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唾棄

 サクは転がるルギラの小瓶を拾いあげ、小さくため息をつく。

 

「……戻り方……聞けばよかった……」


 ……ズズッ……。


「あ?」

 

 サクの足元から黒い影と共に大鎌が姿を現し、そのままサクの左胸を貫く。

 

「……ゴフっ……」

 

 サクは大量の血を吐き出す。

 何が起こったのか、足元を見ると見慣れない男が一人。地面から半身出してこちらを見て微笑んでいる。

 ガクッと後ろへ崩れ落ち、膝をついたサクの手から、ルギラの小瓶が零れ落ちた。

 転がる小瓶を追いかける気力はサクにはない。

 そんなサクを横目に、その男は小瓶を拾い上げる。

 

「ごめんね、これ返してね」

 

 手が届かないのも、体が動かないこともここに至るまでの、自分の無力さが露呈した。

 サクは左胸を抑えながら止血・治癒の魔術は習得できていないことを悔やむしかなかった。

 

「(傷についても腹が立つのに……まずは傷を繋ごうか……知らない男まで……)……誰だ……お前……」

 

 ガバッと血を吐き眼が霞む中、その男を睨みつける。

 刺された心臓を血で出来たツルを使って繋ぎ合わせ何とか耐えている。

 しかし、気力だけでもうそんなに時間はない。

 半身だけ地面からでいた男がぬるりと、這い出て転がるルギラの小瓶を拾いあげる。


 猫背気味だがよく見るとサクよりも十センチばかり背が高いようだ。左側の髪が少し長く邪魔な印象的である。

 右口角を上げながらサラッと自己紹介を始めた。

 

「あぁ、死にそうなやつに名乗るもんでもないかなー。強いて言えばニイバルの右腕。かな?ねぇ、それよりもサワノの小瓶はない?」

「……な……い(あいつ、右腕……なんていたのかよ)」

 

 サクは男を見上げながら平然と嘘を吐く。

 

「んー、そんなことはないと思うけど?だってルギラから盗ったでしょう?」

 (――なんだよ、みてたのか)


 ふーっと息を吐き、左胸の血を地面に擦り付けた。

 あちこち傷は痛むが仕方ない。

 

草木・生(プラント・リブ)!」

 

 かすれる声で唱える。

 サクの周りの草木が一斉に成長し、大きな柱になりその男めがけ振り下ろされる。

 

「あはははは!君はいつも無理するよねー。まあ、あまり無理しないで下さいよ」

 

 ケタケタと男が笑い避けるそぶりも見せず、ちょうど振り下ろされた草木の柱はサラッと消えてしまう。

 サクの意識が半分飛びその場に倒れ込んでしまう。空が痛いくらい眩しい。

 

「ありゃ、大丈夫ですか?」

 

 サクに近寄り、「失礼しますよー」と、サクの体を転がしてパフパフと服を叩く。

 コツンと音がした。どうやら探し物を見つけた様だ。

 

「あ!みぃーっけ!」

 

 サワノの小瓶に手をかけると、サクの手が男の手を掴んで離してくれない。

 

「それは……ダメだろ」

 

 小さな声で返事を返す。

 

「ありゃあ、ごめんなさいねー。これ割らなきゃなんないんですよねぇ。まあ……割ったら……そーねぇ。サワノは死んでしまうんですけど、ニイバル様の命令なんで、ごめんなさい?」

 

 男はサクの腕を振りきり、振りきった反動そのままに、サワノの小瓶を空高く放った。

 曖昧な眼に映るのは、小瓶が綺麗な放物線を描きながら宙を舞っている姿だった。

 

 そう、ゆっくり……ゆっくりと。


「ざけん……なっ!」

 

 届かないなんてわかってる。

 だけど手を伸ばさずにはいられない。あの小瓶が割れてしまったらサワノが『死ぬ』ってこの男が言ってた。

 もしも、その話が本当なら困るんだ、こんなところで死んだらダメなんだ。

 

 あの広い国の中でただ一人、心を開いたのはサワノだけだった。

 悪戯ばかりして世話役を困らせていた事もあったけど、国をどうしたいって話しもしてたんだ。

 こんな馬鹿げた大王位継承なんて辞めて、もっといい方法はないかって、話してたんだ。

 

「まっ……てよ……サワ……ノっ!」

 

 こんな最期はなしだ!

