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腹蔵

 身を隠していた稽古場で一時間程寝てしまった。どうやら薬がまだ抜けきっていなかった様だ。

 目を覚まして少し焦った。

 なぜなら、いつの間にか場内は静けさを取り戻していたから。

 あんなにバタバタとしていたのに、誰も歩いていないなんて不思議だがとりあえずは自室に戻るため、稽古場を後にし一階の長い廊下を歩く。

 夕焼けが 眼に染みる。

 

「……まっぶしいなぁ……」

 

 傷口は綺麗にないし眼を交換したことは誰にも気づかれてはいない。


 城の中央には大きな広場には花垣が幾つもあり花々が咲き乱れ噴水が涼しさを演出している。そんな綺麗な園庭と血生臭い処刑台がある。

 そしてこの廊下は園庭と繋がっている。

 たまにここに手続きをしに来た子連れが、日向ぼっこをしているのを目にする。

 

 そんな園庭に似つかわしくない処刑台だが、一市民がそんな血生臭いもとのは知られていない。

 一ヶ月ほど使われていないため匂いも随分薄くなった。

 その処刑台に夕焼けでオレンジがかった綺麗な光が差し込んでいた。

 

「ほんと今日の夕日はオレンジ掛かっててきれーだなー」

 

 それは至極当然に自然な流れで眼が処刑台の方へと流れて行った。


「……?」


 いつもは死刑がない限り綺麗な処刑台にか……?

 ――何か置かれている……?

 サワノは息を飲んだ。

 あれは幻であってくれ。なんて願わずにはいられなかった。


「ハ……ルにぃ?」


 膝が笑っている。心臓が煩くなる。早い鼓動の中眼を離すことが出来ない。

 これは恐怖や、悲しみを超えた怒り。

 眼が霞む涙で前が見えないヨタ着く足で駆け寄っていた。

 だってつい数時間前まで話を、話をしたのに。

 そんな、簡単に死ぬかよ。あのハル兄だぞ!

 

「はぁっはぁっは……ハル兄ぃ……」

 

 たどり着いた死刑台には、無残にも両眼をくり抜かれたハルの遺体が横たわっていた。

 

「――は……なんで、こんなっ、ハル……」

 

 理解が追いつかない……

 それは溢れる涙さえ拭う事すら忘れるくらいに、取り乱すには十分すぎる現実。



『知事には逆らってはいけない』


 

 地域の皆は、怯えていた。

 ニイバルが治めるこの地域は力で押さえつける政治だから。


 大きな国を五等分にわけ大王様の住む真ん中以外を、王位継承権をもつ四人がそれぞれ治めていた。

 ただ、東・西のふたつはここ最近随分静かになっていた。

 半年前までは地域の間を好きに行き来出来ていたが、最近は地域境がニイバルの一言で、閉ざされているため行き来禁止となっている。

 南に位置するこの地域は、半数以上が謎の失踪をとげている。

 ニイバル知事に逆らえば行方が分からなくなる。

 それはこの地域の暗黙の了解でもあった。


 

 処刑台に横たわるハルにぃに寄り添って、目が腫れるほど、声を殺し泣いていた。

 夕暮れだった空がすっかり暗くなり星や月が輝いていた。



「失礼します!サワノ様。知事がお呼びです。至急知事室に・・・」

 

 軍服に身を包んだ幹部と思わしき男が尋ねてきた。

 見覚えのある男。

 

「ルギ……ラ……?ハルにぃが……」

 

 声も掠れやっと尋ねたがルギラから当たり前に報告がなされる。

 

「ハル様は……書庫に入ってしまったんです。今回の処刑は当たり前では?」

 

 淡々と冷静に返答が返ってくる。

 聞きたかった答えではなかった。

 

「……だからって……処刑……だなんて……」


 それから何分、沈黙に包まれていたのか。

 すーっとサワノの眼は光を失っていった。

 ただ一瞬『お前に全て託す』そう書かれたメモが頭をよぎった。暗闇に一本の光が射したかのような感覚に陥った。

 

「サワノ様、もう行きましょう。知事がお呼びですので」

 

 ルギラの声はサワノには届いていなかった。


 ――冷静に考えろ――間違いなく兄貴だ。

 出入り禁止の書庫で何かを、持ち出したからって死刑執行がすぐだなんて、こんなバカげた事が出来るのは、知事の権利だけ。

 ハルにぃが言っていた『あいつ』は兄貴。

 ニイバルのこと。あいつがハルにぃを殺した。

 それなら腹心のルギラは向こう側かも知れない。いや、確実に向こう側だ。これは確信だ。

 そうこれはニイバルからの警告。これ以上余計なことはするなと。そして、わざと誰もいなくなった庭を通るように『絶望』を植え付けるために。


「サワノ様?ここに居てもハル様は戻りませんし、ハル様にそれ以上近づくことは法に触れます。知事室へ」

 

 シビレを切らしたルギラが急かす。

 

「……わかった。すぐ行く」

 

 本当ならルギラを問い詰める事が先かもしれない。ただ、それは今では無い。

 ニイバルに一度会わなくてはならない。

 これはただの兄弟喧嘩なんかじゃ済まされない。


 横たわるハルをそのままに知事室へと向かった。

 

