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偏愛

 青い空が眩しく思う。

 今日は沢山の事があって、なんだか疲れた。ハル兄ぃとの思い出は幼い頃だけ。

 ニイバルは昔から理解するのに、少し難しい人だったなぁ……そう言えばさっきから頭が熱い……

 

 ブスッ……

 

 サワノの正面にいたサクの頬に温かい血が飛び散って、イルの血で汚れた頬がさらに汚れた。


 何かが、後頭部から顔の右側に刺さったのか?

 

 ――痛みは感じない――

 

 ぐっとそれは右へ引き抜かれる。

 

 ――――ズシャァ!――――

 

 ポツン……ポツン……

 

「っ!?」

 

 サワノの体がガクンと下がる。

 

「あっ……れぇ……(サク、なんだよそのビックリした顔は……らしく……ねぇーなぁ……)」

 

 マハもイルも小瓶にしたし後はルギラにサクのキオクを戻してもらって話を聞くだけ。だったはず。

 ゆっくりと倒れ込むサワノをサクが引き寄せその場に座り込んでしまう。


 ポタ……ポタタ……


「サワノ!サワノ!」

 

 動揺とか、そんなもの通りこし何がどうなってるのか理解が追いつかない。

 だって、右眼が無い……


 ニタニタとルギラが血で汚れた手を服で拭う。

 

「最後の魔石(ませき)はサワノが持ってたんだよね。まぁさぁ、サクに取り入ろうとも思ったんだけど人の事信頼しないお前にどーこー言ったって無駄だなあって思ってさあ。あ!ニイバル様をこの俺が裏切るわけないじゃん?あははははは!」

 

 空を見上げ大笑いしながら、ルギラはサワノの後頭部から引き抜いた、眼玉をぐっと握り潰す。

 ボロロと、眼玉が崩れ落ち中から魔石が姿を現す。

 

「綺麗でしょー?ニイバル様、六つ揃いましたよお!」

 

 ふふふと、命令が全て終わったのか、安堵の表情を浮かべている。


「サワノ、体がっ!血が止まらねえ!」

 

 サワノの体が徐々に黒紅色の液体へと変わり始めていた。

 

「サク……耳……貸して」

 

 微かな声が聞こえた。

 ぐっと……けど、弱々しくサクの耳を引っ張る。呟くサワノの口元へ耳を近づける。

 

「キオク……戻らないと……ここから出……ら……れない。お前……右足首……に……刺青はいって……ねー?」

「確認する!もう喋るな。頼むっ!」

 

 サワノの頭部右側がほとんど無い。止血を試みるが上手くいかない。

 

「……サ……く……その刺青……に触って……そしたら……嫌でもキオク……戻る……か……ら……」

「――っ!」

 

 ふわっと、サワノの手が地面に落ちてそのまま黒紅色の液体に呑まれてしまう。

 空へ舞い小瓶へと形を変える。

 サクはただ、ぼんやり空を眺めるしかできなかった。


「ありゃ、やっと戻りました?ふふ。なんか言ってたみたいだけど。まぁ、死にそうな奴が何ほざいたって関係ないです」

 

 ルギラが地面へと転がった小瓶を拾い上げる。

 

「サク?大丈夫ですかあ?」

 

 小瓶を左右に振ると中でトロンと黒紅色のサワノが揺れる。

 サクの顔を覗き込むがどこを見ているのかさえ分からない。

 

「まぁ、いいか。ねぇ俺の話聞いてくれる?この小瓶ってさぁ、小瓶のままこの球体から出ればまた実体化して、元に戻れるの。まぁ、正確には小瓶に変わっただけで別に絶命した訳では無いんです」

 

 ニヤニヤと笑いながら人の気を逆撫でしているが、サクには届かないようだ。

 

「……。」


「ここは別に異世界でもなんでもありません。ここはニイバル様の創った球体の擬似世界の中。直径イチメートルってとこでしょうか。空気・水・土その他全てが創られしモノ。時間の流れは球体(ここ)も外も同じです。この球体に人を入れ易いように魔術で小瓶にしたんです」

 

 わかりましたか?と言わんばかりの顔。得意げで見下してくる。


(――ここから出て実体化すればいい。要は死んでないって事だよな……じじぃや他のみんなは何とかなるってことか。球体は創られてるって言ったって、俺はここで育った『キオク』があるのはなんでだ?)