 

「……っ!」


 ――バリン!――。


 綺麗な小瓶のガラスが割れる音がした。

 

「――っ!」


 

『サク、俺はニイバルやハルが居るから大王位には就くことはできないからさ。お前が大王位になったらさ、もっといい国にしてよ』

『俺が大王位になれば、サワノは隣に居てくれなきゃ困る』

『お!俺は大事な相棒だもんな!もっと皆が笑ってられる国がいーなあ』


 サワノが屈託のない笑顔が眩しく脳裏に浮かぶ。

 トロンと小瓶から黒紅色の液体が地面へと流れていって蒸発して消えた。


「よっし、任務完了っ!バイバイサワノちゃん!」

 

 男は得意げにニタニタと笑って空を仰いでいる。

 こんな、呆気なく?呆気なく死ぬのか?

 

「……サワ……ノ……?本当に……死んだのか……?」

 

 ただ瓶が割れただけで……?

 

「あ、うん。小瓶になってるから呆気ないよねー」

 

 髪をクルクルと捻りながら答える。

 

「俺らが……アンタらに……何したってンだよ……」

 

 声にするのもやっと。殺される理由がない。

 

「やぁ?特に何もしてないでしょーね。球体(ここ)はニイバル様の暇つぶしですから」

「暇つぶし……?」

「まぁ、あとは王家に生まれた自分を恨めばいーんじゃね?」

 

 王家の継承権を持ってしまったのが全ての始まりなのか。

 

「サワノは……継承権は持ってない……だろ」

「あー?じゃあ、ニイバルの弟に生まれたのが悪い。かなー?」

 

 ポン!っと手を叩き理不尽を道理に変える。

 そんな理由で一番の友人を殺されては話にならない。

 左胸から流れる血を手につける。

 

「っざ……けん……な」

 

 地面の草木に血を与え先程より大きな木を出そうとするが、限界のようで、ボタボタっと血を吐く。

 そのまま紅黒色の砂へ変わり始める。

 

「お前ら覚えてろよ……俺はタダじゃ死なねぇし。……絶対お前ら……ぶっ飛ばす……か……ら」

 

 ピッとその男を指さし、右口角をクンっとあげ不敵な笑みを零しながらサクは小瓶へと姿を変えた。




「サクくん、君には絶望へ堕ちてもらわないと困るんですよ、そんなぶっ飛ばすだなんて。メンタル強すぎ」

 

 はぁ。とため息をついてルギラの小瓶を開け地面へと垂らすとルギラが実体化する。

 パンパンと埃を払う。

 

「やぁやあ!すまないね!ナロ!来てくれたんですね!助かりました!小瓶になったお陰で、サクにやられた傷も完治してますし、完璧です」

 

 ニヤニヤしながら問いかけてくるルギラをナロと呼ばれた男は無視をする。そのまま話を進めた。

 

「ルギラ、魔石(ませき)は?全部揃ったんだろ?」

「はい!揃ったんですよぉ!六個!褒めてくださいよー!」

 

 ポツん、ポツんと魔石をナロの手に出していく。


 …………。


「なぁ、何度数えても五個だけど?」

「んー?そんなことは無いですよ?だってこれで全部ですよ?もう私持ってないですもん?」

 

 ルギラはパンパンと、服の至る所を叩き確認する。


 ━━━━━━━━━━━━━。


「――ああ!」

 

 突然バカでかい声を上げるルギラ。耳が痛い。

 

「なんだよ、突然。見つけらんなくてどーにかなったか?」

「サクですよ!あの子持ってないですかね?」

「は?だってもう小瓶(これ)だよ?確認できねぇーぞ」


 ナロはルギラの前にサクの小瓶を出した。


「なんでもう小瓶にしちゃったんだよ!」

 

 そんなことを言われても、ニイバルからの命令はサクを小瓶にすること。だし……と言いたいところだが、ルギラはその小瓶を見つめて一瞬何か引っかがった。でも、思い出せそうで思い出せ……そうには……。

 

「多分あの時です!ツルで巻かれて棘が全身刺した時ですよ!アホみたいに棘出すなって思ってたんですが、あの時棘で刺すのが目的ではなく魔石を探すためだとしたら、持っていか……れて……」

 

 全身をツルでまきあげた時に、体の至る所を棘で刺していたため多少の違和感には気づかなかった。


 ――バン!

