杞憂
「サク?」
「あ……あぁ、すまない」
ダンボの声でふと素に戻る。
村中心付近まで考え事をしていたせいか、ぼぅっとしていた。
「大丈夫か?顔、真っ青だぞ?」
「あぁ、大丈夫だ。さっきの悲鳴はなんだ?」
そう聞かれたダンボがすっと光が差し込むかのようにただただ……真っ直ぐ村民たちの間、大時計の下広間が広がるその空間を指さした。
「気づかなかったんだ、ごめん」
ダンボが頭を下げているがサクの視界には入らなかった。
大時計によしかかり、小さく座り込む見慣れた服、長い髭、放り出された杖。
「っ――!」
隣でダンボが状況を詳しく説明していたが、耳に入る訳もなく、体は既に大時計の方へと走り出していた。
「じ……じじぃ?」
――嘘だろ?何かがあった?なんであんなとこに座り込んで――。
「ちょっとごめん!避けてくれ!」
血の気が引くのがわかった。
村民を避けながら走る村はいつもよりも広く大きく大時計までの道のりが嫌に長く感じた。
ついさっき病院で別れたんだ。なんで。と、自問自答を繰り返す。
じじぃ、いや村長の元に着いた途端、力が抜けた。
綺麗なタイルが敷き詰められている大時計の下、それは彼の体から流れ出た血で赤く染まり両眼から涙を流すように何筋も血が流れ既に温かさは失われかけていた。
「治癒魔術を使えるやつ!病院から呼んでく……れ」
周りにいるダンボを初めみんながキョトンとした顔を覗かせていた。
ダンボから至極当然のように答えが返ってくる。
「なぁサク?治癒魔術なんて、誰が使えるんだ?」
「え……」
「だって、俺ら風や火を起こすのでやっとだろ?治癒魔術なんて、そんなの無理だよ」
「ナス……じゃ……」
「誰だよ、そいつ」
治癒魔術は無理……だと?
――そんなの使える奴なんて居たか?
――俺の傷を治したのは誰だ?
「なんだ、なんか、変だ……」
違和感がサクの中で芽吹いていた。
暗闇の中、傍に居るのはいつも大事にしていた温かさ。その温かさを守るために自分は存在する。
あぁ、何があってもこの声の主だけは、大事にしたいんだ……
記憶のはるか向こうからぼんやりと浮かぶその人の笑顔は絶対になくしたくない。
――あぁ、この声はワシの大事な人の子、サクの声――
「サ……く」
途絶えながらも話しかける小さな声。
暗闇の中サクを探す手が空を彷徨う。
その手をぎゅっと握る。
「じじぃ、喋るな。頼む。死んじまう」
握られた手をぐっと引っ張り小さく呟くように何かを伝える。
「この村は……ワシた……の……村では……あり……ま……せ……取り戻して……く……だ……い」
「え……?」
サクの頬へ手をさらに伸ばすが、届かず再び空を舞う。
「最期に……顔みた……か……っ……た」
口元が少し笑った様に見えた。
――ぱたん――
手は頬に触れることなく血の海の中へ落ちていく。
「――――っ!」
周りに居た村民は村長とサクの様子を見てただひたすらに黙って二人を見守ることしかできなかった。
サクの叫び出すも声にならない声が天高く響き渡っていた。
長い前髪の隙間から何かが頬を伝ってた。
何か悪い事でもしたか。
この村の事だけを考えてばかりの人生だった。
そんな彼がこんな最期を迎えなくてはならない理由がどこにあったのだろう。
――村のために?――
『この村は……ワシた……の……村では……あり……ま……せ……取り戻して……く……だ……い』
それは本当なのであろう。
彼は嘘をつかない。だとしたら何から取り戻すのか。
一番気になるのは『敬語』だ。
じじぃは何故か孫であるはずのサクに敬語で話した。
さっきから何かがおかしいが、その違和感が明確にならない。
ただひたすらに思考を巡らせることしか出来なかった。
何分間、大切な人の手を握っていたろう。
「行かなきゃ……」
手に着いた血を握りしめ立ち上がる。
「大丈夫か?」
ダンボがすぐ隣に付いていてくれたことにやっと気づく。
さらに顔を上げあたりを見回すと周りの村民も泣きじゃくり悲しみの渦の中に居た。
「みんな居たのに気づかなかった」
心を抉るには十分だったようだ。
「ダンボ、じじぃを頼むよ。テン悪いけどアルファやロズを呼んでくれる?」
辺りに居たダンボとテンに村長を頼み森入口へと、足を向ける。
「サク……アルファはもう……」
「は?」
ダンボが指さす先に横たわるアルファの姿があった。じじぃの隣にいるはずのアルファの姿がないことに違和感を覚える間もなく取り乱していたのかと自分に腹が立つのを覚えた。
「なんだよ!さっきから!」
やろうとすること、全てが先々に封じられている。そんな気分だ。
「――っ!サクっ!」
ダンボのデカい声で目線が村長へと向かった。じじぃから手を離した俺が悪かったのか立ち向かおうとしたのが悪かったのか。
ザザザアアアアアアアア!