 

「ニイバル様はいまこの様子を上で高みの見物、してますよー!二ーバル様あ!見えっまっすーかあ!」

 

 空に向かって手を振って喜んでいる。子が親に手を振るかのよう。

 

「ここに来てまだ数日ですよ?でも……ここで育ったキオクがありますか?」

「――!」

「分かりますよー今どんな気持ちか。そーですねぇ、村長やアルファにやっちゃん」

「みんながなんだって言うんだよ」

「――ねぇ、人のキオクって曖昧だと思いませんか?ただでさえ曖昧なのに、人に弄られたら何が本当だか分からない。貴方の球体外(そと)でのものは書き換えさせてもらってます。もちろん魔術もキオクから消えてます。――ので、貴方の今の力は本来の半分ってところですね」


「あぁ……どうりで……」

 

 妙に納得がいった。

 なんでか魔力が体に馴染まない。その理由はきっとルギラのいう魔力が半分というのが影響しているのだろう。


「んー、サクはまだ自分の置かれている状況がよくわかってないのですかあ?」

 

 ルギラはルギラであって、ニイバル様とやらにいたく心酔している。

 あいつは働き蟻の中ではかなり優秀だろう。せっせと働き、女王蟻(ニイバル)に貢ぐ。俺には到底出来ない代物だ。

 魔石が六つ集まって大満足ってところであろうルギラは、気分がいいのか鼻歌を歌いながら集めた魔石を見ながらここに来るまでの話を一人で永遠とし自分に酔っているのか、心ここに在らずでサクの手元までは見ていなかった。

 サワノの言葉通り『右足首』に目をやると、同じ長さだか太さが違う縦線が何本も連なった刺青が入っていた。

 

(……なんだ、これ。数字まで振ってある……)

「ちょっとお!無視は良くないですよ!」

 

 ブン!

 

「だからね、後は(サク)が小瓶になることって言ってるでしょー?」

 

 ルギラは大鎌を出し攻撃をして来ていた。

 

「あっぶない!まぁ、いいや。サワノを返せよ。その小瓶持って球体(ここ)から出れば戻れんだろ?」

「どうぞ。って渡すわけないでしょう!」

「んじゃあ、力づくだな!」

 

 カリッとかじった先から魔術が出る。

 

蔓棘(ヴァイン・ソーン)

 

 ズズっと音を立てながら蔓に棘が生えそのままルギラに向かって伸びていく。

 

「このトゲトゲ嫌いですっよ!」

 

 ザン!

 

 蔓を切り捨て真っ直ぐにサクに向かう。

 

「っち!(時間が欲しい!)」

 

 ――ザザッ!

 

 サクは地面を蔓で思いっきり叩き砂埃をだし姿をくらました。

 

「小賢しいですね。ケホっ!前が見えない」


 ――たたたたっ!

 

 路地裏へと一旦身を隠したサクは壁によりかかり、息を整えサワノから聞いた話を整理する。

 サワノは確か、『右足首の刺青に触れ』って言っていた。さっき確認した時にあった刺青だが、今のいままでそんなもの気にしたことなかった。いや、むしろ存在すらしていたかどうか……それすら怪しいがとりあえずは気になる。

 

「はぁ。サワノの言ってたことが気になる。刺青に触るんだったよな?」

 

 それから、大きく深呼吸をして――右足首の刺青を摩る。


 ――ドクン!――

 

「ぐあ……っ!ゲホッゲホ!」

 

 目の前が真っ暗になる……苦しい思わず頭を押さえてその場に座り込んでしまう。

 頭が、割れるように痛い頭に流れ込んでくるこれはなんだ!

 

 ――っひゅう!――

 

 大きく息が詰まった。


 ――サク、君は第三王妃の子としてしっかりしないと――

 ――だからこんな子殺してしまえばよかったのよ!――

 ――この毒を飲ませれば魔術なんかでは防ぐことはできないだろう――

 ――なんで生きてるの死んでくれればうちの子が次期大王よ!――


 気が狂いそうになるほどの罵声が頭の中に響いた。それは日常的でいつもそんな陰口が囁かれた。

 毒殺未遂や脅し、内部誘拐なんて何度あった事か解らない。

 この村ではそんな事とは無縁に生きていた。こんな人を恨み嫌うキオクなんて……。

 

 ――こんなキオクなんていら……な……い――

 



