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【2】それって、冗談だよな?

「ねぇ、治道(はるみち)って長くて呼び難くない? ハルチって呼んでいい? あの、それでさ、俺の自己紹介って覚えてる? 覚えてるよね? 俺さ、ハルチの顔が実はすっげータイプで! だからその……俺のカレシになってください!!」


 日直の相方は先生に提出する日誌の方を受け持ち、既に教室にはおらず、俺だけが戸締りの鍵を持って居残っていた。

 まだ帰る時間を惜しんで教室で喋る相手がいるとかでもない、ほぼクラス全員が初対面同士。

 残っていた生徒は俺とソラを除いてたったの三人で、その三人も「鍵閉めたいんだけど」と俺が促せばすぐに出て行った。そうして二人っきりになった、僅かな隙をついてのことだった。


 一息で捲し立てられたソラの告白はやたらと早口で、自己紹介の時の物怖じしない飄々とした様子とは違い、随分と声が上擦っていた。

 彼なりに緊張していたのだろう。頭を下げた拍子に金のサラリとした髪の隙間から見えた耳の先が赤く染まり、手の甲の半分まで隠した長めの袖の下から差し出された手は、微かに震えていた。


「はぁ、……?」


 唐突に不自然な話題から始まった、俺のあだ名やらなにやら情報量の多いその告白は、いとも簡単に俺の脳をストップさせた。そもそも名前と「よろしくお願いします」の一言だけだった、我ながら面白みの無い自己紹介をたった一回聞いただけで、俺の顔と名前を一致させて覚えているソラに、まずもってビビった。


(え、何コイツ。俺なんかマズいことやらかした⁉)


 真っ先に考えたのはそれ。

 驚愕で身を固めた俺が、その手を握り返せずにいると、ソラは慌てて手を引いて、「いきなりごめん」と恥じらうように目を伏せた。

 第一声の押しの強さからすれば、その態度は意外なほどしおらしかった。


「ごめん、って何が」

 どうにか絞り出した俺の問いに、ソラはガバッと顔をあげて、俺と真正面から目が合うと途端に忙しなく視線を泳がせた。

「いや、迷惑だよなって……、普通はほら、恋愛対象は女でしょ? 普通っていうか、大多数?」

「恋愛対象……。あ、あぁ、そういう――」


 そこでようやく、俺は今さっき彼に言われた言葉の意味を理解した。

 つまりこれは恋愛の話で、「カレシが欲しい!」と自己紹介で豪語した彼は、その目的を果たすべく俺に声をかけたのだと。

 しかしその言葉を文字通りに理解はしても、何故そうなったのかという、理由には納得がいかなかった。


「あのさ、ちょっと訊くけど、いつだったか通りすがりの俺がお前に優しくした過去があったり?」

「へ? いや、無いでしょ。俺ハルチとは今日が初対面だし、そもそも産まれはこっちじゃないよ。高校入学に合わせてこっちに越して来たの」

「じゃあ、前世の俺はお前と釣り合うほどの物凄いイケメンで、お前の恋人だったとか」

「なにそのファンタジー。ハルチって、意外とロマンチスト?」

 ケタケタと腹を抱えて笑うソラに、俺は眉間に皺を寄せて「うーん」と唸った。


「じゃあ何……お前はマジで俺のこの何の変哲もない”フツー”の顔に一目惚れしたって言ってんの?」

「うん、そう! 俺さっぱりした塩顔っての? そういうの好きで、ハルチのこう……ホっとするような、癖のない顔、めちゃめちゃ好み」

 うっとりと目を細めたソラは、恥ずかしがっているのか両頬を手のひらで覆って、「くぅ~」と地団太を踏んだ。

 そんなテンションあがりまくりのソラを横目に、俺は今世紀最大の「ハァ?」というクソデカイ文字を頭上に浮かべていた。


(いや、あり得ないだろ!)


 自慢じゃないが、俺は見た目について人から言及されたことが全くと言って良いほどない。それは良い方でも悪い方でも、だ。

 理由は分かり切っている。特筆すべき点が無いからだ。

 俺の顔は特別良くもなければ、取り立てて悪くもない、いわゆる平凡顔。

 身長は170センチ、60キロ。保体の教科書に載ってる平均値。

 俺の成績と全く一緒。数字で言うならオール3。


 中学の時の彼女には、「井高くんの隣って気が楽なんだよね」と、よく分からない評をもらい、俺も似たような理由で彼女の傍は居心地が良くて、このままずっと付き合って行くんだろうなんて思ってた。

