【5】お似合いですね……って、どっちが?
ソラのことは俺が守る!
なんて、勇ましい気分でいられたのは、せいぜい待ち合わせに向かう電車の中までだった。
待ち合わせの駅の改札口の一部が、周囲と比べて明らかに光って見えた。
派手系の色で纏めてあるソラと、黒を基調としたシックな色合いでカジュアルに決めている柊。
タイプの違うイケメンが二人、アイドル雑誌の切り抜きのワンシーンのようにして、そこに立っていた。
「あ、ハルチ来た! おはよ~!」
「お、おはよ……」
ソラは気後れしてほんの少し離れた場所から声をかけるタイミングを伺っていた俺を目ざとく見つけて、ブンブンと勢いよく手を振りながらコチラに駆け寄ってくる。
「おはよう、ハルチくん。悪いね、今日は付き合わせちゃって」
「いや……うん。おはようございます」
言葉が尻つぼみになった俺を、「あはは、なんで敬語」とソラが笑い飛ばす。
「まあ、俺らはじめましてみたいなモンだし? ソラの距離感の方がおかしいんだよ」
「えー? そうかな」
息をするように自然なフォローを入れてくれた柊に、俺はギュと唇を噛んだ。
同じ年なのに、ほぼ初対面の相手にでも淀みなく言葉を吐き出せる柊と違って、俺はすぐに言葉を詰まらせる。
別に見下されている訳でもないのに、俺はこういう些細なこと一つにだって引け目を感じる。
ソラとの時は、初対面でも物怖じせず話せたのは、ソラが先に俺に好意を示してくれたからだ。そうでなければ、俺がソラみたいな陽キャとまともに会話なんて出来るはずもない。
派手で個性の強い奴らは皆、言葉に限らずその行動の一挙手一投足が、全て俺みたいな平凡な奴をバカにしたり、嘲笑っているのだと思い込んでいたのが俺だ。
(今は、そんな奴らばっかじゃないって思ってるけど……)
ソラと過ごしている内に、そういった偏見も少しは薄れたと思っていた。それでも、長年の間に沁みついた”平凡であること”の呪いと、卑屈根性は消えてはいない。特に、ソラを間に挟んで、柊のようなソラ側のイケてる人間を見てしまうと、ソラを取られるんじゃないかって、そればっかりが頭をまわる。
自然と俺に集まる形で三人が並ぶと、挟まれた俺のダサさが目立ってしまって絵面がキツイ。
俺はソラの影に隠れるようにして、半歩二人の後ろに下がる。
「じゃあ行こっか! 服が買いたいんだよね?」
「そうそう。俺普段、ビィムスのばっか着てて、特にブランドとか拘ってないんだけど、ソラそういうの詳しいだろ?」
「それ系だったらカジュアルなのがいいってことだね。うん、分かった!」
柊は見た目通りと言うかなんというか、かなりファッションには詳しいようだった。特に拘りはないという割には、ソラの言う呪文のような横文字ブランドの話題にも難なくついて行っている。
(ソラ、楽しそうだな)
柊の顔を見上げながら、キラキラとした笑顔を振りまくソラに、胸がツキンと痛む。
ソラの興味のある話題は、いつも俺の範疇外だ。
ソラのするコスメやファッションの話を、つまらないだとか、やめろだとか思ったことはないが、どうしても興味が無いのだから反応が薄い。
ソラも俺が聞き流すのに慣れているから、俺の生返事をいちいち咎めたりはしないが、きっとつまらなく思ってはいると思う。
(ソラは俺の話にも、頑張ってついてきてくれてるのにな)
俺が面白いって言った漫画も、ハマってるオンラインゲームも。ソラは俺が話題にした次の日には、ある程度話せるくらいには履修して来ていた。
それも全部、俺を置いてけぼりにさせない為だ。
じゃあ俺はソラの為に何をしたかって、思い返しても全然ないのだ。
(俺って本当にソラに甘えてばっかだったんだな)
一緒にいて、ソラを楽しませる努力なんてちっともしてこなかったくせに、俺の数歩先でソラが楽し気に柊と並んで歩いていることに嫉妬している。
「どうしようもないな」
ポソリと呟いた声は、ソラの弾んだ笑い声と、街の雑踏に搔き消された。
***
「暇だ……」
適当に昼食を済ませた俺たちは、柊の目的を果たすべくデパートに来ていた。
普段俺たちの遊び場と言えば近場のショッピングモールだから、ここまで来るのは珍しい。
と言っても、ソラはお目当ての商品がここの店舗にしかないとかで、俺よりは随分と頻繁に来ているようだ。柊の希望通り、危なげない足取りで店を紹介していっている。
デパートに辿り着いてから、早二時間。
結構な数の店舗を回ったが、未だ柊のお気に入りのモノは見つけられず、俺は家族の買い物に疲れたお父さんのごとく店の中のソファに腰を下ろしている。
柊とソラは、それぞれ気に入った服を持ち寄っては、店員の意見もききつつ、更衣室を出たり入ったりしている。
最初は俺も、ソラの服に関してはソラが強引に意見を求めて来るので、ちょろっと意見したりもしたのだが、それが的外れなことも重々分かっているので、その手のことは全部柊に押し付けてしまった。柊ならソラの意向を組んだ、適切な意見が言えるはずだ。
