宿意
「あれ?キオクないですか?」
――お前には死んで欲しくないんだ。生きてくれ――
頭の中で誰かの声がした。
ただ、何年も会っていないのは会っていない。
「んー?ハルは俺のすぐ上の兄貴だよな。ただ、もう何年も会ってない……」
ズキンと頭をなにかに刺されたような痛みが走った。思わず頭を押さえる。
「どうしました?」
「や……思い出せそうにない……(頭が痛む……)」
思い出そうとすればする程痛みが増す。
頭を抱えてしまったサワノにハルの話は出来ないようだった。
――ハルに数年会ってないだと?キオクがしっかり戻ってない?そんなはずは……とりあえず、他のところからにしましょうか――
「わかりました。では、一先ずハル様は置いておきましょう。ここに来た理由から説明しますね」
「ん。あぁ……」
「この魔石と呼ばれる魔力の塊は生まれながら六人の眼の中に入れられています。そして、この紅い石が魔石です」
手首のバンドからガラス玉でできた、小さな球体を取りだす。
そこまで大きくない紅い石が陽の光に照らされて綺麗な光を放っている。
「お前らはその魔石を探すためにここへ来たのか?」
「えぇ。ヌルデファレ地域の人達が持っていると、古文書に書いていたので彼らを球体に入れ私達が探す。ここで小瓶にしてしまっても、小瓶外で開ければ死人は出ませんからね。そしてこれが今回我々の任務でした」
「任務……」
少しの沈黙が流れる。
そもそも古文書なる物すら聞いた事のないもの。
王位継承権を持つサクであればもう少し話がわかるのかも知れないが、王位継承権どころか三男であるサワノにはわからない。
ただ……わからないキオクを辿ってばかりもいられない。
サクの様子も気になるところだ。
先のキオクが戻ったお陰で、サクとは幼い頃から一緒で、なにより優先していたとしっかり思い出せた。
「で、今もまだ探してるんだな?」
「えぇ……」
「こんなもん何に使うんだよ」
そう、魔石なんていままで聞いたことがないサワノの疑問はそこだった。
『何に使うのか』理由がない、目的が解らないのだ。魔力は増やすことができないものだと、そう誰もが思っていたのだから。
「私は知らないんです。ただ集めろと。そして、そんな命令を下すニイバル様のことを信頼しておりません」
「は?」
「はい。私は、ニイバル様……いや、ニイバルが嫌なんですよ、なのでこれからはサワノ様やサク様側につきます」
サワノは開いた口が塞がらない。
(――何を言ってる?信頼してないって。や、それ言われたって俺だってルギラを信頼してねぇ!何?――)
「や、それを言われて俺どうしたらいいの?俺の兄貴かもだけど、仲良くないから別になんとも思わねぇよ?」
「あの人は国を独裁の元で統一したいんです。次期大王位の座を誰よりも狙ってます」
ルギラがここに来て今までで一番熱の籠った話方をしてくる。
ものすごく嫌だと言う顔をして話を進めるが、サワノにしたら信じることなんてできない。
「そのやり方が嫌ならあいつにそのまま言えば?側近だろ?」
「国は自分の手駒だけでは成り立ちません。そして一番腹が立つのは、一度全て壊すために信頼していない王家と全地域の者を小瓶にしようって話なんです。小瓶にされたらもう自分では元に戻れません」
「じゃあ、ここでのんびり話してる場合じゃなくね?とっとと球体から出なきゃだろ?」
「その為に魔石を集めたかったんです。任務完了すれば出られます。ここから出るにはニイバルが回収屋を派遣してくれなきゃ出られないんですよね」
「え、自分の意思でここから出られないのかよ!」
「はい。最高魔術なので色々面倒なんですよね。回収屋もそれなりの魔術使えないとなれないんです」
厄介。この一言に尽きるようだ。頭がパンク寸前である。
しかし、優先はサクに会う。次に魔石をあと一つ探して小瓶からでる。
(ってか、それ俺が協力しなきゃダメなのか?)