手を離した村長の体が黒紅色の液体になり宙を舞う。
「――っなんだよっ!」
手を伸ばすがひとつも届かない。
液体の先から硝子の小瓶へと形を変える。
その小瓶は黒紅色の液体になった彼を一思いに飲み込み――ポンっ――とコルクで栓がされる。
小瓶の側面には中身の人間の情報が浮かびあがる。
名前と年齢、小瓶になった場所がラベルとして浮かび上がっていた。
コツン。
っと、道の真ん中に寂しく置かれた。
「なんだ……何が起きた?じじぃ……」
重くなった足を、体を引きずるように小瓶へと近づき手を伸ばす。
サクより先に男の手が伸びる。
それは冷たく青白いその手が先に小瓶へと触れていた。
「あーこれね。俺のだよサク君っ」
三日前に会った男イルが声とは裏腹に酷く見下す眼でこちらを睨み付けていた。
「おま、え、俺の事知ってんのか?」
名乗った覚えは無いが向こうは自分を知っているなんていいことは無い。
ぐっ拳を握りしめ戦闘体勢に入る。
「ふふ。不思議だよね?えーっと、サク君でしょ?第三王妃長男のサク君!あ、キオクねぇーか!」
話ながら三歩ほど下がりパン!っと手を叩き、人差し指を立てながら……。
「正解でしょ?」
と、眼をキラキラさせている。
「……第三王妃……長男……?」
イルの言う意味が分からない。
「余計なこと言ってしまったかな?まぁ、どうせ殺すしいいか!えーっと、あーこれ!これが君でしょお?その隣がサワノ君でぇ。この前会った時は君ぶっ倒れてたからよく顔みてなくてさぁ!ニイバル様に写真落としてもらったんだよねぇー!」
鞄から写真を出して見せてくるのは先程手に入れたサクとサワノの写った写真である。
楽しそうに、まるで子供が母親に楽しかったことを話す時の様に弾む声で話が進められている。
サクにとっては腹の立つ光景である。
一方的に知られていて攻撃を受ける必要がどこにあるのか。
ニイバル様とは誰だ。
しかもサワノのこともよく知っているふうとは……それに『この前』っていつだ?
色々思うところがあったが、それよりも返してもらわくては。
「なぁ、その小瓶返してくれないか。俺のじ……祖父なんだよ」
チッチッ!人差し指を小さく左右に振る。
「そんなことはどうでもいいじゃない!それよりもさ!いい演出だっただろ?小瓶に変わる瞬間!サクが悲しみからやっと立ち上がろうって時を狙って小瓶にしてみたんだよ!」
まるで演出家のように立ち回り自分の功績を賞賛してくれと言わんばかりに話す。
「なにを……?」
「だーかーらぁ!サクがここに着いた時はさじじぃはまだ若干生きてたの!んで、少しお別れがあったでしょお?その後に死ぬように毒の量を調整しておいたの!ね!美談だろ?」
人の気持ちを踏み付けるとはこういう奴のことを言うのだろう。
サクは一言も反論しなかった。
頭も気持ちも何もかもが追いつかなかった。
大事な祖父を殺しただけでなく遺体すら残さない。
ましてや小瓶にして自分の気持ちを折るためだけに毒の量を調整してまで。
「まぁさあ、――君にはまだまだ絶望の淵に」
イルはニタァと笑い、鞄から毒キノコと小石を取り出し両の手を広げる。
「さぁ、始めようか!」
イルは毒キノコを食べて拳に血をつける。
鞄から出した小石にたっぷりと血を塗りつけるという、十秒とかからない動作。
やられてばかりでは困るとサクも自分の手を噛み応戦体勢に入るが遅かったようだ。
空まで放り投げられた小石が地面へと着くと同時に大きな音が鳴り響く。
バリバリッ!
