出会い、私を産んだ。
その父を母は愛していたのだろうか?
ずっと母は野口さんを愛していたのかもしれない。
「あ、洋子さん、日記にそこまで書いてあったんですか?」
「え、いえ、書いてないです。でも、なんだか母が野口さんのことを全然書いてないんですよ。
そこに違和感があったのと、あれほど尊敬していた茜さんなのに、3年4年の時の山岳部のことが書いてないのです。だとしたら、そのころに、人には言えないようなことがあったのかもしれないなって」
「女の直感?」
「そうかも。母は野口さんを愛していたんでしょうね。その野口さんが登山中に事故に遭い、行方不明になった。母はどんなにか心配したかわかりません。私はそんな母の悲しみも何も知らなかった」
「もしかしたら、今夜、日記を読んだら、またあらたな文章が出てくるかもしれませんね」
恐らくそうだろう。
でも、今になって、茜さんに会うのがすこし怖くなってきた。
茜さんにすれば、可愛い後輩が亡くなり、夫はとうに亡くなっている。
夫の遺体を10年以上探している最中に、かつて付き合っていた母の死の知らせ。
私はどういう顔をして茜さんと逢えばいいのか?
つい先日までイタリア、スイスと浮かれていた私に冷水を浴びせるような事実だった。




