白馬の王子に憧れたおてんば令嬢は、理想の夢から覚めたその日、本当の恋を知る
小さい頃、どんな敵にも負けない白馬の王子様に憧れたことはない?
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「申し訳ありません。私は彼と婚約はしたくありません」
何度伝えたかわからない。同じ言葉をお父様に伝える。
「はぁ...、もうこれで5回目だぞ。相手は我が国の辺境伯のご子息だ。身分は申し分ないではないか」
5回目だったらしい。もう何度も同じことを言わせないで欲しいわ。
「何度もお伝えしているではありませんか。身分は関係ありませんわ」
「屋敷に居るときが少ないお前のために探しているというのに…。身分は関係ないというがお前は伯爵令嬢なんだぞ。だというのに未だに婚約者がいないなんて、、」
右手を頭に当てて天を仰ぐようにお父様は嘆いている。
久しぶりに家に帰ってきたと思えばこれだ。
確かにお父様の言うとおり、周りの令嬢達はもうすでに婚約者がいる子が多いわ。でも、昔は身分による戦略結婚が主流であったけど、今は違う。
身分よりも人柄やその人の能力が社会的に重視されるようになった。だからこそ皆、自由に恋愛をしながらこの人だって思う人を見つけてきた。
私にだって婚約者に対して譲れない条件があるし。
それこそ、今の王様は下級貴族出身の王宮に仕える兵士だったけどその人柄や才覚でのし上がり王妃様と大恋愛のすえ結婚したらしいわ。
なんて羨ましいのかしら。身分を超えて好きな人と一緒になれるなんて。
「お前は母親に似て親の私から見ても容姿に優れているから縁談の申し込みも多いんだぞ。それも他国の大貴族のところからも」
私のお父様は優しい方なのだけれど、昔ながらの風習を大事にしているから身分や風習を大事にしているから身分や家柄にとてもこだわる方だ。
でも身分を優先するからこそ毎回連れてくる人達はは皆んな癖がある。
身分にものをいわせるわがままご子息だったり、贅沢三昧していてわんばくご子息だったり。
「確かに婚約者がいないことは今の私の年頃だと焦る時期かもしれませんわ。だけど私は自分で相手を選びたいのです」
「いつもそう言うが、お前の言っている条件に合う男などそうそういる訳がないだろうに。お前は伯爵令嬢でありながら武道大会で優勝し、Aランクパーティの一員でもあるというのに」
「いるかもしれないですよ。私より強い人」
「はぁ、呆れた娘だ。どうしてそんな馬鹿げたことを言う子に育ってしまったのだろうか」
だって仕方ないじゃない。子供の頃読んだ絵本の中に出てくる、どんな凶悪な敵にも負けない白馬の上に乗ったとっても強い王子様に憧れてしまったんだから。
そこに出てくるヒロインをかっこよく守ってくれるところが好きなのよね。
「やっぱり少なくとも自分より強くて頼もしい人がいいですわ。一生を共にするパートナーは私の意思で決めたいもの」
「いくらお前に兄や姉がいて後継の心配はないとはいえ、伯爵家の一員として自覚をもっと持つべきだ!だいたいなんで自分より強い人がいいんだろうか…そんなやつ野蛮に決まっているではないか…それに冒険者も危なくて心配だし……ブツブツ」
また始まったわね。お父様はスイッチが入ると小言が止まらなくなってしまうの。
「アイリーンおねえちゃんいる?」
遠くから異母妹であるリリカの声が聞こえてくる。お父様は自分の世界に入ってるし、今はそっとしときましょ。
「リリカこっちよ」
「おとうさまとのおはなしだいじょうぶ?」
「ええ、大丈夫よ。今日は久々の休暇だからリリカと沢山遊べるわよ〜」
「やったー!!じゃあ今日はね…」
リリカのキラキラした目が眩しく見える。私もあのぐらいの頃は無邪気に憧れてたのかな
リリカと手を繋ぎながら屋敷から出ると真上から鮮やかに光る太陽が暗い私の心を照らしてくれる。
ああ、どうしてお父様は理解してくれないのかしら。
強くて自分を守ってくれる存在って憧れない?
