記憶
ルギラはきちんと座り正座する。
すっと指を三本揃え膝の前に伸ばしそのまま頭を下げた。
「三日前は彼のこと助けられず申し訳ありません。何を言っても言い訳になってしまうので……」
言い訳などはないと、言いたいが何を言ってもいい訳になる。ルギラは言葉を込みこんでしまう。
サワノのも、ルギラが考えていそうなことは解るが、聞いておかないと気が済まない。
「お前が殺したのか?」
「いえ、私の……仲間です」
「そうか。ただお前が謝ったからってダンは戻らない。謝罪なんて……そんな話をするために呼び止めたのか?」
思わず息が詰まる。みんな死ななくても良かったのに。
ルギラは話を聞きつつもゴソゴソと手首のバンドから小さな鞄を取り出す。
ボンっと丁度いい大きさのアタッシュケースになる。
フタを開け中の小瓶を見せる。
「そうですね。彼らも犠牲者です」
ケースの中には沢山の小瓶が入っていた。
「犠牲者って!こんなに殺してたのか!」
「あ、いえ!村民全員ではないですよ?」
ルギラは慌ててサワノの怒りを鎮めに掛かる。
「当たり前だ!こんな瓶にされちまっまたら……」
――死んだらお終い……もう元には戻れない。終焉からは逃れられない――
胸の奥がじわっと痛んだ。握り締めた拳から血が滲む。
ここでいつまでも身にならない話をしているよりも……。
「話はそれだけか。ならもう……」
苛立ちがないわけではない。そんな感情には早く蓋をしたい。それに何よりもサクの元へ急がなくてはならない。
焦っているサワノを見てルギラは、ふぅ。っと、軽くため息を吐き出す。
「いえ、すみません。本題はここからです。あの……座ってください。謝罪は私がしたかっただけですので。少し楽にしても?」
「……まだなんかあるのかよ。手短にしてくれ」
焦る気持ちを抑えるのは容易でない。しかし、聞いておかなかったことを後で後悔はしたくない。
サクなら、きっと大丈夫。あいつは、そんなに弱くない。
ルギラは少し楽な姿勢に、足を崩した。サワノはルギラの正面にふてぶてしく座り直した。
「サワノ様は、キオクを取られてこの球体に来ています。なので、キオクを取り戻して私と一緒に戦いましょう!」
「――は?球体ってなんだよ。キオク取られたって意味わかんねーよ」
「いいですね、そのなんとも言えない顔好きですよ」
ふふっと、笑うルギラに、少々殺意が芽生えたのは言うまでもない。
「えぇ。順を追いますね。小瓶の話の前にまずは『キオク』これ取り戻していただけませんか?簡単です。一度小瓶になって実体化すればキオクは元通りです!」
「……は?小瓶だと?死ねってこ……」
サワノが話をする間も無く髪をプツンと抜き、細長い針に姿を変えた髪の針をサワノの心臓めがけ真っ直ぐ……入るところに入る。
違和感は微塵もなく綺麗に刺さっていた。
痛みとか何かを感じる間もなく一瞬過ぎて、瞬きする間に眼の前は真っ暗になっていた。
ザザザザアアアアアアアアア!
そして、そのまま身体が黒紅色の液体に姿を変える。息つく暇もなく小瓶へと姿を変えていた。
こつん。と、地面へと置かれた小瓶にルギラはニコニコとしながら話しかけていた。
何もわからない赤子にでも話すかのように、優しく。しかしどこか冷たく。
「ごめんねー。キオクの説明得意じゃなくてね。それにさあ、サワノくんのキオクは話すより体感してくれた方が、ココロが折れるでしょう?ふふふ。まぁ、少しキオクの海にでも沈んできてよ」
軽く謝罪して満面の笑みで、小瓶となったサワノを見つめていた。
ブクっと暗い黒紅色の海の底か、よく周りが見えない。
頭に流れ込んでくるのはキオクか。
聞き覚えのある声で、幼い頃の情景すら浮かぶ。
髪の長い女性――母様だろうか。
長い廊下で他の女性と話している声がする。
「ニイバルがいるもの。大丈夫よ」
――ニイバル……?
