弟切草
揺れる影はイラついた声でそのまま魔術を唱えていた。
「幹!」
岩亀めがけてツルが伸びてそのまま亀に巻き付き動きを封じ岩亀の頭がピシッと割れた。
頭が割れた岩亀は動かなくなる。
そのまま動かなくなった岩亀を見送った。
「っくそっ!」
マハのイラつく声が辺りに響いた。
声のする方へ眼をやると血まみれになりながら、何かを引きずってこちらへとやって来る影がひとつ。
三人から数メートルほど離れた場所からその何かをマハの前のほうへ投げ捨てた。
ドシャッと地面に捨てられたのは意識のないイルだった。
「っ!」
土煙の中からガスマスクをしたサクが姿をあらわした。
「サワノ、魔術の範囲広げなきゃって言ったじゃん」
首をコキっと傾けながら文句を言う。
その眼は今まで見た中で一番冷ややかであった。
「あら、サク様ですか?」
「サク?お前……キレて……る?(や、そんな事よりもだよ、キオク戻ってないのに普通に球体外と同じような戦い方ってできるもんなの?)」
サワノが話しかけるが完全に頭に血が昇っているのか、サクにはサワノの声は届いていない様だった。
「サク……?なんで……さっきあんなに……ってイルが負けたの?」
「あー負けたってか、もう死ぬんじゃねーの?イルがさあ、キノコからガス発生させてきてさぁー焦ったよ。まぁ、アイツが持ってたガスマスク貰ったから大丈夫だったけどねえ」
そう言いながらガスマスクを外しその辺へ放った。
「にしても、このマスク重たっ」
「ガスを発生って……(イルの大技なのよ?そんなのって……)」
へたっとその場に座り込む。呆気に取られたマハが状況の理解に苦しむ。
「イルがやられるなんて、そんな。だってサクは万全じゃあないってニイバル様が言ってたし、これは暇つぶしだし。あれ……?」
一人ブツブツと何かを呟いている。
サクは、だいぶパニックに陥るマハを横目に次の魔術の準備を始める。
「まぁ、状況は最悪だろうねマハ。さて、次はあんただよ」
ポケットからおもむろに、やっちゃんから貰ったドライフルーツの袋を取り出しモシャモシャと食べている。
食べた袋をきちんと畳みまたポケットにしまう。
「さて。鉄分も補給出来たし。なぁ、マハ。もーいー?村のみんなの小瓶持ってるんだろ?返してもらおうかな」
サクは頭から流れてくる血をペロっとひと舐めし、ニヤッと笑っていた。
「イルがやられてルギラは裏切ってサク側⋯ふぅ」
ブチン……
頭で何かが切れる音がした。
ああ、きっと触れてはいけなかったんだ。
二人が自分の元から離れるなんて思わなかったから。ただ、事実として戦えないやつに用ない。
ましてやキオクがなく本来の力の半分で戦っているサクに負け、さらには忠誠を誓っていたにもかかわらずニイバル様を裏切る奴は仲間でもないし人間では無い。
「サクもルギラも許さない。クソ弱いイルも……」
そう言って立ち上がった先から小さくマハが魔術を唱える。
「裁き」
地面に投げ捨てられたイルの上に、岩で出来た大きなガベルが姿を現した。
「ばいばい」
そう呟いたように聞こえた。
ガベルがイルに向かって振り下ろされる。
――ブン!
「咲」
サクが魔術を発動させる。それは「咲」に気を取られ気づかない程小さく「蔓」でイルの体をサクの方へグッと寄せてガベルの真下からズレていた。そんな事には怒りで気づかないマハはそのままガベルを出していた。
そしてガベルが振り降ろされるが、そこにはイルは居ない。
ガベルが大きな音と共に地面に落ちていた。辺りに土煙が立ち込める。
「なに……が……」
土煙の中、メキッ!と音がした。
風に流された土煙の隙間から何かが見えたが……そこにはあまりにも似つかないもの。
イルの心臓辺り、体内から芽吹き急激に成長した綺麗な花が一輪、咲き誇ってた。
「サクあれはなに?」
「あれは弟切草だよ。魔力の強い恨みの花でね。さっきイルと戦っている時心臓に種を植え付けておいたんだ。イルの魔力を吸いながら合図まで魔力を蓄え待ってたんだ。花咲くその時をね」
ザザアアアアアアアア!