(大体、俺完全に店員からスルーされてるし)
過剰なまでに愛想のよい店員は、柊とソラにはおススメを持ってきたり、「今日はお友達とショッピングですか?」なんて世間話を振ったりするのに、俺はそこで暇そうに突っ立っていても何も話しかけられない。まあ、全身で寄るな触るなの陰の気を出していれば当然なのだが、それにしたってお前は場違いだと存外に言われているようで気落ちする。
(実際、俺がアイツらと同じグループには見えないもんな)
遠目に見ていても納得する。
二人が並んだ時のお似合い感。
ソラの着るものに堂々と意見が出来て、店員の猛攻に少し困っているソラをさりげなくサポートしてやんわりと趣味に合わない服を棚に戻させる。そのスマートな仕草は、世間一般が求めるカッコいいカレシ像だ。
本来、ソラの隣にいるべきなのはああいう奴だ。
「――ハールチッ! ……おーい、ハルチ? もしかして、目開けたまま寝てる?」
グルグルと思考の海に沈んでいたら、買い物を終えたらしく紙袋を提げたソラが、いつの間にか俺の真正面にいた。
ソファに座る俺に視線を合わせる為か、しゃがみこんで俺の目線の前でパタパタと手を振っている。
「わりっ……ボーっとしてた」
ぶるるっと頭を振って、ぼんやりした意識を取り戻す。
「あのね、店員さんがタウン誌に載せる広告の為? の、写真撮らせてくれないかって」
ソラは俺の不自然な態度を特に気にすることもなく、ちょっとはしゃいだ様子で俺の手を取る。
「え」
びっくりして顔をあげると、柊の横に立って俺らを見ている店員さんと目が合う。その途端、ほんの少し困ったように店員の笑顔が引き攣ったのを見て、俺はどうするべきなのか、彼女がどうして欲しいのかを哀しいかな瞬時に理解してしまった。
父親行きつけの床屋で適当に髪を切り揃え、母親が買い出しのついでに買って来たノーブランドの服を着込んでいる俺。
店のショーウィンドウに映った俺は、あまりに場違いだった。
「いや、俺はいいよ。お前ら二人だけで撮って来いよ」
模範解答の言葉を吐いて、俺はソラから顔を反らす。
「なんで? ハルチも一緒に撮ってもらおうよ! こういう機会滅多にないし」
「いいから。ほら、俺別にお前らみたいにオシャレしてるわけでもねえし」
引き下がらないソラに、俺の背が嫌な汗をかく。
店員と柊が、何かこそこそと言い合って、苦笑いしているのが視界に入る。
それだけじゃない。
俺とソラの言い合いを遠巻きにみている周りの視線が全て、イケメンの友達の仲間面してノコノコついて来た俺を嘲笑って見える。
「――いい加減にしろよッ!」
「……?」
「ソラもさ、空気読んでくれよ。俺がお前らと並んで写真なんて、撮れる訳ねえじゃん! それ誰得だよ。ここの誰もそんなモン望んでない」
そうだよ。今日一日、そもそも俺って最初から必要ねーじゃん。
柊はソラがいればいいんだし、ソラだって俺がいなくても充分楽しめたただろ。
柊の好きな店いって、飯食って、一緒に楽しくショッピングして、店で写真撮られてさ。
それ全部、俺がいなくても――むしろ俺なんていない方がよっぽど気兼ねなく遊べたんじゃねーの!?
「何言ってんの……ハルチ」
突然怒鳴った俺に困惑するソラに、俺の言葉は止まらなかった。
それはずっと、俺がソラに対して心に蓋をして、ひた隠して来たこと。
「俺もう疲れた。お前といるの、正直きついわ」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「あ、違っ……」
反射的に訂正しようとしたものの、その次に繋ぐべき言葉が見つからない。
言い淀んだ俺に、まん丸に目を見開いたソラが、酷く傷ついているのが分かる。
当たり前だ。
俺が傷つけるようなことを言ったからだ。
こんなこと言いたかった訳じゃない。ソラを傷つけたくなんてない。
それでも、俺は自分の卑屈で壊れやすい心を守りたい一心で、ソラの手を振り払ってその場を逃げ出した。
「井高! テメェなァ!! 待てよ!」
背後から、柊の怒声が聞こえる。
追ってくる感じはしないから、きっとソラか店員かに止められたのだろう。
柊ってちゃんと俺の名前知ってたんだな、なんて、どうでもいいことを思う。
アイツがソラの前で猫をかぶっていたとは思わない。
俺がソラを――友達を傷つけたから柊は怒っただけだ。
むしろそれが出来るアイツは、イイ奴なんだろうって思った。
同じことがあったとして、俺は戦える気がしない。
ソラが傷つけられたって俺は、例えば柊みたいな――俺より強くてカッコいい相手には、いつだって尻尾を巻いて逃げ出しちまうんだ。
(なんだ、やっぱりアイツの方がソラにお似合いじゃん)
ソラはソラに相応しい相手といて欲しい。俺みたいなダメな男じゃなくて。
本当に強くて自信を持った、誰からも見下されない奴に守ってもらわなくちゃ。
だってソラはいつだってキラキラ輝いて、大切に傷つかないように――そうやって大事にされるべき人だから。
だから、俺なんかの傍にいちゃいけないんだ。