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追憶

 これはサクとサワノが球体に閉じ込められる、少し前の話である。


 ハハロクイ国内――ヌルデファレ地域――

 

 街中心部に真新しく、デカデカとそびえ建つ、建造物は築五年と言ったところだろうか。

 ここの地域を任されている知事が全てを投じて建てたと言われている。白い壁を基調とし屋根は黒い瓦がぎっしりと敷き詰められていて窓は大体がはめ殺しで、『城』の一言に尽きる。

 この城で全ての手続きや会議なども行われる。

 地域に住む者や他地域からの訪問者も全ての手続きができるのがこの場所である。

 中には部屋が数えきれないほどあり一階に稽古場が三つ程並んでいる。

 その一つに少々小さめの部屋があり、電気ではなく蝋燭で灯りをとる。

 薄暗い中稽古した方が、夜の戦いにも対応できるだろうと知事の案である。


 薄暗い部屋の隅にぽつんと小さな灯りが。

 呼び出されたサワノは蝋燭ではなく、自分の指に小さな炎を灯して待っている。

 しばらくして、キィっとドアが少し開き黒い影が入り込む。

 ゆっくりとサワノの元にやってくる。

 

「こんなところに呼び出してどうしたんだよ、ハルにぃ」

 

 自分を呼び出した人物、ハルに尋ねた。

 

「なぁ、俺の眼とお前の眼、交換してくれない?」

 

 開口一番、突拍子もない事をサワノへ提案してきた。その男はサワノのすぐ上の兄、ハルである。


「唐突過ぎるだろしかも眼ってさあ。眼はやれん!」

 

 呆れてしまう。

 

「そうだな。俺はお前が好きだよサワノ」

 

 サワノの話を半分も聞かずハルは続けた。

 

「んだよ、急に気持ち悪いし。俺の話は無視かよ」

「ははっ⋯まぁ、無視だ。俺は……俺はお前には死んで欲しくないんだよ。あいつが力をつけたら国は終わる」

「あ?あいつって誰だよ、話がみえねぇよ」

「確かにな。でも時間が無いんだよ、サワノ。ごめんな、こんな方法しかないんだ」

「っだぁからさあ……」

 

 話の途中でハルは小さく呟く。

 

紫電(シデン)

 

 バチッと紫色の電光が、辺りを走るのと同時に、目の前が真っ白になる。

 部屋に入ってきた時から甘ったるい匂いを連れてきたハルを怪しめば良かったと、後悔したがもう遅いようだ。

 

「……なんだ、何した?……目が霞むっ」

 

 大きく息を乱し、目の前の甘い匂いを払う。

 甘い香りの正体は睡眠薬。

 サワノが来る前から、部屋中に焚いてあったようで、目の前が真っ白になり、混乱した際思いっきり吸い込んでしまったようだ。

 意識を失い、よろけて倒れ込むサワノを、ハルは抱えそのまま床に横にする。

 

「薬、効いたみたいでよかった」

 

 サワノの髪を撫で、暫く見ないうちに大きくなった弟を、愛しそうに見つめる。

 こんな方法しか無いのかと何度も、考えた。やれる事はあとサワノのことだけ。他の事は全てやった。

 どうしたら『大事な人たちを守れるか』こればかりを考えた。

 出した答えがこれだった。これからする事を許してくれとは言わないし、憎まれるかもしれない。

 ただ何もせずに手をこまねいているのは嫌だから。

 

「……サワノ、ごめん」

 

 右手で印を作る。

 

「――(カイ)

 

 と、魔術を唱えて人差し指で閉じたままの瞼を、すーっと縦になぞる。


 


 どのくらいの時間が経ったのか、部屋にはハルの姿はなく部屋のドア付近に暖かな蝋燭が揺れている。

 

「いってぇ、あー頭がぐらつく」

 

 誰もいない部屋。蝋燭のお陰でほんのり明るい。床に手をつくと血溜まりがひろがっている。

 

「うげ。俺の血……か?」

 

 頭が痛い。

 あの甘ったるい香りのせいか、意識が飛んだからか、血が足りないからなのか。色々ありすぎて考えるのもめんどくさい。


「説明くらいしよろな、ハルにぃ」

 

 ――俺の眼とお前の眼、交換してくれない?――。

 

 ハルの言っていた言葉が、頭をよぎる。

 頭をぐしゃっと掻きながら慌てて眼元に手をやるが特に変わった様子はない。

 医療系の魔術を得意としていたハルにとって傷を治すのは簡単なことだった。

 

「傷もないし、眼と交換とか……意味不め……ぃ」


 ドタドタと廊下が騒がしい。

 

「あ?」

 

 扉を少し開けると真昼間の陽の光が眩しい。グッと眼を瞑り光に慣れてから――眼を開ける。

 所狭しと州軍が大勢走り回っている。

 地域には必ず他国から自国を守るという名目で州軍が配置されている。

 表向きは他国から守る。表向きは。真意は、他地域の大王位継承権争いの駒にすぎなかった。


「んだよ、うっせぇなぁ、頭に響くじゃねぇーか」

 

 バレちゃいけないのかと勘ぐってしまい、数センチの隙間から廊下を覗く。

 

