白魔
南の山、木々は生えていない。草が少々ってところだが、ほんとに少ない。
山の中腹、大きな岩が二、三個。
身を隠し雨風を防ぐに丁度よく、更には、村を監視するには快適な場所。岩を無理やり魔術で穴を開けたもんだから、まぁまぁ快適な洞窟になった。拠点としては申し分ない。
いや、少し寒いかな。薄着でなんて居られやしない。山の天気と女心はなんとやら。まぁ、言わないが、コロコロ変わるのはやめて欲しい。そう、不満と言えば、起きてすぐ、連中の顔を見なきゃならない事だけだ。
崖に腰掛けて足を組み、村全体を見渡す。
青い空に雲ひとつない。
晴天とはこうゆうことか、二羽の鳥が天高く飛んでいる。夫婦かな?なんて思うが、それよりも気持ちいいだろうなぁ。なんて空を仰ぎみたりして。
三日前の戦いや事件が嘘かのように村全体が平穏を取り戻しつつあった。
あちこちで煙突から煙が上っている。
村民が炊事をしているのだろう、昼時近くであるから、本当に平穏を取り戻しているのがよくわかる。
腹が鳴る感覚に襲われる。
「はぁ。腹が減った。ここの昼ご飯はいつになるやら……にしても、あと三つの眼玉で、ここから出られるのに先が長い……」
自分の置かれた現実に戻る。
ため息混ざりに吐き捨てた言葉は本心なのか、複雑な顔をしている。
足を組み替え、右腕の傷口をさすりながら、再び村を見下ろす。
「んなとこにいたのかよ、ルギラ」
後ろから声をかけたのはマハだった。
彼女は今回、イルとルギラの二人しか連れてはこなかったが、本来であれば、他数名をまとめる小隊長といったところだ。
見た目は十三歳くらいの幼顔をしているが、中身はなかなかなドス黒いともっぱら噂である。
実際の歳を知る者はいないのだから、そっとしておこう。
「あぁ、探してたのか?すまないな」
小隊長ともあろう者への口の利き方では無いが、今は気心知れた三人でのまぁ言わばお使い程度の仕事。敬うのはひとまず置いておこうと、珍しく出発前にマハから提案があった。
しかし、いくら気心知れていても、今はひとりで思いを馳せていたのに、なんだってんだ。と少し嫌々返事を返す。
「ほら、昼飯持ってきたから、食べよ」
「……あぁ。ありがとう」
口の悪いマハが差し出したのは、大雑把に切られたパンと野菜とハム、目玉焼きが挟んであるサンドウィッチである。見た目よりも味……。
「相変わらず、見た目は悪いが美味いな」
「余計な一言……」
ごめんごめんと、やんわり謝り、二人は並んでサンドウィッチと飲み物を平らげ、果物を頬張った。リンゴを丸かじりしながらマハがカバンから紙切れを取り出した。
「ほら、届いたよ。探し人の写真」
ルギラの隣に腰掛けニヤニヤしながら、マハがペラっと見せた写真には見知った顔が写っていた。
「やっぱりあのガキじゃーん!」
マハの後ろからイルが顔を覗かせ、そのまま肩に顔を乗せ、マハの食べていたリンゴを頬張った。
「ん?でもニ人……写ってるぜ?」
指差す写真にはどーみても若い二人、三日前に攻撃してきた連中、サクとサワノだった。
「あー、そうなんだよねぇー。でもニイ様が間違うわけないもの。どっちもなんじゃない?」
「え?まじでぇ?」
「つーか、顔割れてんのになんでわざわざ、写真いんだよ」
「本人たちに見せんの」
「性格悪ーぃ」
二人の会話をぼぅっと聞きながら、横目で写真を確認した。『あの二人をって結構な大仕事だなとちょっと思ったよニイ様』と言いたいけど、ルギラは一呼吸して我慢する。任務に無理もへったくれも……ない。
肩にイルが顔を乗せながら悪そうな笑みを見せた。
「しくればこっちが殺られるもんな」
「そうですね、わかってますよ」
敬語で返すルギラの返答に、怪訝そうな顔をしたイルの重たい顔を、どかす。
「ほんと……殺されるのはヤですねぇ」
そして自分達はニイ様とやらの駒である事をしっかりと認識している。