 砂埃が収まり視界も良好。

 

「ふむ。サークー!隠れてないで出てきてくださいよおー!もう、めんどくさいなあー!」

 

 しんと静まり返る。辺りを見渡すがサクの姿はなかった。

 

「ねえーえ!(サク)を小瓶に戻してここから出てニイバル様に褒美を貰うんですー!出てきてくださいよーお!」


 ルギラが見えないサクに声を掛ける。

 それは心配ではない。早く戦いに身を置かせてくれと言いたくなるほどの渇望。

 きっとサクの戦いを見たことがある人間にしか解らない。

 その渇きにこたえるかのように、冷たく冷ややかな声がした。

 

「今――行くよ」

 

 路地裏から日陰へサクが姿を現す。

 

「あ!そんな所に……居たんですね」

 

 声のトーンが寒気を誘う。そう、背中ザワつくほど低い声のルギラは初めてだった。

 

 ――カリッ――

 

 何かを噛む音がした。

 サアアアっと血が蔓になり、サクの周りを囲ってヒヤッと冷たい空気が漂っていた。

 風のない中さわっと木々が揺らめいて、葉や鳥がざわつき何かから逃げるかのように飛び立っていた。

 

「お前が誰の腹心とか、まぁそんなんはどーでもいい」

 

 トロンと開いた眼は何も映さず、ゆらっと少し前かがみになり下を向きながら呟いた。

 

「……なに?本気出しますってやつ?魔術半分で私に勝てるんですか!」

「だな。サワノも右手の爪しか使ってなかったもんな。不思議だったよ。ほんと」

 

 ググッと姿勢を沈ませる。

 地面をダン!っと思いっきり踏み込み、走りだす。

 

「血迷ったか!大鎌大連(チェーン)!」

 

 大鎌の刃が鎖に繋がって勢いよくサクへと飛んでくる。

 それを躱しながらドライフルーツの入った袋を空高く放った。

 

「だは!とち狂いやがったか!」

 

 ルギラは奇行と愚弄する。

 

(プラーミア)!」

 

 ――チリ……!

 

 空に放った袋から大量の粉砂糖が空気中にばら撒かれ、それに引火し大爆発が起こる。

 

 ドオオオオオオオンンンン!

 

「ゲホ!ゲホッ!」

 

 熱風がルギラの喉を襲っていた。


彼女(やっちゃん)は甘党なんだよ。だからこれでもかってくらい粉砂糖が入ってる。俺はドライフルーツが食いたかったのに。粉砂糖食ってるのか、フルーツ食ってんのかたまにわからなくなる。まぁ、美味かったからなんでもいいけど」

 

 顔についていた血を拭きながら笑って答える。

 

「んな事知りませんよ!」

「だよねぇー。俺もさっき思い出したよ刺青なんてさあ。しかもバーコードなんて悪趣味よな。俺らをなんだと思ってんだあの大王様(クソジジイ)め」

「……は?じじぃってさっき小瓶にした方ですか?」

「あ?じじぃは球体外(そと)では俺の執事だよ。……まぁ、今回は大王様に感謝だな」

 

 パンパンと服に着いた砂をほろい、訳が解っていないルギラに簡単に説明する。

 

「クソジジィは大王様だよ」

「大王様のことを……それに刺青?思い出したんですか?キオク……を?……なんだ!刺青だと?そんなもの聞いたことない!」

 

 頭が混乱する、だってサクは小瓶になっていない!記憶を取り戻したわけではないのに――

 

「はは。お前敬語どっかいったなーウケる。それどころじゃねーよなあ」

「……!」

「まぁ、刺青のことは俺ら大王様(クソジジイ)の血を引いている者にしか伝わらないし、もし口外しようもんなら呪い殺される。口が裂けても言えない。国家秘密だ。だから詳しくは教えないよ。俺はまだ死ぬ訳には行かないからね」


 バーコード型の刺青にはその人の全てが記録されている。どこで生まれ誰が育てどんな功績を納めたか。魔術はどこくらい物にしてきたか。どう生きているか。

 例えこの国(ハハロクイ)から逃げ出したとしても忘れることなど出来ないように。

 一種の束縛『大王の私物』という呪いが。


「そんな、そんな刺青がある事さえ……」

「なあ、あんたホントにニイバルから信頼されてんの?大切なこと結構教えて貰えてないと思うけど?」

 

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