「……様っ!こっちにはいません!」

「……に……ません!」

「隅々まで探せぇ!俺らまで能無しと殺されるぞ!」

「はっ!」

 

 なかなか穏やかではない会話が繰り広げられている。

 

「誰か探してんのか?よーわから……?ん?」

 

 ポケットの中がなにやら重たい。手をグッと押し込むと小瓶の中に紙きれが。ポンっとコルクを抜き、中の紙きれを出して、眼をやる。


 『お前に全て託す。お前の右眼と俺の右眼を取り替えた。傷はないと思う。うまくやったろ?取り替えた理由は言わないほうが賢明かもしれない。お前が命をかけれる相棒に渡せ。使い方はいずれ解る。優しいお前のままでいてくれ。すまない』

 

 と。

 

「ハルに……命かけるって……しかも、どやって眼渡すんだよ」


 ハルにぃの事は昔から大好きだし、言う事はいつも納得できる。

 ただ、今回のことはどうにも納得できない。

 命をかけるってなんだって話だし、眼なんてどーやって渡すんだよてん……。


 ドンドンドン!

 

 反対側にある扉を叩く音がする。


 ガチャ!

 

 稽古場の扉が開き一気に明るくなる。

 その男は先ほど廊下を走り回っていた『州軍』の服を着た隊員の一人であった。

 

「サ、サワノ様っ!こんなところに!失礼致します!」

「あ、ああ。どーした?」

 

 ガサっとメモをポケットへと突っ込んだ。

 

「あの、ハル様を見ませんでしたか?」

「……ハルにぃ?いや、すまないが知らない」


 サワノはサラッと嘘を吐く。

 信頼していないとかそんな簡単な話ではなく軍に追われることなんてするはずがない兄を庇うのは弟にとって至極当然のことだった。

 

「そうですか。サワノ様すみません」

 

 頭を下げてすぐにクルッと向きを変えすぐさま出て行こうとする州軍に尋ねた。

 聞かなくてもいいが、何か嫌な予感がした……。

 

「なぁ、ハルにぃはなにかしたのか?」

 

 一瞬空気がピリッと張り詰めた。

 まずいことを聞いたかな?と少し焦りを覚えたが、男からの返事を待つ事にした。

 男は少し考え込んでいる様子で俯いた。

 小さな事であれば告げるに問題はない。ただ、少し事が重い。

 

「……あ、なぁごめん、言えないな……ら……」

 

 サワノが、質問を取り下げようと声をかける。

 

「いえ、大丈夫です」

 

 と、男は断りを入れ先程の質問に答える。

 

「ハル様はお兄様の……知事のことを嗅ぎ回っていたようで、出入り禁止の秘密の書庫にはいって何か持って行ったと聞いております……」

「嗅ぎまわる?」

「はい……しかし何についてかなどは聞かされておらず……」

 

 思ったより重たい話で拍子抜けした。

『秘密の書庫』とは、どの国にでもひとつやふたつ、有りそうな『秘密』を隠しておくに丁度いい場所。

 ヌルデファレ地域にもそれはある。その秘密の書庫には、上級魔術書なる物が複数保管されている。

 中には悪魔との契約、球体の創り方、死者の蘇り。なんてものもある。しかしどれも読み解いてモノにした人間はそう多くない。いや、一人しかいない。

 そんな代物をハルが何故、狙ったのかもサワノには検討もつかなかった。

 

「えっと、秘密の……書庫から……?何を持っていったとかわかんねーんだろ?」

「はい。私達下の者にはそこまで詳しくは……」

「そうか……俺はここで稽古してただけで、何も知らないんだよ。変なこと聞いてごめんな」

「あ、いえ!こちらこそすみません!失礼し……あの、服に血が着いてますけど大丈夫ですか?」

 

 腕に着いていた小さなポケットから塗り薬と包帯を取り出し、傷に手を出す。

 

「あ、あぁ。さっき思いっきり転んで腕擦りむいたんだよ。大丈夫だ、すぐ治ると思うよ」

「そうですか、医務も出払っているかもしれません」

「あーこの騒ぎだもんなー」

「私、手当しますよ?」

「……や、大丈夫だ。大した怪我じゃない」

「ですがっ!」

 

 男は少し勢いがありすぎるようだ。

 事実いまは誰にも触れて欲しくないっと言ったのが本音だ。このままこの勢いに負けでもして、うっかり触れられたくない『眼』のあたりを触られたらと思うと気が気じゃない。

 

「早く上司と合流した方がいーんじゃねぇーの?面倒な事になるぞ」

 

 ふふふ。と、笑ってこの場をやり過ごすことにした。

 

「はっ、そうでした!すみません!失礼致します!」

 

 そう言って彼は持っていた手当道具を、サワノに押し当て持たせてから、足早に稽古場を後にした。


「気ぃー付けろなぁー」

 

 ……兄貴(ハルにぃ)が知事をねぇ。


「っあっぶねぇーハルにぃ、なにがしてーんだよ。ちゃんと言ってくんねぇーかなぁ……」

 

 左耳な輝くお守りにしているピアスを触りながらブツブツと文句を続けた。

 

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