「未来の国のためだ。邪魔な奴らには死んでもらおう」
顔をよけられてしまったイルが、二人の後ろにしゃがみ込み腰へと手をやり、我々が善人だと言わんばかりの態度で胸高らかに宣言する。
「あーぁ?そんじゃっ!死にたくねぇーし、やろっかぁー!自由になった国で伸び伸び暮らしたいもんなあ!眼玉三つと、ニ人の死。なかなかデカい仕事だ。気合い入れ直してこーぜぇ」
勢いよく息を巻き、ルギラとマハの背中をバシッと叩く。イルは拳を一つ握り二人の前にズッと出す。二人にも出せよと、目で合図し二人が渋々拳を出すと、グッと拳をぶつけ合って空高く高らかに突き上げた。
「えいえいーおー!」
「うぃーす」
「……おー」
イルだけが拳を突き上げて、少し寂しかった。
「ちゃんとやれよ!ルギラぁ!マハも!」
「え?やですが?」
「え、むりぃー」
なんともしまりのない三人だが、これが心地いいのだから、仕方ない。
この三人での任務の時、マハは『隊長』という肩書きを、本当に大事な場面以外では使わない。
心地良いこの関係が好きなのだ。
二人はそんなマハの気持ちは知らないが、心地よさは伝わっているはずだ。
「はぁー笑った笑った!」
「お腹痛くなるくらい笑ったよ」
立ち上がり、ズボンの砂をパンパンとほろい、一呼吸。
「ってかイル!お前がちゃんと写真を上で確認してこなかったから、こんな面倒な事になったんだろ?あんなに鞄の中に入れたのかって散々確認したのに、実際は入ってないし、一体どういう神経してんだよ。お前は隊長の補佐なんだ、しっかりしろ!」
散々笑ったが、はやり言うことは言わねば気がすまなかったルギラは、文句を長々と垂れながら、マハの片付けを手伝う。
「えー今その話?写真のことは悪かったって謝っただろー!真面目かよ。なぁ、だったらルギラが補佐やりゃーいいじゃん?」
小さな声で更には、ゴニョゴニョと語尾が弱腰である。
「俺はやらん!」
思ったよりデカめの声で返ってきてしまった『やらん!』と言う返答に少々焦りを覚えた。
ルギラは昔から嫌なこと、面倒なことは絶対しない。そうゆう奴なのである。
「え、聞こえてたの!?地獄耳?や、でもだよ?だいたいさ……」
「だいたいなんだ。イルはニイ様の側近にはなりたくないの?補佐を経て隊長、その中で成績のよかった者が、側近候補になる。候補になったらさらに絞込みと続くんだ」
「そうだねー、側近候補なんてなかなかなれないし、補佐止まりってこともあるだろーね」
「え、なに、ここに来てマハもルギラ側なの?」
「正確にはルギラ側じゃない。側近に一番近い男ルギラの話にちょっとのっただけ」
「そーゆーのをそっち側って言うんだよっ」
イルは、ブツブツと文句を口にしながら、もう二度とルギラは怒らせないと心に誓い、洞窟へと足を向けた。
「まぁ、実際イルはもう既に側近の一人だと、ニイ様は仰るんでしょうね」
「あぁ。じゃなきゃこんな所にわざわざ来させないし、キオクをいじる事の出来るイルは貴重だよ。まがり間違ってもサクたちの方には行かせたくないね」
「でしょーね。なんせ『キオク』をいじれる魔術を使えるのはミュートとイルだけ。高度魔術のひとつだもの。これに、今回のこの任務で戦闘にも慣れさせようって話だものね。サクとサワノはいい訓練相手になるわぁ」
「ま、球体内ならもし殺られても……ね?」
「まぁーねぇー」
マハは広げた昼ご飯を片し終え、大きな風呂敷にしまった。
「持ちますよ、隊長」
「敬語はやめて!」
ふふふ。とルギラは笑いながらマハから風呂敷を持ちあげ、イルの背中を追いかけた。
「ほんと、二人とも良い奴過ぎるのよ」
穏やかなマハの言葉は二人には届かないが、親のいないマハにとって、二人は兄弟みたいなもの。
さらにニイ様は自分の生きる指針となるお方。何としても今回の任務は失敗出来ない。パシンと両頬を叩き二人を追いかけていく。