笠松出版の担当者
私は、かつての母の担当者に会うことになった。
出版社にゆくと、あの野太い声の持ち主が現れた。
そして私は笠松出版の石井重彦と書かれた名刺をもらい、挨拶をした。
「初めまして、母のことで色々とお世話になりました。」
「いえ、こちらこそ、わざわざご足労頂き、ありがとうございます。実は追悼の記事のほかにお母さまの過去の作品を集めた全集の企画が持ち上がっていまして。ここよりも喫茶店でお話したほうが。なにせここの会議室は殺風景で・・・。」
男は汗を拭きながら言った。
その男は石井といった。
とりあえず、私たちは出版社から出て、近くにある喫茶店に行った。
古びた喫茶店ではあったがアンティークのテーブルやステンドグラスなど、昭和を思わせる店内でクラシックレコードが大量に置いてあった。
店内のBGMは交響曲第4番 ホ短調だった。
「さっそくですが、お母さまの全集を作るにあたって、著作権のことがありまして、洋子様は相続人となられてるわけですが、他にご兄弟とかいられますと、ちょっと複雑でして」
ハンカチで汗をかきながら話す石井。テーブルの上に置いてある水をがぶ飲みする。
「子供は私だけです。実は著作権のこと、全く何もわからなくて」
「そうですよね。権利の登録はこちらでやります。遥香様は届け出は必要ではないです。著作権によって派生した金額につきましては、遥香様の銀行口座に振り込みます」
急にそんな話になるとは思わなかったので、洋子はとまどった。
「すいません、いきなり事務的な話で。こだけは、はっきりさせないと、過去の作品を再出版することも全集を作ることも勝手に私たちができないもので・・。」
大汗をかきながら説明する石井。
「すいません。私、うとくて。そこは石井様におまかせします」
「そうですか、よかった。あとで書類を自宅宛てに郵送します。それで、茜さん?でしたっけ。私どもの会社に加奈子さんが亡くなった後、電話がありました。
一体どんな女性なのでしょうか?」
石井は汗を拭うとまた水を飲んだ。
「実は茜さんのことは母の残された日記を読んで、初めて知ったのです、私も。
なので、彼女の連絡先もわからず。ただ、母の大学時代の先輩らしく、母の人生を大きく変えた人物。そこまではわかったので、どうしても彼女と連絡がとれないものか。というわけで、ここに石井様に頼ってきたわけです。」
そこまで言うと、頼んだコーヒーが運ばれてきた。
石井は一口飲んでカップを置くと、
「お話はわかりました。実は茜さんのこと私も気になり、加奈子さんの過去作品を読み返しました。そうすると、茜さんを彷彿させるような人物が出てきた小説があったんですよ。そこでは彼女は世界中の山を踏破してゆく女性クライマーなんですが、まさに、茜という名前で登場しています!もうだいぶ前の作品で私もその名前を失念していました。」
「え?女性クライマー!?その人です!たぶん!
だって母は大学で山岳部に入って茜さんは先輩なんです!」
私は興奮していた。
母は茜さんのことを小説に登場させていた!
「じゃぁ、実在の人物だったんですね。もしかしたら有名な人かもしれませんね。茜という名前の女性クライマー調べてみましょう。どこかの登山隊にいれば名前もあるはずですから。うちに登山に関して詳しいものがいます。聞いてみます!」
ここで、母の小説をあまり読まなかった私は反省してしまった。
母が小説家なのに、全然興味がなくて、母が茜さんを登場させていたことも知らなかった。
今後のことを確認し、私たちは喫茶店をあとにした。
後日、石井さんから大きな封筒が送られてきた。
著作権に関する書類と、1通の手紙が入っていた。
続く




