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虚花

作者: 豆苗4

 どんなに美しい花であってもそれを手折るのが容易いように。




 暴力とは力一般を指し、話し合いとは対等な立場における交渉のことを指す。ここで強調しておきたいのは、基本的に話し合いは暴力だということである。例えどんなに公正を期っしていたとしても。


 話し合いとは花が咲いている状態のことであり、暴力とは動作である。どんな話し合いも暴力に依存している。同じテーブルにつくまでに暴力は必要不可欠だし、同じテーブルについてからも盤外戦術としてそこかしこで暴力が繰り広げられている。机の上ではお淑やかに振る舞い、机の下で激しくお互いの足を蹴り合っているのである。話し合いとはそう見えなかったとしても形を変えた暴力であり、闘争の気概が見え隠れしている。


 話し合いとは、自分の意見を押し付けるまたとない好機である。相手の意見に耳を傾ける事は愚か者のする事である。話し合いは一方通行であり、それに疑義を挟むことは断じて許されていない。両者によるシンプルな綱引きであり、力の原理によって決着がつく。


 チャンピオンベルトが返還され、レディファイと言った掛け声で勝負が「対等」に始まることはない。戦う前から勝ち負けが決まっており、結果が覆ることはない。意見が変わる事はなく、譲歩することもない。それなら話し合いなんて上品な言葉を使わずにただの殴り合い、それすら許されない一方的な暴力と呼んだ方がまだマシに思えるのは気のせいだろうか。


「何で毎回イデオロギーと対決するところから始めなくちゃいけないんだ? 口を開く度にそれは顔を覗かせる」

「君がそれをそう呼んでいるからだ」

「そんなはずはない。私は、月の裏側からそっと光を当てるように事物をただ昇華したいだけなのに」

「……それがイデオロギーなのだ。何故そのことに気付かない? 何故今までそのことに気が付かないほど能天気でいられたんだ? いいか、イデオロギーでないものなんて一つもないんだよ。口を開けばイデオロギーばかり? 当たり前だよ。何故なら我々はイデオロギーの塊なんだから。そこから発せられる言葉が、そのかけらがイデオロギーじゃない訳あるか? 純度100%のイデオロギーに決まっているだろう」

「なら話し合いは無駄だって言いたいのか? 」

「そうは言っていないだろう。もし、それに気づく気配がないならば、今後一切イデオロギーには触れちゃいけない。とにかく忘れなさい。これは現代における鉄則だ。鉄の鎖によって厳重に守られているから、わざわざ鎖の束をぶちぶち引き裂いて突っ込もうなんて茨の道を選ぶ必要がない」

「……だからって」

「君のその欲望を統御できていないうちは何を言っても無駄だ。消化できるまで大人しく待つんだ。欲望が引っ込むまで。ただでさえ話し合いが暴力じみているのだから、それに加えて暴れ馬を制御出来ていない状態で難局を切り抜けようだなんて無茶だ。必ず落馬するだろう。背中からバタっと落ちてしまうだろう。そして、身体の下にあるぐちゃぐちゃに潰れた花に一目もくれることなく君は走り去るだろう。花は誰かが手折るんじゃない。君の手によって。他ならぬ君自身の手によって手折られるのだ。だからその事に気がつかないうちはよした方が良いと言っているんだ」

「嘘だ。花なんてないさ。ありもしないことをさもあるかのように話すなよ」

「そうさ。花なんて端からありやしないんだよ。見えやしないのさ」

「はっ? 」

「ないから言っているんだ。存在しない花を潰すな」

「……何を言っているんだ? 」

「とにかくそう振る舞うんだ。敬意を払え。花の有無だけが花を規定するはずがないのだから。そのことがじきに分かる。それが1日後になるか、1年後になるか、5年後になるか、10年後になるか、1000年後になるかは定かでは無いが」


 暴力の上に話し合いがある。戦争の上に平和があるのとちょうど同じように。暴力では何も解決しない。暴力は問題を解決する以外の仕方で進行し、話し合いはそれで生じたボコボコの地面の穴をほんの少しだけ埋める。それだけだ。




 墓前に捧げられた花はいつか枯れてしまう。それが悪いことなのか、それとも良いことなのかは分からない。ただ……あの花の、ちっぽけで風に吹き飛ばされそうなほど儚げな一輪の白い花の、あの美しさだけは確かだった。

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