概況
村の大広間、南西に位置する三、四人しか入院できない小さな病院。
とは言え、入院した人がいないくらい。村全体が元気で健康である。
あまり見慣れない天井。丸い電気もなかなかみない。
眼を開けて初めて見るのがそんな光景。
ベッドは固いし枕も自分の体には合わない。
「腹いってぇ」
ボソッと呟いたのはサワノだった。
「大丈夫か?三日間も経つらしいよ」
たくさんの管に繋がれ、あちこち包帯まみれのサクがサワノを覗き込んだ。
「あーまじでかぁ……三日?……寝過ぎで体痛いのか……」
思えば腰も痛い気がする。ベッドのせいか。
「や、傷のせいだろ……」
呆れたサクが思わず返してしまう。
ニタニタしながら、サワノは体を起こしベッドの端に腰かけ大きく伸びをした。あちこち痛い。
「そうだ。お前、腹に毒くらってたみたいだ。なんか食った?」
Feドリンクジュースを飲みながら突然問いかける。
「……冗談」
笑えないんだけど?と目で訴えてくる。
「はは。わりーわりー。イルって言ったか?サワノを殴る前に毒キノコ食って血のついた手で殴ってたんだよ。あれ血に毒が混ざってたみたいだな、毒キノコから毒だけを自分の血に取り込んでたんだなーまあ、軽く済んで良かったよ」
「はぁ。食当たりみたいに言うな。高度魔術だろ」
ため息と苦笑いが混ざる。天井を見上げた。
「そうなんだよ、高度なんだよ。二つも掛け合わせてきてるしなぁー。それに……何が目的なんだろーな、あいつらはさあー」
彼らの考えがまるでわからない。
「さあーなぁー!まぁ、眼玉が欲しいらしいけどさあー」
サクは興味なさげに丸く固い椅子へ腰かける。
「眼玉……ねぇ……」
聞こえるか聞こえないくらいの声でサワノは呟いて再び天井を仰いだ。
ガララっと扉が開く。
「お前たち起きたよーじゃの。大丈夫かぃのぉ?」
村長は両手いっぱいの果物をアルファに抱えさせ安堵の表情をみせる。
「あぁ、じじぃ。あちこち痛いけど、大丈夫。助けに来てくれたんだよな、ありがとう」
「うむ、あんだけデカい音しておればなぁ、ワシの魔術は衰えておらんぞ!それより何があったのじゃ」
椅子に腰を下ろしながら、村長が問いかけるのと同時に身をのり出しサワノが割って入る。
「村長、俺らの村の歴史は絶対ですよね?」
絶対の歴史。何を言っているのだろうか。当たり前を聞くもんだからビックリしてしまった。
「の?何を言っておる?この村はもう何千年も前からこの村じゃろ。学校でも習ったじゃろに」
それを聞いて頭をぐしゃぐしゃと掻き少しむしゃくしゃする自分の気持ちを整理する。
「あー。や、そーなんだよなあ。なんだけどなんか忘れてるというか、思い出せないことがあってね」
そう言ってゴロンとベッドに横たわる。
村長とサクは顔を見合わせる。
「おまえ、変なとこでも打ったか?」
普段チャラついているサワノだかこういう時は、大真面目でふざけたりはしない。
「いや、大真面目に聞いてる。なんか忘れてるんだ。それもかなり大事な事なのに、思い出せないんだよ。あいつらは絶対に村の人間じゃない。そして何故か眼玉を確認したいと言ってたんだ。……眼玉がなんなのか、俺は知っているはずなのに思い出せない」
深刻なサワノはレアである。が、少しの沈黙が三人を飲み込んだ。そう、時計の音がうるさいくらいに。
ふぅっとため息を吐く。
「そっかー。なら、あいつらに会って聞いてみればいいさ。今焦ってもさ、思い出せないんだし、仕方ない」
椅子から立ち上がって大きな伸びをしてサクが言い放つ。
村長もアルファも、『仕方ない』とのほほんとしている。
大切なことだって時には思い出せないこともたまにはあるし、今思い出せないことを嘆くより、体のことの方が大事である。
「え、や、ちょっと?」
あんなに悩んだ末の答えが『仕方ない』では間が抜けてしまう。
「ほら、さっさと傷治して行くぞ。スナちゃんとこ、行こーぜ、あと二箇所治してもらわないと」
腕に二箇所大きな怪我をしているサクは、ほらここ!と傷を指差して痛いんだとアピールしている。
「ん?や、だって」
先程からサクの言っている意味がよくわからない。
見兼ねたアルファが呆れたように助言する。
「サクを信じてみたらいいんじゃないのか?」
信じるも何も、手掛かりひとつない奴らを村中から探すのは骨が折れそうだ。
サクは身体についてる管をブチブチと抜き取り、大きな伸びをして、病室の窓から村を見下ろす。
「サワノ。俺は村の奴らが大好きだ。焦ってるお前も、俺らに期待してくれてる村長もアルファも皆んな大好きだ」
