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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冒険者回収屋アレックス

書き溜めを仕上げてみました。


生存報告代わりにどうぞ

「あれか…」


 洞窟の奥深く、翳したランプの灯りに照らされた一つの塊。

 情報の通りだ。


「ふむ…」


 その塊は1人の人間。

 いや人間だった物体と言うべきか、事切れて数日は経過して、火山が近いこの洞窟内は高温多湿で早くも腐乱が始まり、性別すら怪しい。

 しかし身長と付近に散乱していたボロボロの布切れから、この遺体は女性だと思われた。


「ジョゼット…18歳か」


 懐から捜索依頼書を取り出し、遺体と見比べる。

 この状態では似顔絵は役に立たない、

 俺は遺体の近くに腰を下ろし、持参していた荷物から脚立を組み立て、ランプを引っ掛けた。


「さて…」


 洞窟から遺体を出す事は出来ない。

 背負って行くにも、ここから洞窟の外まで3日は掛かる、それも俺1人だけならだ。


「ごめんな、本当は全部出してあげたいんだけど」


 とにかく、これがジョゼットであるか最後の確認をしよう。

 違っていたら話にならないし、今回の依頼料も出なくなる。


「これかな?」


 遺体の近くに落ちていた一本の杖。

 それは魔術師が使う魔杖、ジョゼットは魔術師だったから彼女の杖か?