それでも、お父様の言うとおり、そんな人なんて中々いないこともわかってる。
家族を心配させないためにもそろそろ婚約者を見つけないといけないことも。
「もう17歳だし、そろそろ我儘言うのも困らせちゃうわよね……」
「アイリーンおねえちゃん、どうしたの?」
しまった、自然と口から漏れちゃってたわ。
不思議に思ったリリカがまんまるの目で私を見上げている。
いけない。今はリリカに付き合ってあげないとね。
「ごめんね。なんでもないわ。一緒に遊ぼっか!」
無邪気で可愛らしいリリカと明るく照らしてくれる太陽がいつもよりも眩しく感じられた。
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グランアーデント王国の伯爵令嬢として生まれた私、マーガレット・アイリーンは小さい頃からお転婆で男勝りであるとよく言われていた。
幼い頃に女子であっても多少は武道の心得があった方がよいというお父様の方針で、当初は護身術として武道を学んでいたけれど、それが私にとってすごく楽しかった。
武道の楽しさと奥深さを知った私は、それから武道にのめり込んだ。
そしたら、周りの人達からお作法の勉強よりも武道の稽古ばかりしているだの。落ち着きがなくてお淑やかとは程遠いだのと言われるようになったわ。
王国主催の武道大会で優勝した時なんかは、少しは褒めてくれるのかなって思ったりしたけれど、これじゃあ貰い手がいなくなるなんて言われたっけ。
武道大会に優勝してからはあれよあれよとギルドからスカウトが来て、今やAランクパーティの一員にもなった。
伯爵令嬢だから表立っては言われないけれど、裏で脳筋令嬢だとか男勝りだとか陰口を言われてるのも知ってる。
失礼しちゃうわ。勉強も魔法もマナーも伯爵令嬢として相応しい努力はしているというのに。
でも私のことを肯定してくれた子もいた。
幼い頃から同世代で友人のセリカは、自分のことのように喜んでくれたわね。
セリカ以外にも小さい頃から親の紹介で同時期に知り合った子達は他にもいたけれど、皆んな私じゃなくてお父様やお母様の顔色ばっか伺っていたわ。
リリカと遊び終わりお別れして1人で中庭でぼーっとしてたら、色々と昔のことを考えてしまう。
「あ〜あ、気晴らしに訓練場でも行こうかしら」
のんびり歩きながら訓練場に向かっていると、徐々に訓練している人の声が聞こえてくる。
ちょっとわくわくしてきた。やっぱり悩んでいる時は身体を動かすのがいいわね。
「流石、カイゼル様です!やっぱり敵わないな」
「いや、お主も久方見ない間に腕を上げたの」
「次は私とぜひ手合わせを!」
「ああ、いいだろう」
訓練場に辿り着くと同じパーティの仲間がいた。
カイゼルは元王宮の騎士団の副団長で、今は私と同じ冒険者パーティをやっている。
私のお守り兼未知のダンジョン攻略に力を入れている国の方針に従っているらしい。
カイゼルが昔の仲間たちと稽古をしているのね。
いいわね、腕がなるわ。私も参加しようかしら。
「さっきのユーリルさんもすごかったよな」
「ああ、我流らしいけど剣筋が早すぎて見えなかった」
ふいに聞こえてきた声に参加しようとしていた足が止まる。
ユーリルもいるんだ。
ユーリルと稽古をするのもいいわね。
ユーリルは私たちの冒険者パーティのリーダーでもある。ギルドで合って意気投合したのをきっかけにパーティを組んだ。
ある敵を倒す為に冒険者になったらしいけど、その腕は折り紙つきだ。戦い方が我流で戦っていて楽しいのよね。
「でもユーリル見当たらないわね。どこかに行っちゃったのかしら?」
キョロキョロと周りを見ているけどユーリルは見当たらない。
「あ、やっと見つけた!」
私の後ろから大きな声が聞こえてきた。
後ろを振り返ると大きく腕を振っているセリカがいる。
「セリカどうしたの?こんなところにいるの珍しいじゃない」
セリカが私の元に駆け寄ってきた。私たちは近くにあったベンチに腰をかけて隣に座る。
「ええ、アイリーンが戻ってきてるって聞いてね。探してたのよ。それはそうとまた縁談お断りしたの?」
「相変わらず情報が早いわねセリカは」
「毎回、実家に戻ってきてるたびに言われてるじゃない。その度に話を聞いてるもの。流石にわかるわよ」
「さすが私の唯一の親友」
身分とか関係ない。お互い友達として軽口を言い合えるこの時間が私はとても好きだ。
「でも、アイリーンのお父様が選んでくれる人はともかく、他で本当に良い人は居ないわけ?」
「う〜ん、それがパッと思い当たる人はいないのよね…。」
他の冒険者や同世代の貴族の子達。誰をとってもパッといい人は思いつかない。
「あ、それこそ、同じパーティの方とかはどうなのよ?アイリーンの仲間のユーリルさんとかカイゼル様とか」