「ハルにぃ、ちょっと行ってくるよ」

 

 ――ハルにぃが何かの為に出入り禁止の書庫にまで入ったのか、さらに眼を俺に預けていったその理由がわかれば、ニイバルを止められる――。



 

 三回ノックし「失礼します」とドアを開ける。

 

「遅かったな。サワノ」

 

 知事に会う時は正装で。例外は認められない。と、条例が出ているため正装に着替えてきたためである。

 

 ――あんたのふざけた言いつけを守ったからだよ――


 と、思ったが口にはしなかった。それは今ではない余計な会話が面倒だった。


 サワノは知事の前に立ち足を肩幅まで開き左手を右胸に当てて上半身を四十五度。

 

「申し訳ありません」

 

 冷静に怒ることなく言い訳などせず一言を。かつ感情を殺しつつ受け答えをした。


 知事室には大きな机に高級な革張りの黒い椅子。机には小洒落たランプと、魔術書が数冊。

 判子を付いてくれと待つ決済書が少し高い山になっている。

 年代物のティーカップソーサーが我が物顔で机に置かれている。その隣には黒紅の液体が入り、ラベルまで付いている小瓶が数本。

 中には黒紅の砂が入っているもが一本。どれもラベルは見えない。

 

 ――なんだよ、あの小瓶見た事ないな――


 ニイバルは、ふんっとため息をひとつ付いた。

 

「まぁ、リラックスしろよ。ここには俺とお前、ルギラしか居ないんだ。堅苦しいのはよそう。そうだ、最近ハルとは会ったか?」


 ニイバルは、不満そうな顔をしながら手元のティーカップのお茶をすする。

 

「いいえ、会っていません。私は私で忙しいものでして……」

「……ほんとにか?」

「失礼ですが、何か疑っていますか?会っていないものは会っていません」

「疑ってないさ」

 

 ニヤニヤと答える。

 

「……そんなに気に入らないのであれば、先刻のハルにぃの様に殺してしまえばいいでしょう?」

 

 憤りを隠せないのは、サワノがまだ若く感情を押し殺しきれないからか、それともニヤニヤしながらこちらの出方を楽しんでいるニイバルが気に入らないからか……

 いや、どちらも一緒か……

 と、思ったが今のサワノはどう考えても後者だろう。


「あー、見てきたか?」

 

 ギシッと革張りの椅子に座り直し目をキラキラさせながら足を組みなおす。

 

「みてきたよ。あんなハルにぃ見たことない……それに……」

 

 サワノが話終わる前にニイバルは話始める。

 

「ふふふふっ!あははははははは!そうだろ?綺麗だったろう?最期なんてさあ『なんで……?』なんて聞くからさぁ!あー、何もわかってないんだって!こいつは俺が殺す意味をわかってないんだと!……はぁーあ!――こんなやつと兄弟かと思うと虫酸がはしるよ」

 

 バカでかい声で、興奮しながら笑ったかと思えば最後の顔が全てを物語るような、冷め切った眼と低い声でサワノを睨み付けていた。


「ってめぇっよくも、兄弟を殺せたなぁ!」

 

 体がピクっと動き、殴りかかる為の拳が握られるが、ルギラがサワノの腕をガッシリ抑えている。

 

「あーそのままーあ。そのままだよーサワノくん。動いちゃぁーダメょー。俺がまだ話してるんだからさあ」

 

 しぃーっと、人差し指を口元に持ってくる。

 彼が知事でここの地域の中で一番偉く王位継承権を持っている限り争えば重罪だ。


「そんなに怒るなって俺は『王位継承権』つまり大王様の椅子を狙ってるんだ。殺し合いなんて毎度のことだろ?」

 

 悪びれる様子もない。

 当たり前だ。ここはそういう国でありそういう制度なのだ。

 

「だけど、ハルにぃや俺は王位継承権には関係ない!」

 

 ふぅ。ニイバルは軽いため息を吐き顎髭をさする。


「そーねぇ、お前はさーあの大王位の椅子に座ることは出来ないじゃん?もちろん、この知事の椅子にすららだ。三兄弟の三番目。可哀そうだけどねぇ。まあ……ただ本音を言うと、だ。邪魔なんだよ。いくら王位継承争いにくい込んでこなくても」

 

 ドンと、組んでいた足を机の上に乗せ、手を腹の上で組み直し見下す。まるで汚いものを見るかのような眼つき。

 悔しいとか、そんな感情すらわかない。

 あぁ、俺の兄貴はこうも変わってしまったのか、馬鹿らしいとさえ思えてしまった。


「俺は、生まれてきて今まで、大王様なんてそんなもんに一度だって興味を持ったことはないよ」

「そーだねぇ、サワノは頭悪いもんねぇ。たださ、興味があろうがなかろうが。王位継承権を持っているかいないか、そんなことではないんだよ。俺の兄弟だって言うことがもうすでに気に入らないんだよ」

 

 ニイバルが放った言葉のどれもが自分勝手で我儘なもので、どれも受け取る必要のないものだと、そう思ったサワノは置かれている状況の中で、振り下ろすことが出来なかった拳を握りしめるしかなかった。


 

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