 

 後頭部が痛い。怒ったナロが思いっきり叩いていた。

 

「お前何してくれてんの!?そんな、サク褒めてどーすんだよ!『全身刺した時です!』じゃねぇーんだよ!」

「や、だってほら、今!実体化すればいいだけですよ!」

 

 妙案である。

 

「はぁ……。ニイバル様はどーしてルギラになんかにこの件任せたんだろ。サクは実体化出来ないよ」

 

 本気で呆れると頭が痛いんだなと、ナロは内心思った。妙案却下の瞬間である。

 

「え?何故ですか?」

 

 ぽかんと口を開けて何ともアホな顔をしているルギラに説明するのもまた、ナロの役目らしい。

 

「さっき、見てなかったから知らないと思うけど、サクはサワノ達、他の奴らとは違ってもう一段上の上級魔術で小瓶にしてんだよ」

「……ええー」

「サクを戻すのに悪龍(アクリュウ)の血が必要になる」

「……ええー」

「うっさい。お前が悪い。ちゃんと持ってないから」

「……え」

 

 もう、返事をするなと言わんばかりの顔でルギラを睨みつけナロは話を進めた。

 

「とりあえずニイバル様の所に戻って報告。直ぐに悪龍の血を取りに……あーマジでめんどくさっ!」

「なんですか?」

「ミュートのところ行かなきゃじゃん?」

「え?ミュートのところですか?悪龍!」

 

 頭をガシガシと搔き面倒くささをひとり考え込むナロの隣で、ルギラは今にも小躍りしそうな表情を浮かべながらニタニタしている。

 ナロは魔石が六個なかったことよりもどうやら『ミュート』という人物に会うほうがよっぽど嫌なようだ。

 

「わー骨が折れそーですねぇー楽しみぃーふふふ」

 

 小躍りしそう。ではなく、小躍りしながらルギラが言い放った言葉はナロを完全に怒らせていた。

 楽しくねぇよ!と思わず突っ込んでしまった。突っ込んだ後、反応していまう自分にもため息がでる。

 

 はぁ。


 

 球体内に二人のため息が響きわたる。

 暫くして迎えに来た男・回収屋と球体外へと出ていった。

 球体で生活していた、人々や家畜等は消え何もない。

 何事もなかったかのように、穏やかにただただ、風が吹いて草木が揺れ、水が流れる。




 陽の光が知事室に射し込む。

 ギシリと革張りの椅子に腰掛け、球体を覗き込む。

 

「ふふふ。アイツらは少々抜けているところがまた……」

 

 両眼の下に年期の入った隈を蓄えた男が、顎髭を撫でながら笑う。

 

「ニイバル様、本当にこのままで良いのですか?」

 

 ニイバルのすぐ隣にきちっとしたスーツを身にまとった男が呆れ顔で訊ねる。

 

「まぁ、いいじゃない?ルギラとナロに任せておこう。サワノは殺してくれたし、サクも小瓶にしてくれてる。生きるも死ぬも、彼らの実力と運次第。俺は大王位のあの椅子に座るまで、暇つぶしが出来ればいいんだもの。それに、ミュートの所に行くこととなるとか、余計楽しめるよ」

 

 机に並ぶ小瓶をコロコロ転がし、ニヤニヤが止まらない。

 

「ふふ。そうですね。あ、でもミュートの前にテツの方も覗きに行きますか?」

「あーそうだねぇ。テツはまだ逃げてるんでしょう?まだまだ楽しめそう。ゼンはどーしてるかなぁー」

「ここ数日連絡無いですもんね。紅茶でも淹れますか?新作がありますよ?」

「いいねぇー頼むよ」

 

 

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