真実
さわさわと風が吹いて緩やかに髪を撫でる。チチッと鳥が鳴いて、飛び立っている。
鳥の小さな声が当たり前にわかるくらいの静けさで耳が痛い。
先に沈黙を破ったのはサクだった。
「まぁ、キオク弄られてても、俺はこの村も皆も大好きなのは変わらない。それがイルの創った虚像であったとしても」
「えっと……キオク弄った事すら思い出してる?」
ルギラはさらに混乱の中に落ちる他なかった。
キオクは小瓶以外では戻らないとニイバルに教えられていたルギラは大きく混乱していた。
戻るはずのないキオク。
キオクが戻れば魔力も戻る。これは必然である。
仲間であれば問題ない。ただ相手が悪かった。サクのキオクをいじった理由は面白いから。それと魔力が強いとルギラたちでは『勝てない』からである。
まぁ、実際完全なサクとルギラで戦ってどっちが勝つのかはわからない。
「他にも、教えてやろっか?村長のジジィは俺の執事。やっちゃんは街で八百屋をやってたよな。――ある時……ハルが殺されて、サワノが居なくなったって聞いて、すぐにヌルデファレ地域へ赴いた事も。そこでイルに会ったなぁー、まぁ向こうは俺の顔覚えてなかったみたいだけどね。あ、あそこでキオク弄られて小瓶に入れられたんだろな」
困ったもんだと、頭を掻きむしる。
「そうですか、そんな詳細まで。その刺青というやつは相当な呪いなんですね……ふぅ。……さて、困りましたね。全部思い出したサク君に勝てる見込みなんて私にありますかね?」
大きなため息が出る。
内心苛立ちが殆どを支配していた。聞いているのと、聞いていないのでは、攻撃にも影響が出る。
しかし、どんなに考えても目の前にいるその人に勝てる見込みはない。
「さあ?やってみたらどー?」
すうーっと息を一つ、血で蓋されていた傷口をガリっと噛み新たに血を流し、そのまま蔓へと形を変えるが、先程までとは違い植物の形をした深い緑色した蔓が姿を現し、更に刀へと姿を変えた。
「魔力もしっかり戻ってるんですか……」
「俺のよく使うこの魔術は草木との契約。草木に俺の血を流して彼らの姿を借りる。本来はこの色。今までは中途半端な魔術だったから色が黒かったんだろな。なんなら、サワノの使ってた魔術も使えるよ。思い出したからね」
「大王位継承権ってやつをもってれば魔術にすら愛されてるんですね」
「は?魔術は努力の賜物だ。それに魔術に愛されてるのはミュートの方だろうな」
『ミュート』の名を聞いて嫌な顔をしたルギラをサクは半分馬鹿にし鼻で笑う。
どんなに努力したって敵わない相手はいるし、そもそも戦う相手ではないとどこかで線を引いているのだ。
ミュートにであれば『大王位』が渡っても文句はないと、さえ思っていたのだ。強さと信頼を彼は持っている人物である。
まあ、今は居ないミュートの事は置いておこうと、とんとんっと靴を馴らしてから、タンっと思い切り地面を蹴り一瞬で二~三メートル先のルギラへと駆け目の前に現れる。
「っふん!」
「――いっ!(どんだけ早く動くんだよ!)」
サクは体を少し斜めにしルギラの前にグッと刀を振り上げたが、ふっと刀を握った右手の力を抜き左手の小さなナイフにグッと力を入れルギラの顎へと突き刺していく。
「うわあああああああ!」
眼を見開き焦る。
(――!なんだ、今私との距離を詰めて来たと思ったら、右手の刀は囮だったってことか!)
――ザン!
顎からナイフが抜けたと、同時に大量の血が地面へとこぼれ落ちていく。
必死に顎の傷をおさえる。
「ぐふっ!」
ボタボタと抑えきれない血が地面へと叩きつけられていた。
「サワノを返せよ」
忌まわしいキオクの中で笑っていつもそばにいてくれたサワノを取られたままというのは虫唾が走る。
できれば早くその汚い手から返してもらいたいもので。
サクが本音を呟いた時には、既に右手にあった刀が蔓へと形を変えてルギラの右手を襲っていた。
ギシッギシッと音を立て右手が締め付けられる。
「っああ!」
顎の止血に両手を使っていたいが、締め付けられる痛みで蔓へと引っ張られて、とうとう顎から手を離さずにはいられなかった。
離したが最後締め付けられているせいか右手の感覚が無くなってきていた。
(右手……血が通って……ない……ですね……)
「なぁ、早くその手の中にあるサワノ離せよ。このままだと右手……使いもんにならなくなるよ?」
ここで離したらニイバルへの手土産が無くなってしまう。右手一本無くなるくらいなら、別にいい。
ただ、サワノは……。
「サワノの小瓶はここで割るんです!」
「そうか。割ったらどうなるかは知らんが、そんな事されては困る!」
そう言って蔓の一部を刀へと形を変えた。
――ザン!――
「ひぃぃぃぃい!」
ルギラの右手肘下が、ザックリ切り落ち地面に転がっている。
冷たい眼でサクがルギラの腕を見つめている。
ルギラの知っているサクは、甘ちゃんで人を傷つける事なんて出来ない。
サクの任されているヨライ地域は殺人など起きない平和な地域。
歴代ヨライ地域を任されていた知事たちも甘く、『平和ボケしていた』と聞いている。