噂によると、2人とも巷では人気が高いらしい。カイゼルは元王宮の副団長で身分も高く礼儀正しくて真面目。しかも年長者としての大人の魅力がある。
ユーリルも礼儀正しいし優しい人柄で人気だ。あと何より綺麗な顔をしている。
何かと無頓着な私でも整った顔をしていると思うぐらいには。
でもね…
「確かに2人とも腕は確かだけど、私より強いかっていうと微妙なのよね」
「もう!またアイリーンは強さで判断する!婚約者に求めるのはそこじゃないでしょ!」
セリカがまたキーキー騒いでいる。いつも決まってこの話をするとこうなるのよね。
「やっぱり優しくて穏やかで仕事もできる人がいいわよ。うちのトールなんてこないだもサプライズでアクセサリーをくれてね、しかも…」
そう、そして決まってセリカの婚約者のトールの話になるのよね。まあ、とても幸せそうな顔してるしいつも私の愚痴を聞いてもらってるから、惚気ぐらいいつでも聞くけど。
「ちょっと、アイリーンも聞いてる?」
「はいはい。聞いてますよ。トールは優しくてセリカのこと大事にしてるっていうのは何百回も聞いたわよ」
「え、そんなに話してる!?恥ずかしい…」
「ええ、もう耳にタコができるくらいにね。でも私もセリカみたいな人に出会えないかしらね」
「そういえば伯爵系の後継のサイモンとかどうなの?性格も優しいし穏やか、勉学も優秀だし。何よりアイリーンのこと気になってると思うから大事にしてくれると思うけど」
「サイモンはないわね」
「はは…、そんなにキッパリ言うんだ」
目の前のセリカが苦笑いを浮かべたような顔を浮かべている。
でもほんとにサイモンはないのよね。
「だって、昔、一緒に校外演習に行ってモンスターと会ったときに私を盾にして逃げちゃったのよ。せめて一緒に立ち向かうとかしてほしかったのに。そんな人は絶対に嫌だわ」
「そういえば、そんなことあったって昔聞いたわね。でもアイリーンの希望に合う人って中々いないと思うのよね」
「そうなのよね。だから悩んでるのよ」
「……本当にアイリーンは、自分より強い人がいいの?」
少し間が空いたかと思うと、一呼吸置いて、真面目な顔をしたセリカがそんなことを言ってきた。
「そうよ…?それがどうかしたの?」
「いや、アイリーンは本当は王子様の強いところじゃない別のところに憧れたんじゃないのかしらって思っただけ」
え、別のところ?そんなことはないと思うけど、やけにセリカの言ったことが頭の中を反芻してくる。
「ごめん。変なこと言ったわね。それよりも今回の冒険はどうだったの?聞かせて欲しいわ」
「あ、えっとね。今回は……」
セリカの言ったことは気になるけど、今はセリカとのお話を楽しむことにしよう。
私達は訓練場に響き渡る声をBGMにしながら、友人同士の会話を楽しんだ。
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「あ、ユーリルだ」
セリカとの楽しい会話も終えて、1人で家までの道のりを歩いていると私服姿のユーリルを見かけた。
「アイリーンか。久しぶりの休日はゆっくりできた?」
相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。これは確かに人気があるのも納得だわ。
「ええ、友人とも話せてリラックスできたわ。ユーリルは?」
「ああ、俺も墓参りもできたし、訓練仲間の人たちにも会えて有意義な休日だったよ」
「そう、お互い良い休日を過ごせて良かったわ。また明日から冒険の日々になっちゃうものね」
何気ない会話をしながらユーリルと2人で夕焼けに染まる街並みを歩く。
「アイリーン、何かあったのか?」
あともう少しでお互いの別れ道に差し掛かる時、ユーリルが心配そうに声をかけてきた。
「え、どうして…?」
「いや、なんか元気なさそうだなって。いつもアイリーンは元気いっぱいのお姫様だから」
私を元気付けさせるように少しだけおちゃらけたような感じを醸し出している。
お昼にあったお父様との婚約者の話、まだ引きずってるようにみえたのかしら。ユーリルに心配かけちゃったな。
「ちょっと!元気が取り柄の私だって悩む時ぐらいあるわよ」
心配かけさせないように私も半分おちゃらけたように答える。
「話ぐらいなら聞けるから。俺は貴族様達の家の事情とかは全然わからないけど」
ユーリルはいつも優しい。冒険をしている時も何気なく気遣ってくれる。
私達は近くにあるベンチに座った。
「ありがと…。実はね……。」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「私って、夢見すぎなのかな?」
ユーリルに一通り話をして、改めて聞いてみる。
お父様も爺やも先生も。
男の人はみんなわからず屋。
お付きの女の子たちも侍女たちも。
気持ちはわかるんだろうけど、みんな諦めてる。
女の子なら誰でも思うことじゃないの?