「杖の特徴は…一致か」


 杖の形状、使われている魔法石は書かれていた物と同じであった。


「彼女で間違いない」


 これで遺体はジョゼットである事に疑いの余地はないだろう。


 1週間前、6人の仲間と冒険探索に洞窟へ潜り、途中ではぐれた2人の内の1人ジョゼットだ。


「あと1人か」


 彼女を探しにパーティーを離れた、タイロンを探そう。

 状況から察するに、きっとこの近くだ。


 荷物からもう一つのランプを取り出し、辺りを隈無く探索する。


「…居た」


 ジョゼットから数メートル離れた場所、うつ伏せで倒れている遺体。

 これがタイロンで間違いない。


「よいしょっと」


 身体をひっくり返し、遺体を確認する。

 ジョゼットと違って状態は悪くない。

 一目で分かる苦悶に満ちた表情から、その最後が凄惨だったと想像出来た。


「ゴブリンか」


 ここに着く直前に出くわした十数匹のゴブリン。

 コイツらに2人は襲われて、殺されたんだ。


「仇は取ったからな」


 既にゴブリンは一匹残らず皆殺しにした。

 だが失われた命は帰って来ない、せめてもの慰めになれば。


 囚われたジョゼットを助けようとタイロンは果敢に挑み、ゴブリンにこん棒で嬲り殺されたのだろう。

 さっき殺したゴブリンの棍棒には古い血の跡が着いていたから。


 ジョゼットの最後は…やめよう。


「2人は恋人同士だった…か」


 依頼によれば2人は恋人同士だったそうだ。

 しかし、洞窟で仲間とはぐれたり、ゴブリンに捕まったりと、実力には恵まれ無かったみたいだ。


「いや…この2人は仲間に恵まれていたな」


 こうして探索の依頼をギルドに出したんだ。

 報酬も悪く無かった。

 なにより涙ながらに2人の捜索を頼む様子は仲間を想う気持ちを感じさせた。


「俺と違う」


 俺の居たパーティーとは違う。

 連中は魔物に襲われた時、怪我をした僕を置き去りにして逃げ出した。


「アバヨ!」


「足止めは頼みましたよ」


 信頼していたパーティー仲間の言葉。

 更に幼馴染で恋人だったサナムも、


「…ごめんなさい」


 そう言って、サナムはリーダーのマンフに腰を抱かれ消えて行った。


「もう忘れなきゃ」


 こんな事を思い出してる場合じゃない、それより早く回収しなきゃ。


「よいしょっ」


 遺品を詰めた背嚢を背中に立ち上がる。

 持って帰る物は出来るだけ少なくしたつもりだが、2人の杖と剣、それと遺体の頭部は置き去りに出来なかった。


「窮屈だけど我慢してくれ」


 背中に呟く。

 他の部位は埋めたが、せめて頭部位ちゃんとお墓に埋葬したいし。


 洞窟を出て、ギルドで依頼完了を報告する。

 連絡を受けたジョゼット達の仲間は息を切らしてやって来た。


「ふ…2人は」


「残念ですが、ゴブリンに殺されて最後を」


「そ…そんな」


「イヤァ!」


「なんでだよ!!」


 4人はガックリと膝を落とす。

 覚悟はしていただろうが、辛い結末にこっちまで悲しくなる。


「遺品です、確認を」


「ま…間違いない」


「ああ…ジョゼットの杖とタイロンの剣だ」


 杖と剣を確認し、受け取りにサインを貰う。

 これで依頼は完了だ。


「私はこれで」


「色々と、あ…りがとうございました」


「気を落とさずに」


 もうここに用は無い。

 後は2人の頭部を教会に持って行って除霊して貰い埋葬しなくては。


 頭部を持ち帰った事は依頼人に一応伝えたが、引き取りは断られてしまった。

 まあ家族でもないのだから、彼等を別に薄情と思わない。

 こんなの見るのも辛いだろう。

 2人の死が事実だと分かっただけで充分で、やがて忘れるか乗り越えて行くだろう。


「すみませんアレックスです」


 教会の裏口。

 ここで2人の頭部を引き渡す。

 教会は無念の最後を遂げた遺体がアンデッドにならないよう除霊をするのだ。


「おかえりアレックス」


「アナム…」


 裏口の扉が開き、中から1人のシスターが姿を現す。

 彼女の名前はアナム、サナムの1歳下の妹。


「早速だけど」


「ええ」


 袋に入った頭部をアナムに渡すと大切そうに彼女は受け取る。

 アナムは慣れた手つきで袋から頭部を取り出した。


「始めます…」


 ギルドから報告を受けていたので、既に準備は整っていた。

 小さな2つの棺桶にそれぞれ頭部を入れ、アナムは祈りの言葉を紡ぐ。

 俺が立ち会わなくてはならない理由は無い、でも見送る事くらいはしたい。


「終わりました」


 アナムは静かに微笑む。

 除霊が終わった2つの棺桶、後は共同墓地に埋葬される。

 その料金はギルドが出してくれる。


「…まだ18歳だったそうね」


「仕方ないよ、これが2人の運命だったんだ」


「…運命か」


 複雑な表情を浮かべるアナム。

 彼女の胸に去来する物はなんだろう?


「姉さんは…」


「ん?」


「最後に何を思ったのかな」


「さあな」


 アナムの言葉に返す事が出来ない。

 サナムは俺が奇跡的に助かり、街に戻ると既に姿を消していた。

 宿に置いてあった俺の有り金全部と共に…


 貧しい村で育った俺達3人。

 受け継ぐ畑も、学も無く、就ける仕事は限られていた。

 俺とサナムは冒険者、神への信仰が厚かったアナムはシスターになった。


「アレックスはもう他のパーティーに入らないの?」


「裏切られるのは懲り懲りだよ」


「そうよね、ごめんなさい」


「アナムが謝る事じゃない」


「…でも」


 すまなさそうにするアナム。

 だけど実際アナムは悪くない。


 本当はサナムも悪くない。

 誰だって自分の命が大事なのは一緒、例え恋人の命でさえも。


「ただ勿体ないなって、アレックス程の才能があるなら、こんな冒険者の死体回収してるのが」


「…そんな事ないさ」


 もう冒険者としての栄達に興味はない。

 ただ必要とされる仕事なのに、誰もやりたがらないから、俺がしてるだけだ。


「大変な仕事の割に稼ぎもよくないし、ギルドもアレックスに任せ切りでしょ、教会までも」


「シスターがそれを言う?」


「そうよね」


 アナムは少し笑う。

 やはり姉妹だけあって、笑顔はサナムに似ている。


「やっぱり私ってシスターに向いてないのかな」


「そんな訳ないだろ」


 向いてないなら10年近くも続けられない。


「ううん、自分でも分かってるんだ。

 神に仕えるより、本当は自由に生きたいって考えてるし」


「聞かれたら不味いだろ」


「まあね」


 アナムは屈託なく笑う。

 今日の彼女は少し変だ、いつもは大人しいのに。


「見つかったのよ」


「なにが?」


「姉さんが」


「本当か?」


 まさかサナムが?

 でもなぜアナムがその事を知ってるんだ?


「遠方の教会から上がって来た報告書からでね。

 無事除霊したって」


「除霊って、まさか…」


「うん、依頼失敗でパーティーごと全滅だって」


「そっか…」


 呆気ない最後だ。

 特に感傷もない。

 俺は冷たいのだろうか、それともあれから5年も経ったからなのか?


「ようやくよ」


「ようやく?」


 何がようやくなんだ?


「アレックス、貴方に対する申し訳なさによ。

 酷い妹よね、たった1人の姉が死んだのに悲しみより、ざまあみろって」


「そうなんだ…」


「アレックスを裏切って、のうのうと生きていたんだよ?

 だから因果応報ね」


「それは違うよ…」


 確かに裏切られたが、それは仕方なかったんだ。


「違わない、アイツ酷い女だったの!

 アレックスの危機に逃げ出して、見捨てただけじゃなく、お金まで盗んだのよ?」


「違うんだ。

 何度も言っただろ、僕はサナムを恨んだりしてない」


 実力不足も原因だ、いつかはそうなっていただけの事。


「アレックス、私なら見捨てたりしなかったよ貴方を絶対に…」


「アナム…」


 一体何を言うつもりだ?


「…アレックス愛してる」


「は?」


「ずっと、これからも」


「お…おい、お前はシスターだろ」


「失格よね、だから還俗するわ」


「あのな…」


「もう決めたの」


 アナムの目に宿る強い決意。

 …説得は難しいか。


「分かったよ」


「ありがとう、これからずっと一緒よ」


 こうして俺はアナムと結ばれた。


 冒険者を辞め、アナムと小さな食堂を開いた。

 決して楽な生活出来ないと覚悟していたが、以前依頼を受けた冒険者達が頻繁に来てくれ、快適な暮しを送るのだった。

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