 それなのに中三年の夏、「好きな人が出来た」と突然フラれた。

『井高くんといるとちっともドキドキしないんだ』

 そんな捨て台詞、何も残していかなくたっていいじゃないか(大体そこがイイって話じゃなかったのかよッ!)。

 平凡なりに楽しい青春を送っていると思っていた俺にとって、地味にこの出来事はトラウマになった。


 そんな彼女は、男友達に言わせれば「フツーって感じの子」で、良くも悪しくもつり合いの取れるところで、お互いに妥協で成り立っていた関係だったのだろう。

 人数集まって初対面の人と会うと、大体は最初の方に忘れられるレベルの印象の薄さだし――今日だって一緒に日直した相原(あいはら)君に”井川(いかわ)君”と名前を間違えられた――神に誓って、誰かに一目惚れされるような容姿ではない。

 陰キャを揶揄(からか)ってオモチャにしようって言うなら、随分と趣味の悪いことだ。


「それさ、あんまり俺みたいな奴に言わない方がいいよ」

「え?」

 心底不思議そうに目を丸めたソラに、酷く苛立ったのを覚えている。


「お前みたいに綺麗な顔した奴に言われても嫌味にしか聞こえねえし。俺は俺の顔がいかに平凡かって、ちゃんと(わきま)えてるから」

 勘違いもしないし、浮かれもしない。そうハッキリと言ってやる。


 随分と感じ悪い言い方をしたと思う。思いやりの欠片もない。少なくとも、告白の返事としては最低だ。

 ソラみたいに、綺麗で眩しい相手を前にすると、勝手に卑屈になって、劣等感でイジけてしまう。

 陰キャってのは、そういうモン。別に相手に他意はなくても、勘ぐって自虐して、無条件に逃げ出したくなる。


 つまり俺は、平凡な見た目を補う程の中身の良さだってない。

 特別悪い人間だとは思わないが、性格が良いとも言い難い。こんなことでもどっちにも振り切れない自分自身がイヤになる。

 ソラだって、そんな俺を相手にすれば、こんな馬鹿げた気の迷いから、一瞬で目を覚ますはずだ。

 俺のことは黒歴史として忘れ去って、さっさと次に行けばいい。

 ソラの見た目と性格だったら、幾らだってカレシ希望は湧いて出て来るだろう。

 これでこの話はおしまいだ、と。

 そう、思ったのに。


「……なんでお前、さっきよりもっと顔赤くなってんの」


 言いたいことを言い切って、ふとソラの方を向けば、ソラは頭からプシューと音が出そうなほどに、茹でだこのように真っ赤になった顔をこちらに向けていた。


「へ? あ、だってハルチが、俺のこと綺麗って言ってくれたから」 

「別にそういう意味じゃ……」

 衝撃だった。

 俺の吐いた意地悪な言葉は、ソラを通すとすっかり前向きな言葉になって返って来てしまった。


(確かに綺麗って、言ったな俺)


 皮肉の一種ではあったけれど、そこに嘘があったかと言うとそうじゃない。俺がその後に続けた言葉も、言葉の裏の意味も、全部無かったことにされたけど、不思議とそれを問い詰める気はしなかった。

 ソラが受け取ったそれ以外、特に大事なことじゃないと思ったからだ。 


 へえ、そうか。お前はそんな風に、物事を解釈するのか。

 俺にとって宇宙人みたく理解不能だった春原大空という人間が、初めて輪郭を持って俺の前に現われた気がした。彼に抱いていた未知のモノに対する漠然とした恐怖のようなものが、少しずつ消えて行くのを感じる。


「ねえねえ。じゃあさ、俺にもチャンスある? ハルチは俺の顔好き?」


 畳みかけるように、矢継ぎ早に繰り出される言葉と共に、ぐいぐい、と押し付けられた顔は、やっぱり男の俺でもドキっと心臓が跳ねるくらいには綺麗だし、くるくると喜怒哀楽を映す表情は正直可愛いとさえ思う。


「そりゃあ、嫌いじゃねぇけど」

 押しの強さと勢いに負けて素直に思ったままを言ってやれば、ソラは「ッシャ!」と存外男らしいガッツポーズを取った。 


「なら同じだね、俺とハルチ。お互い顔が好きってことで」

 

 イタズラっぽい笑顔と共に「まずはお友達から」と、もう一度差し出された手を、なんであの時取ってしまったのか。

 俺は今でも時々後悔するんだ。


 お互いに顔が好き。そこから始まる恋だって、俺は別に否定しない。

 ただしそれはソラと、ソラに釣り合うイケメンだったらって話だ。

 ソラの告白から早一年――高校2年にあがった今でも俺はまだ、ソラの言葉をこれっぽっちも信じられないままでいた。

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