私を守ってくれる人と、一生一緒に、なんて。
「うーん」
セリカ以外で相談するなら本当なら異性よりも同性の侍女や他の令嬢の方が適任なのだろうけど。
でも、ついつい年の近いユーリルに相談してしまう。
彼女たちには、結局屋敷の女性と同じことを言われてしまうと思うと自然と溜め息が出てしまうから。
そんな男、世の中にはいないって。
ユーリルは、少しだけ笑った。
「いいんじゃないの?夢見てたって。どうせ、いつか現実を知っちゃうんだし」
「そう、なのかな。やっぱり」
「夢見てても結局は自分にとっての運命の人に出会えると俺は思う」
「それって自分の決めてる条件は諦めてってことか」
ユーリルの言ってることもわかるけど。
知っている、知っているけれど。
なんだか、すっきりしない。
「でもカイエルは、アイリーンより強いぜ。力量的にも人間的にも、さ」
「まあね。カイエルは素敵だと思う。でも、なんか違うのよね。」
カイエルは、決して器量が良い方ではない。
でも、男前ではあると思う。
それでもなにかが違うと思うのは、離れすぎている年の差のせいか。
おてんばだからって見くびらないで。
強さだけで、選んだりしないわ。
だって私は、伯爵令嬢なんだから。
あれ、何か気づいた気がする。
「アイリーンはさ」
「え?」
木々が強い風に揺られた。
自分の長い金色の髪が風に靡いている。
被っていた帽子が飛ばされそうになって思わず手で押さえようとするとユーリルの大きな手が抑えてくれた。
「本当は、強いかどうかなんて関係ないんじゃないか?」
「え……?」
頭を大きな手で包み込んでくれる。
見上げたユーリルの眼は、恐ろしいくらいに澄んでいた。
いいな、綺麗だな。
「あ、」
「おっと、大丈夫か?」
思わず見惚れていると前のめりになってしまう。
大きい胸。
私の体がすっぽり入りそうだな。
「弱くたっていいから、いざという時に自分を守る勇気が出せる男がいいんだろ」
そうかもしれない。
私がいくら強くたって、どんなに頑張っても勝てない敵はいる。
何事も諦めないで挑戦することはできるけど、やっぱり1人では厳しいこともある。
強いからって、私を見捨てないで。
強いからって、私を頼らないで。
「あ、あれ?」
知ってた。
男の人に力で勝っても、虚しくなるだけだって。
勝てば勝つほど、鍛えれば鍛えるほど。
本当は気づいてたんだわ。
白馬の王子様の強さに憧れてたんじゃない。
どんな時でも、どんな強敵からもヒロインを守ってくれる、その優しさに惹かれてたってことに。
そういえば、初めて会った時からユーリルだけはなんか違ってた。
どんなに私が強くなっても、強がってても。
俺より前に出るなって、私の前に出てくれる。
サイモンなんか、平気で私の後ろに隠れるのに。
ぽたぽたと溢れた涙は、地面に落ちていった。
やだな、令嬢である私が人前で泣くなんて恥ずかしいことなのに。
そう思って何度も必死に拭っていると、ギュッと抱きしめられる。
「心配しなくても」
顔の見えない優しい声が降ってきた。
なんだか、おかしいな。
熱っぽくて、息苦しくて、病気になったみたい。
でも、ずっとこの腕に抱きしめられていたい。
「守ってやるから」
「……私より弱くても?」
「仲間だからな。それに、俺の方が、強くなるよ。」
それじゃあ、困る。
見上げたら、ユーリルの優しい顔が目に入る。
頬に触れたユーリルの髪が、嬉しいなんて。
「そしたら私……」
「ん?」
「もう、ユーリル以外、見れない。」
閉じた瞼から、また涙が溢れた。
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