大きな音を立てながら石から無数のトゲ。
毒のついたトゲが伸びていく。
そのトゲはサクとイルの周りいた村民、ダンボ、やっちゃん、既に横たわるアルファたちの急所めがけ駆け巡っていく。
プスン!プスン!プスン!
「ぐふっ!」
「いっ……てぇ……」
急所に刺さったトゲは刺さった先からパリンと折れていく。
「サ……く……たす……」
「くる……しい……」
大量の血を吐き倒れてる人や、痛みに耐えられなくなった村民が次々と倒れていく。
「やっちゃん!ダンボ?」
何が起きた?
ただの小石が一瞬で、攻撃物になるのか?
「アルファ?なんだよ、おい!」
「あはははははははは!愉快!実に愉快じゃあ!笑いすぎて腹が痛いのぉ!サク!笑えよ!」
聞き覚えのない声が罵倒する。
その辺に転がっていた小石が集まりひとつの石になる。そしてさらに姿を変え十歳くらいだろうか。
女の子の姿へと変わる。
「あーぁー!色んなところに血が着いちゃったよーきったなぁーい!」
「……なんだよお前、皆になにして……」
先程噛んだ傷の血は既に固まって直ぐに魔術はだせそうにない。
「まぁまぁ、落ち着いてよ。まだだよ」
そういってマハに気を取られたサクの後ろにイルがまわり込んで鞄から長い針取り出し首元にピタリと付ける。
「動かないでねサク。もうすこぉーし」
イルの声は悪魔の囁きか。
体が冷えていくのを覚えるほど淋しく冷たい声だった。
「ふふふ、あたしねマハってゆーの。以後お見知り置きを。あ、でもサクも……もうすぐ死んじゃうわね!あは!」
そう少女は笑って手を叩いた。
ザザアアアアア!
周りに倒れていた村民達が村長と同じように黒紅色の液体へと姿を変え更に小瓶へと姿を変えていた。
眼の前で再び繰り広げられる光景についていけない。
「ちょっと待ってくれ!またそれかよ!」
サクが踏み出そうとすると、膝裏から思いっきりイルの蹴りが入る。
そのまま膝から崩れ、ガリっと頭を地面に押え付けてくるイルに抵抗が出来ない。
「ねーぇ。少しお話しない?」
「……こっちは……何もない」
マハは小瓶を回収しながら話を進める。
「さっき殺した村長の眼は、あたし達の探し物だったか試してみない?」
血塗れの眼球をふたつ。
ポケットから雑に取り出し両手に乗せぐぐっと握りしめる。
ひとつはパン!っと割れてしまった。
もうひとつの方はボロボロと灰のように崩れ落ち、眼球の中から更に薄ら碧みがかったガラスの球体が姿を現す。
そしてその球体の中に、黒紅色した綺麗な石が一つ浮いていた。
「ぅーんー!綺麗!これね、魔石って言うのよ。魔力の篭った石ね。これがあると魔力が弱くてもウン倍に膨れ上がるの!」
ケタケタと笑いながらじぃっと魔石とやらを眺める。
「ほんとに綺麗だわ」
「そんなもんの為に、村の奴らを殺したのか……」
「そーよ。そのために殺してきたの。あとひとつ」
ふふっとマハが笑う。
魔力は生まれつき手にしているのが殆どのこの世界で、魔力の石『魔石』を集めたところで意味はない。
なぜなら魔力が弱くても特に困らないから。
魔力は後から追加することは出来ないとされているわけでその意味の無いものを探しているのは、ソレが役に立つからである。
「ねーぇ、サクの眼はただの眼?それとも綺麗な石?どっちかしらね」