イルの体が黒紅色の液体に変わり、そのまま小瓶へと形を変えた。
サクが蔓を引きイルの小瓶を回収の為手を伸ばすが、それよりはるか早く髪の糸を投げたのはルギラだった。
ルギラの手の中にイルの小瓶が握られていた。
「なっ!」
「あーあ。イルを小瓶にしちゃってどーするんですか?サク様ぁ!」
ルギラの微笑みに混ざる苛立ちがなんとも腹ただしい。言いたいことがあるのであればちゃんと言えばいいものを。
それにサクからすればイルが小瓶になろうが生きていようが別にどっちだっていいわけだ。
小瓶を拾い上げたルギラがサクのもとへ歩みを進め覗き込みながら問いかける。
「何故イルを小瓶にしたんですか?」
キリッと睨みつける。
「は?裏切ったのに小瓶になったら同情か?」
お互いに睨み合うが、サクの方が眼に光が差し込みルギラ本人すら気づくことがない程小さく、後ずさりしていた。
「……邪魔……そのまま持ってろ先にあいつだ」
ルギラの苛立つ顔を手で払い除けハマの方へを足を向ける。
「なんだって言うんだ……出来の悪い部下の処分すら……出来ない」
ゆらっと、マハは更に苛立ちを募らせて次の攻撃へと準備する。
ここで負けてしまえば、球体から出た後ニイバル様に殺されるのは重々承知で。
しかし、今負ける訳にはいかない。球体から戻ってニイバル様に魔石を渡す。ここまでが今回の任務であり、命に代えてでもその任務を果たさなくてはならない。
「石槍」
ジリっと地面にしっかり足をつけ構える。
「俺は平和に暮らしたいだけ。お前らのよくわからん遊びには付き合ってらんないんだよね。幹・刀」
マハに応えるようにサクは地面に手を付きひと撫でし、幹で作られた刀を出現させ同じく構える。
「お前らこそ、何も知らないくせに!」
「知りたくもねぇーよ!」
二人は暫く斬り合いになり、広間は簡単に戦場へと姿を変えた。
「ただ、闇雲に戦っていても意味が無い……マハは戦い慣れているだろうし何もしない訳にも……でも、俺に何が出来るんだ……」
「無理になにかするのは良くないかもしれませんよ?」
「でもっ!」
「まぁ、少し様子を見ましょ?」
力の入るサワノを引き留める。
サワノとルギラはただ二人の戦いを見守る他なかった。いや、入る隙がない。が正解かも知れない。
「俺、サクがこんな風に戦うなんて知らなかったかもしれない」
「そうでしょうね。彼は、歳は若いですがやっぱり王位継承権保持者です」
クンっとマハの足になにかが引っかかる。
「は?(いつ?いつそんなもの出したのよ!)」
地面の草から細い蔓が伸びマハの足を捉えてしなやかに湾曲した蔓が空高くグルンっと釣り上げる。
「ちっ!岩兎!」
岩兎を出そうと試みるが、一瞬ほんの一瞬サクの方が動くのが早かった。
「うっせぇ!」
手に持っていた小刀をマハの掌に突き刺す。
刺さった手をグッと握ったマハが今まで覗かせてきた顔の中で、一番苛立った顔を見せた。
「……私を怒らせないで」
そう言って手が岩へと変わっていくのが見えた。
怒らせるなと言ってたって、悪いことをしているのはマハ達だろ?とサクは鼻で笑っていた。
「怒らせたらなんだってんだよ。俺はずっと怒ってるよ」
そう返し、右手人差し指を唇に押し当てふぅっと息を吐き出す。
「集葉」
と、魔術を唱える。
ザァっと枯葉がマハの顔周辺にゴッソリと集まり一葉づつ蔓に繋がってそのままマハの体に巻き付いていった。
「こんなの何処から!」
ハマの上半身の周りに集まった枯葉でマハが見えなくなる。
「炎弾!」
サクの行動を見ていたルギラが弾丸を撃ち込んでいた。
ドン!ドン!ドン!
マハの顔めがけ炎の銃弾が打ち込まれ着弾した先から火の手が上がる。
「余計な事しやがって」
サクは不貞腐れながら呟いた。
――ゴオオオオオオ!
枯葉が勢いよく燃えあがる。
「うわあああああああ!」
顔からプスンプスン……と煙が出て彼女は紅黒色の液体になり小瓶へと飲み込まれてしまった。
コツンと地面に置かれた小瓶は淋しそうにこちらをみていた。
「……さて」
小瓶を拾い上げたサクは、ルギラの方を見る。
「あとは君だけだ。ルギラ君?」
ルギラに向けられるサクの眼はさっきよりも冷ややかで微笑の中に感情は見えない。
イルが小瓶になった時は怒ったのに、マハが集葉で攻撃された時は手を出してきたルギラに好意は少しも湧かない。
「なぁ、待ってよサク。ルギラはそこまで悪い奴じゃない。ニイバルとは仲が良くても俺はルギラを小さい頃から知ってる。ここへ来る前に俺のキオク戻してくれたんだ」
サワノはルギラと村に来る前のこと……傷を治してくれたこと、ニイバルとは意見が違う事を説明しようとする。
「キオクがなんだよ。今、眼の前で起きていたことが全てだろ。眼玉くり抜いたり、村中の人をこんな瓶に変えてさ。なんでそんなことしてたヤツらが善い奴なんだよ!」
「んな事言ったって……イルやマハを殺して小瓶にしたサクだって同じじゃんか!」
ドン!とサクの肩を押してしまう。
「……」
「アイツらにだって守らなきゃなんない人がいたから、戦ってたんだろ?村の奴ら殺したからって二人を殺したら、そんなんアイツらと同じだよ!」
「……なんだよ、それ」
「サクは、キオク戻ってねぇのになんだよ」
「さっきから、キオク、キオクってなんだよ。俺は皆が大事でその為に守れなきゃ意味ないし、俺の手が汚れたって構わない!」
「その汚れた手で、皆の手掴まえておけんの?レイカの頭撫でれんの?」
「――っ!」
ギリッと唇を噛むサクが悲しそうな顔をした。
「ひとまず、ルギラにキオク戻してもらお?この村がなんなのか、俺らの置かれてる状況がわかんないと、次に進めないだろ?ミュートやテツのことも気になる」
「みゅーと?てつって誰だよ。そんな奴らは、知らねぇよ」
「サク……ミュートとテツだよ?あんなに仲良いじゃねーか。忘れたままってのは可哀想だろ?」
「んな事言われても、知らねぇし」
「怖かねぇよ、忘れてるのは魔術のせいだし、思い出したら今の状況わかるし。ね?キオクもどして貰お?」
ふっとサワノがサクに微笑んだ、その後ろでルギラが笑う。
「そうですね」
と、涼やかに寒気がするほど冷たい声が囁いた。