顔は見えないが俺はその人を見上げ、大粒の涙を流しながら真剣に顔の見えない相手に文句を垂れている。
「父様どうして僕を愛してくれないの?」
――あぁ、俺は愛して貰えなかった?――
「僕たち三人で力を合わせれば……」
――誰と力を合わせる?――
「第四王妃の三男でしょ?役に立たないわ!」
――第四王妃の三男だと何がダメなんだ――
「俺はお前が嫌いだよ。サワノ」
――嫌われていた……あんたは誰だよ――
「王位継承権のないお前は不要なんだよ」
――嫌いだもんな、不要だよな――
「お前には死んで欲しくないんだ。生きてくれ」
――生きるのは俺か?――
――俺は誰だ?――
ゴポポポ……。
「そろそろでしょうか……」
十分は経ったか、ルギラが小瓶の蓋を開け地面にゆっくりと黒紅色の液体を垂らす。するとその液体はサワノへと形を変えていった。
完全に実体化したサワノの頬を伝う涙は暖かく、心は冷たい。ゆっくりと眼を開ける空は憎いくらい眩しい。
「無情だな……」
心を抉るには丁度いい言葉達が頭を駆け巡る。
「あ、大丈夫ですか?」
横たわるサワノの額に冷たい手が触れた。
「冷てぇーなこの手。お前はヌルデファレ地域の州軍、第一部隊参謀のサトイ・ルギラだな」
「おやおや!思い出して頂けましたか?」
ポンっと手を叩き嬉しそうに顔を覗く。そのルギラの勢いに撒けるサワノは顔を背ける。
「うっさい」
覗かれた顔をぐぐっと反対側へ押す。頭を掻きながら起き上がり続けた。
「そんで……俺の兄貴でヌルデファレ地域の知事、ニイバルの側近だな」
かなりのキオクを弄られていたのか小瓶に戻ったことで、良い事も悪い事も……キオクとして戻っていた。
「あのー、そんな嫌な顔しなくっても……」
余りにもムスッとしたサワノにツッコまずにはいられなかった。
「嫌な顔にもなるわ。兄貴は俺の事殺したいくらい嫌いだからな」
はは。っと笑うしかない。
「で、どこまで思い出せましたか?」
「あ?あれで全部じゃねーの?」
確認しましょうか。と、ルギラが自国の話を始めた。
「ヌルデファレ地域とは、もともと大きな国『ハハロクイ国』を五つに分けた地域の一つですね。まず真ん中に大王家。ここには政治・経済・国軍を置いています。そこを取り囲むように、地域を置いています。地域の大きさはバラバラですが東西南北に分けられていますね。大王様は七人の王妃様を持ち、第四王妃までの子供達に次期大王位を継ぐことの出来る『王位継承権』を与えさらに『知事』として各地域に配置。その地域を治めるように指示しています。
王位継承権を持つには女性・該当者の死亡を除いて基本的には長男が持つことになり、東をミュート様・西をサク様・南をニイバル様・北をテツ様の四人が知事を任され、その地域を治めています。
まぁ、最終的には地域を治めていた時期の功績と大王様死去の後、四人が戦い残った者。最後の一人が次期大王の椅子に座ることとなるんですが……既に継承権争いは始まっていますね」
「でも、大王はまだ生きてるもんなぁ?」
なかなか会わない自分の父親の生死なんてわからない。
父は偉大な『大王様』とやらだが、その子供である自分が好き勝手に会えるわけでもない。
会えると言えば一年に二回行われる報告会くらいである。しかし、この報告会ですらサワノは参加出来るものではないので、会う機会などないのだ。
「そうですね、ピンピンしてますね」
「だよなぁー?俺って三男だし、王位継承権持ってないじゃん?継承権争いやるにしても関係なくね?」
「まあ。そうなんですが」
ルギラが歯切れの悪い返事をするが、そんなことよりも気になったのは、『球体』と言う今いるところだ。
「しかもさっき、今いるのは『球体』って言ってなかったか?なんだよ球体って」
「うーん。そうですねぇ、ここはニイバル様の創り出した世界です」
「は?」
「まず、魔術で直径一メートル程の大きさの強化ガラスで出来た球体を創り出します。その中に擬似世界を創り人間を液体化させて、球体の中に垂らし入れます。そうすると液体から実体化し、こうして球体外にいる時と何ら変わりなく生きられるんです」
「そんな魔術……」
呆れた。そんな魔術使えたなんて。
最高魔術はときにそんなに多くは無いが、扱える人間自体も多い訳では無い。
その理由として、最高魔術のすぐ下に位置する高度魔術を習得するのが馬鹿に難しく、最高魔術に辿り着けない。が正しい。
「はい!最高魔術の一つですね。ニイバル様は凄いのです!」
「なあ……にい……(ニイバルってそんなに、魔力多かったかな……)」
「あ!そうそう、小瓶になった方々は球体外に出て瓶の蓋を開けてあげれば元に戻りますよ」
サワノの話を無視して話を進めて、ルギラはアタッシュケースを指さした。
「……は?じゃあ今まで死んだやつらは?」
「球体外で開ければ問題ないはずです。正確には死んだではなく『小瓶になった』ですかねぇ」
キョトンとし、悪びれた様子もなく当たり前ですよ?と言った顔でルギラはアタッシュケースを撫でながら言った。
サワノはそれを聞いてルギラを思いっきり叩いていた。
「よかった。先に言えよ」
「痛いです。小瓶の話は納得いきました?で、なぜこの球体にいるのか。ですね。それは、ハル様が誰かに渡してしまった魔石を探すためです。で、ついでに継承権をもってるサク様を殺しておこ……?」
眉間に皺を寄せたサワノがルギラを見つめる。
「なぁ、待て待て、ハルにはもう随分会ってないぞ?」
「あ、え?」
今度はルギラが眉間に皺を寄せた。