【1】平凡な俺とキラキラなキミ
特徴という特徴がないのが、お前の個性だと言われたことがある。
中学卒業間近、将来のビジョンが見えない俺に、5段階評価でオール3の成績表を見ながら父親が苦し紛れに言った言葉だ。恐らく励ましのつもりだっただろうその言葉は、今も呪いのように俺の頭にこびりついている。
井高治道、十六歳。
これと言った目標もないまま、地元の公立高校ではなく、実家からバス通学できる距離にある私立の男子校に入学した。
両親共働きの特別裕福でもない家庭で、二つ下の妹の学費もまだこれからだと言うのに、家計の負担を無駄に増やしてしまうのは心が痛んだが、俺にもどうしても譲れない理由があった。
このまま公立校に進めば、幼稚園からの代わり映えのない友人たちに囲まれ、高校も中学と同じくごく普通の三年間を送ることになるだろう。
そこそこに勉強をし、人並みに部活に励み、それなりの青春を経験して、就職に困らない程度の大学に行って、父親と同じようなサラリーマンになって、いい頃合いで同僚とかと結婚して、家庭を持って――。
経験してもいない人生が走馬灯のように頭を駆け巡った時、俺は私立受験を固く決意した。
別に、その平凡な未来予想図に何の不満があった訳ではない。
普通の幸せが何より得難いことも、俺にとっては上出来な人生であることも、充分に分かっていた。
それでも何か、想像のつかない未来ってのを、俺だって一度くらいは夢みてみたかったのだ。
――だからって、これは幾らなんでも予想外の展開すぎると思う。
朝、遅刻の瀬戸際で直す暇もなかった寝ぐせを気にしながら教室に入ると、ド派手な金髪頭がこちらに向かって手を振った。
「あ、やっと来た! おっはよー、ハルチ!」
ドンッ、という衝撃と共に飛びついて来たこの男は、春原大空。
大空と書いて、ソラと読む。
今風のその名前通り、キラキラとした風貌の彼は、平凡を絵に描いたような俺とは真反対に、個性の塊のような見た目をしている。
オシャレ好きな彼はセーターの下のシャツを着崩し、金色に染めた髪をふわりとキメていて、近寄ると何故かやたらといい匂いがする。これが彼の生まれ持っての体臭なのか、香水的なモノを使っているのかは知らないが、男子校で年頃の男が集まった時に感じる特有のむさ苦しさが一切無い。
うっすらと化粧もしているらしく、猫の目のように大きくくっきりとした目元が印象的な綺麗な顔で、日によって変わるピアスの数は今のところ両耳合わせて5個まで確認したことがある。
そして何より印象的なのは彼の”爪”だ。
俺と同じ男の手とは思えないほど、スッと形よく伸びた指の先は、艶やかな空色の爪に彩られている。
今時派手な髪色や化粧は珍しくもないが、流石にネイルまでとなると、幾らうちの学校が私立で校則が緩いとは言っても、ソラは思いっきり学内で浮いていた。
「……おはよう、ソラ。何度も言ってるけど、その妙な呼び方はやめてくれ」
治道は長すぎるからと、ソラに初対面でつけられた”ハルチ”という妙なあだ名は、今やクラス全体に広まっている。
俺はかなり付き合いが長くなっても、友人を名前で呼んだりあだ名で呼ぶことは滅多にない。とは言え、相手からこうも距離を詰められてしまえば、流石に俺が「春原」と呼ぶのも他人行儀な気がして、俺もソラのことは彼に強請られるままに”ソラ”と名前呼びをしている。
今まであだ名をつけられたことの無かった俺は(男子からは”ハルミチ”、女子からは普通に”いたかくん”と呼ばれるのが定番だった)、ハルチと呼ばれ始めて随分経った今でも、その響きに自分ではないような居心地の悪さを感じる。
「えー、なんで? 可愛いじゃん、ハルチ」
「だから、俺にそういう可愛い系のあだ名は似合わないって」
「そう? うーん、そうだなあ……まあ確かに、ハルチは可愛いよりカッコいいだもんね?」
俺の顔を覗き込んで、ニッコリと笑う。
いよいよ意味不明の言動に俺は、ハァ、と呆れたため息を吐いた。
***
俺の想像もつかなかった未来の最たるモノ――それがこの、春原大空という存在だった。
ソラが俺と対照的なのは、何も見た目に限ってのことではない。
そもそも性格からして、全くの逆なのだ。
俺は平凡な俺という存在に漠然とした嫌気がさして、一生に一度の冒険の気分でこの学校を選んだ。
一方のソラは、来るべくしてここへ来たという感じだ。
男子校を目指した理由も、「カレシが欲しかったから」と言うなんとも反応に困るもので、これは入学式直後のクラスのオリエンテーションで自己紹介の際に春原本人の口から語られたことだ。
名前と出身校など、よくある簡単な挨拶が順番に続き、時々ウケ狙いの奴なんかの自己紹介でドっと笑いが起きたりする中、ソラは見た目とはややチグハグな低音の落ちついた声音で言った。
「春原大空。ここからは結構遠い、方言のきつい地方から来ました。あ、でも標準語は大丈夫~! 頑張って練習したし。この学校目指したのは、俺の理想のカレシを探すため! という訳で、絶賛カレシ募集中なので、ヨロシク~!」
見た目の奇抜さからそもそも注目の的だったソラは、この瞬間からより一層奇異の目で見られるようになった。
その興味は、好意的なモノから嫌悪に近いモノまで。捉え方は人それぞれだったが、翌日にはもう"春原大空"の名はクラスのみならず、学校全体にまで広まってしまっていた。
どうやったら人と違った風に生きられるのか――。
考えたところで何も浮かばない俺と違って、ソラは自然にしていながら目立たずには居られない存在だった。
だけど俺にとって、それ自体は特に問題ではなかった。
ソラの自己紹介を聞いた時だって、俺は特に何も思わなかった。
へぇ、そういうやつもいるんだな、って程度。
顔が妹の夢中になっているアイドルグループにいそうだ、とは思ったが、それまでに続いたよくある自己紹介以上の興味なんてこれっぽっちも無かった。
そもそも冗談かもしれないし、そうでなかったとして俺には関係のない話だ。
だって俺みたいな平凡が、こんなキラキラ男のカレシに選ばれるなんてこと、天地がひっくり返ったってあるはずないんだから。
だったら俺にとって彼は、種類の違うタイプのクラスメイトの一人にすぎない。
中学までにも、クラスのカースト上位とみられる派手な集団はいて、俺はそういった連中とは一切関わることなく過ごして来た。
下手に絡むと目をつけられてイジメられるかもって、一方的な苦手意識もあった。
今回も、それと同じ。
触らぬイケメンに祟りなし。
そう、思っていた。
入学式のあったその日の放課後。
出席番号で日直を任され、最後まで教室に残っていた俺がソラに告白される、その瞬間までは――。