大して何も出来ない。それがヨライ地域の『サク』についての噂であった。
ニイバルからも『サクはたいしたことないよ』なんて言われていたのに。
(私の腕が地面に落ちているなんて、ありえない)
「俺が甘ちゃんだ。なんて聞いてた?」
ルギラの落ちた右腕からサワノの小瓶を取り出す。
表情から相手が、自分にどんな感情を持っているかなんて分からないわけない。
ましてやルギラの表情は混乱。そのものであった。
「サワノくーん?大丈夫?」
トロンと揺らし小瓶に話しかける。
「もう少し待っててよ。――俺の地域は平和だったよ。俺が知事って肩書きをあまり使わなかったからかな?側近なんて者は執事しか付けなかったし、見回りも自分でやってたよ。知事が椅子の上でふんぞり返ってハンコ着いてるだけだなんて、ダメだろ。俺はあのヨライ地域が好きだから、祭りの準備も全部皆とやってたよ楽しくってさ。まぁ、楽しくやってくうちに街のみんなも俺に馴染んでくれて、暴力とかはほとんど無かったなー。若いから『何も出来ない』そう思ってたのは他の地域の奴ら。とくにヌルデファレ地域の奴らは俺やミュートをバカにしてたよね」
手の中でコロコロと小瓶を転がしながら、ルギラの方を見ることも無く淡々と話を進める。
「何も出来ないって噂は嘘だったってこと?」
「あーその噂は俺がみんなに頼んで流してもらってたの。重役たちは怒ってたけどねー。でも、わかってくれてたから。ニイバルがなにかしてくるのは……何となくわかってたし。『俺強いよ!』なんて威張る奴にはなりたくない。強さよりももっと大事な事があるじゃん」
「強さよりも大切なもの……」
サクの言う強さよりも大切なもの。がわかるのであれば、こんな馬鹿げた戦いなんてしないだろう。
理解してもらおうなんてサクも思っていない。
「さて。ルギラ、終わりにしよう。右腕は治りそうもないかな?」
サクはサワノの小瓶をポケットにしまい、右手を噛じる。
「蔓」
蔓を出し、もの凄いスピードでルギラの肩めがけ駆け巡って行って、刺さるところにまっすぐ刺さっていた。
――――ズン!
っと右肩に蔓が刺さっていた。
利き手が身体と離れているルギラからすれば避けるに避けられない。魔術を発動しようにもそれもなかなか叶わず思考と行動が伴わない。
「……いってえ!」
痛みでやっと応戦しようとルギラも右頬から盾を出していたが左手で右の頬を触るのはどうも時間が掛かる。
「分裂」
ルギラの肩に刺さった一本の蔓が多方向に枝分かれて、ルギラの体を覆っていた。
「……」
「なんか言い残す事ある?」
「ないですね。私が死んだとしても、ニイバル様が大王位の席に座っていれば……いいんです」
身体に巻きついた蔓がキツく絞まり、苦しいはずなのに笑顔で答えるルギラは不気味である。
「そう」
村中の人を小瓶にし、中には眼玉をくり抜かれた奴もいるとなると命乞いされても寒気がするだけか。
ルギラを覆っている蔓を持つ手のひらを噛じり血を滲ませ蔓を握りピンと張った。
手のひらの血液が蔓を伝って這うかのように流れていく。
「さよならだ、ルギラ……棘棘」
流れた血が細い棘になり、ルギラの体に刺さっていた。
「……っがはっ!」
ボタタッ。
大量の血を吐く。
全身八十パーセントの傷で小瓶に戻る。
先程の腕が落とされた時も相当な失血量であり、今の棘棘で確実な致命傷を受けたのは言うまでもない。
それはルギラ自身、自分でもよくわかる。
「もう……駄目……で……すね」
ははっと、笑った。
悔しいとか、そんなものは無かった。キオクを戻してしまったサクに勝てるなんて無理。
『魔術は努力の賜物』そう吐き捨てて居たサクだが、かなりの時間を魔術に注いでいた。
それを知っているのであれば、『悔しい』なんて簡単に言ってはいけない言葉であると分かっている。
――ザァァァ!――
ルギラの体は黒紅色の液体になり、小瓶へと姿を変え地面に寂しく置かれる。
「甘ちゃんでも何でもいい。手の届かないとこで、泣いてる奴がいればそこまで行って助けるだけ。俺は欲張りなんだよ」
キオクが戻らなくてもきっと同じくルギラを小瓶にしていただろう。村のみんなにした事は許されることではない。
何よりサワノを小瓶にされてしまった。一番守りたかったサワノを取られてちゃ意味がないのに……。
「手……届かなかったけどな」
ルギラを拾いあげる。
小瓶になってしまえば善人も悪人もなく同じ姿。ただ生まれた場所や生きた場所、愛した人や愛してくれた人が違うだけで最期は同じ。
「ちっぽけだな」
風が吹いて爽やかに木の葉が揺れた。
誰もいなくなってしまった球体の世界は何処か寂しい。
「あ……外への脱出方法が分からない。ルギラに聞けば良かったな」
なんて少し困りかけた。
少し抜けているところがサクらしいと言えばそうなのだが、今はそれを補ってくれる人がいない。まぁ、いいかとルギラの小瓶に目をやって「本当にどうやってでようかな」なんて呑気なことを口にしていた。
黒い影とはそんな少しの不安に漬け込む。
――ゆっくりと音もなく現れるもので、まさに今がその時であった。