「なんの告白?」
サワノの質問を無視しつつ窓を開けると、びゅうっと部屋に風が入り、頬を撫でていく。
初夏の匂いと村の人たちの笑い声が、一瞬で重たい空気を変えて消えてった。
大広間、大時計の前で子供たちが大きな縄で縄跳びをして遊んでいる。親たちは子供を見守りながら世間話をして、笑い声が絶えない。
「本当ならレイカやアイナも、あそこに居て笑ってるはずだし、ダンやギィも、多少の悩みを抱えていたとしても家族と楽しく暮らしていたはずだろ?」
(――あぁ、そうだな、わかってるよ、俺だってそんな村が大好きだ――)
「立ち止まるわけにはいかないな」
「そうだよ」
空を見上げて、振り返りサワノに笑いかけるサクの眼には闘志が溢れていた。
「あいつら南の山の方へ飛んでったよ」
思い出したかのようにサクがポン!と手を叩き言う。
「へーへー、そーかい」
呆れた。ちゃっかり見てたんなら早く言え!なんて思ったのはサワノだけではない。
「わしの孫ながら呆れるのぉ!」
「いつものことですよ。あなたの孫ですからね」
「ん?なんじゃと?」
ははっと笑い誤魔化す。
「あーぁー!俺も治癒魔術覚えておきゃよかったなあー」
幼少期に魔術と仲良くしなかった事を後悔する。
「お前がやったんなら、みんな血まみれだろな」
サワノはベッドから立ち上がりサクの頭をぽすんと叩く。むしろ覚えてなくてよかった。と言わんばかりの顔でサクを覗き込む。
感情を上手く出さないサクが『大好き』だなんて、珍しい。だけど、それほど大事な村の人達の事を傷つけた奴らを許せないんだろうな。
「うっせぇーやぁ!行くかー!」
「気をつけるんじゃぞー」
じじぃとアルファが、手を振って見送った。
少々照れながら扉を開けナスの待つ医務室へと向かった。
「スナーぁ?」
古い病院の長い廊下を進み、医務室の扉を開けるが、そこには居るはずのスナは、居らずひんやりした空気が流れた。
「誰か怪我でもしたのかな?」
サクたちは医務室を抜け、外へと足を向かわせた。
「眩しっ!」
薄暗い病院からでると、外の光が眩しく、一瞬目を瞑った。
いたるところから、ヒソヒソと話し声が聞こえる。
「なぁ、フー。何かあったのか?」
フーは野菜を育てて、村の台所を担っている元気な女性といったところだろう。
レイカやアイナの家族と仲がいいので有名だ。
「あれ、サクじゃないかい。いやね、また殺しだって言うんだよ」
「また、だと?」
「えぇ、怖いわねぇ。一体誰がそんなこと」
「どこでだ?」
「森の入口だって聞いたわ」
「――くそっ!フー!ありがとう」
場所を聞きすぐにザワつく村の中を走り向かう。
――この村は今までこんなことなかったのにねぇ。安心して寝られないねぇ――
フーや村の人達の怖がる顔が頭から離れない。
「なぁ、今度は誰が被害に?」
サワノはサクの速さに合わせて走りながら聞く。
「知らん」
素っ気なく返すサクだが胸の奥がざわつくのを覚えた。
現場は村中心から少し離れた森の入口近く。
村民が被害者を取り囲んでいた。
「なぁ!すまない、よけてくれ!」
焦るな、焦るなと言い聞かせながら人混みを掻き分け取り囲まれた中心へと急ぐ。
「――っ!?」
思わず息を飲んだ。
「サク!……ひぃ!」
サワノは眼を逸らさずにはいられなかった。
「こんな、小さな子まで……」
膝をつき横たわる子の横に座り込む。
横たわっていたのはレイカだった。九歳の体からは血の気が引きただ眠っているだけだった。
眼元を除いては。
「こんな小さな子まで!」
「レイカはなんでこんな所に一人で!」
周りの村民たちも悔しさを覗かせていた。
「おい、アイナは?」
「分からないんだよ。どこか行ってたのかね?」
(レイカだけが、一人ここでだと?嫌だ、なんかが嫌だ――)
――――――!
耳に届く悲鳴と、共に体は動いていた。
「サワノ!ここは任せる、俺戻る!」
今度は村の中心から悲鳴が聞こえた。
「あ、ああ!わかった、サク気をつけろよ。あいつらだ」
「わかってる」
間違いなくあいつらだ。また眼玉を探しに来たんだ。
だけど、それとは別に嫌だ。何かが嫌だ。
「ざっけんな!」
この村は魔力の溜まりやすい場所。
そのはずなのだが、その割には村民の一部が治療系魔術をほんの少し扱える程度。
あとは生活をするのに役立つ程度の火力の小さなものだけ。
攻撃魔術なんてもってのほか。
――サクとサワノしか使えない。本当に?
サワノの言っていた『俺らの歴史は絶対だよな?』この言葉は何かが引っかかる。