一瞬頭をよぎった。だが、悩んでいる暇もそうそうない。
「ルギラは本当にニイバルを裏切るのか?」
「えぇ。他の地域の知事も行方不明です。今どうなっているかここから出ないと把握出来ません。もし、球体に閉じ込められてしまえば、ご自分達では出られませんし閉じ込められている間に今の大王位がご逝去されてしまえば選ぶも何もありません。王位継承権を持っていて、地上にいるのはニイバルだけになってしまい、戦わずして継承されてしまうでしょう。」
「は?ちょっと待て!他知事も行方不明ってなんで早く言わない!?」
「あ、言ってませんでしたね」
「呆れた」
ふふっと笑い誤魔化す。
肝心なことを言わないルギラを信じていいものか悩むが、他の知事も行方不明はさすがにまずい。
ここはルギラを信じるのが先なのかも知れない。
王位継承権を持っている彼らなら誰でも思うはず。
『自分が一番大王位に相応しい』と。
ただ、継承の為の戦いの場に現れなければ優越をつけることすらできない。
球体に入れてしまえば、『行方不明』とだけなり、『死亡』ではない為、繰り上げで新しく他の者に王位継承権も与えられない。
ニイバルを大王位にしない。とするならば球体から出て今の状況を把握しなくてはならない。
全地域の民も守りながらそれをしなくてはならないのは、サクを入れても三人ではかなり無理があるが、急がなくては難しいものがある。
「あぁ、だからサクもここに来ていたのか。魔石探すだけならサクはいらなかったんだよな。サクはヌルデファレ地域出身では無いからな」
「えぇそうですね。サク様の母君がヌルデファレ地域出身ではないので魔石は持っていません。なので除外されます。まぁ殺して小瓶にしたとしてもここから出さなければ死んだことは大王位様にはばれません。それに……」
「ん?」
「サク様とサワノ様を一緒に入れているのは、サク様に絶望を与えて王位継承権の放棄をさせる為です」
サクがサワノの死ですべてにおいて絶望し『王位継承権』を放棄すると。なんとも浅はかな考えである。サワノからしたら、サクという人物は友達一人が死んだからと言って、自分の王位継承権を投げ出すようなやつではないという事は、容易に考えられる。まぁ、ルギラたちはそうは思っていないようだったが。
「(少々間抜けな任務だと思うが……)死ぬか、継承権の放棄。究極の選択だな。ニイバルの考えそうなことだわ。俺が思うにサクは継承権を破棄なんて絶対にしない」
弟の事さえ疎ましく思う彼の考えそうなこと。
他人が死のうが生きようがどうでもいいのも頷ける。
「えぇ。破棄しなくても、そもそも継承権の事を思い出さなければいい。だから球体に入れる時、キオクの改ざんをしたって訳です。サワノ様達がここでの生活を昔からあったキオクとしていますが、全ては操作されたものです。キオクは曖昧ですからね」
――笑えてくる。
いつ、どこからか。そんなことは知らないが、ずっとニイバルの思うがままに集められ『平和』だと生活していたなんて。呑気なものだ。その間もニイバルは大王になることだけを考え、行動していたわけだ。
「大王が死ぬより先に他の王位継承権を持つ者が死ぬなら後々楽か」
はぁ――。
と、ため息を吐き、癖のついた髪を乱暴に掻きまわしながら何か考え込んでいる。
「そうですね。なにより『球体は彼の暇つぶし』ですから」
ぼそっとルギラがつぶやく。
サワノの様子からして、事はあまりうまく運んでいない。
まさかハルのキオクがきちんと戻っていないなんて。と、なると最期ハルが誰に会ったのか。そこが解らないまま。
ハルが持っていたとされる、魔石は誰の手に渡ったのかがわからない。
それがわからないと、残りの村民も面倒にも眼をくり出さなければならない。
「あのサワノ様?本当にハル様との最近のキオクは戻ってないですか?」
「あぁ。戻ってねぇーなぁ」
「そうですか……」
あと一つで六つの魔石が揃うのに。わからなくても、今はサワノを護りつつイルとマハを倒しニイバルにここから出してもらう方がいいか。
サワノは少し考え込んでいた。何をするにしてもここ、球体から出ない事には話が進まない。腹の立つ話だが、ルギラとの『利害の一致』である。
「おい、顔怖いぞ。そんな悩んでもしゃあなくね?俺サクのとこ向かうわ」
「あ、なら作戦立てていきませんか?」
ピンと人差し指を立て笑顔で提案してくる。
「私はこれからニイバルを、裏切るんですよ。きっちりサク様と合流してあの二人を倒さなくてはなりません。作戦は大切ですよ!」
ニコニコとする男が、その笑顔が怖い。人を裏切るのは簡単である。信頼を得るよりも。
息を吐くのと同じようにできてしまうルギラをどこまで信頼出来るのだろう。しかし――。
「わかった。作戦にはのってやる。ただ!あと一つの魔石とやらを見つけてここからいち早く出て、ニイバル黙らせたらすぐにみんなを小瓶から戻せ。最後にひとつ。あたりまえだが、誰も死なせたくない」
「わかりました。では、参りましょう!」