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#8-2 “物語は、終わった。” (完)

 金切竜を共に討ち取ったことを慶するための戦勝祝賀会には、勿論オーク兵も招かれてはいたのだが、それは参加を希望する者だけのことで、殆どの者は眠らずの砦さして竜の遺骸の一部を持って帰ってゆき、人間の文化に興味を抱いていたり、“お嬢”を見直した幾人かの戦士が言祝ぎに来たりと、従来のフル=オーク族からすればいくらか奇特な感性を持った者だけが、副将軍主導の元アメンドース領内に残っては来会していた。

 事情や真相を知らない人間からすれば、これほど不審な賓客ゲストもなかったことであろうが、一応和睦の状態は続いていた上、竜退治の一件や第二王子を救うことに結果として協力したことも事実であり、表立って排斥しようとする者は、例え一時睨み合っていた騎士の中にも一人として現れなかった。

 むしろ金切竜が無事に退治されたことで会場の様子はどこか華やいで、飛竜の襲来前に行われていたどの集まりよりも、歓迎と肯定に満ちた雰囲気に包まれていたほどである。

 公王の指示の下、率先してアメンドース領内の特産品や珍品の類を、その副将軍率いるオークの戦士たちに紹介していたインミークは、彼らが特に酒を好むことを知ると、自作の葡萄酒や単式蒸留機ポットスチルで作られた“命の水”を振る舞い、共に戦勝を祝って無礼にも先に始めてしまっていた。

 かと思えばその隣に並べられた食卓では、牢の中では喉にパンの欠片すら通せなかったニィルボグがものすごい食欲を発揮して、消費した体力を鋳塊のようなローストビーフと焼き立てのトーストで満たしては、さらにクリームを厚く塗ったパンケーキを放り込んで紅茶で流し込むと、そこでようやく腹が落ち着いた王子妃は、王太子の用意した“葡萄の女王”をつまもうとする。

 「ひゃっ、なに―――」

 だが彼女はその折に、足元にあたたかく柔らかいものが通り抜けたことに驚き、手に持つ房のうちの一粒を取りこぼしてしまった。その正体である、焼き立てのパンに尖り耳が生えたかのような仔犬が、目の前の緑色の宝石に鼻先を近づけたとき、慌てて一人の騎士が“言伝”を守るために駆け寄ってくる。

 「あっ、こんなところにいたのかまったくッ。それはお前には食えんのだ、ほら」

 走り寄ったミメイトが、落ちたマスカットからコーギー犬の子供を引き離すと、王子妃へ深々と礼をして罷り出ていった。それと入れ代わるように、すっかり鎧を脱いで着替え終わったネルドゲルが、確かめるような足取りで娘に近づいてくる。

 「一房貰おうか」

 その言葉を受けたニィルボグは、食卓の上にまだ山とある緑色のブドウを一房取ると、そこでちょっとしたいたずらを思いついて、招くような合図をした後、手に持つそれに父の顔を近づけさせると、そのまま彼の鼻を指で軽く弾いた。

 「むぉッ」

 まさかそれが当たるとは思っていなかった彼女は、慌てて鼻先を少し赤くしたネルドゲルへ顔を近づける。

 「あっごめん、痛かったかな……具合でも悪いの、今のを躱せないなんて」

 「いかんいかん。気が緩んどったわ、お前たちが竜をとっちめたのを見届けたからかもしれんなァ……これでわしの鼻に一発入れた“戦士”は、お前の爺さんを入れて二人目じゃわい。今日のあれは、とてもイイ戦いっぷりだったぞ」

 いつもと比べてどこか生気にかげりを見せ、その姿が頼りなく思えたニィルボグは、芋づる式に出てきた別の不安を父に問いかけて解消しようとした。

 「……ねぇあの時、大将軍を辞めて責任を取るって言ってたけど、具体的にはこの後どうするつもりなの。エンゾルカの指示でここまで攻めてきたってことは、またこういう事が起きるって状況になったりしないのかな」

 「……“族長”とお呼びしろ。あの御方には慈悲を乞うつもりではあるが、共に竜を屠った実績を、こうしてアメンドースと築き上げたのだ。わしが最初から人間側に族長の存在をキチンと明かしておれば、こうも事態はねじ曲がりはせんかったじゃろうが、あの方も頼みの飛竜がいなくなった今、表立って事を構えることもあるまい。指導者がわしでなくなった後、人間に対して我が一族がどのように振る舞うかは見当もつかんが……まあ、あいつに任せておけば問題あるまいて」

 酒盛りに興じている副将軍を横目に見ながら、大将軍を退いたネルドゲルは娘にそう答える。まるで全てが終わったかのように肩を軽くしている父に、どこかその様子を寂しく思ったニィルボグは、そこから自分自身を元気づけるように親子の会話を続けた。

 「平気よね、だってその……あの巫蠱の女たちが、おっ父を悪くするハズないもん。ほら、食べてみて。これとっても美味しいのよ、エイミリンって友達に教えてもらったの」

 改めて葡萄の女王を娘から手渡されたネルドゲルは、大口を開けて豪快に房ごとかぶりつくと、歯で丁寧についている実だけを濾し取りながら、ついには空になった枝芯だけを取り出してみせる。

 「ほーぉ、これが葡萄というものか……さっきミディクラインから紅茶を振る舞われたが、それとよく合いそうな甘さだな。うむ、いいものだコレは……あの茶の味も良かったなぁ。わしが前に淹れたのとはなんだか、比べるのも恥ずかしいほど段違いの味わいじゃった」

 頬張ったマスカットを種ごと飲み込んだ父から、紅茶の話題が持ち上がったのを聞いたニィルボグは、ふと夫から振る舞われたそれの味を思い出して、自慢するかのようにまくし立てだした。

 「あの人の……王子が淹れたのはね、もっと美味しいのっ。今度一緒にいただきましょうよ、みんなで一緒に集まって飲むのよ。こっちではねっ、お茶とお菓子を食べる時間があって、それを知らせる鐘が昼下がりに鳴ってくれるんだ。淹れ方に種族の違いはないってあの人が言ってたから、きっとおっ父も美味しい淹れ方を、その時に教えてもらえるハズよ」

 「ングフフフ、それが出来たらさぞ面白いだろうな……いい旦那さんを持ったな、ニィルボグ」

 微笑みを咲かせた娘が大きく頷いたのを見て、万感の思いにかられたネルドゲルは、ふと彼女の後方へと目を移す。そして会場の入り口から第二王子が、何とか“間に合ってくれた”のを己が目で認めたこの大オークは、そのことをニィルボグにそれとなく視線で教えてみせた。

 「あっ、帰ってきたわ」

 より一層の笑顔で振り返った彼女は、夫を迎えに行きたい気持ちを一旦こらえ、もう一度父の方を向き直ってその懐に近づくと、そのままお互いの腹を擦り合わせる。ネルドゲルは陰腹の痛みをおくびにも出さずにそれを肯うと、ニィルボグにこれまで見せたことのない、心許ない物憂げな面持ちでこう問いかけた。

 「はじめは強引に事を進めてすまなかったと考えとったが、お前のその顔を見れば、これで良かったとも思えてくる……だがニィルボグ、敢えて親として訊かせてくれ。どうだ、今お前は幸せか」

 「うん、幸せ。大好きよ、あの人もおっ父も」

 何の間も置かず即答した彼女を見たネルドゲルは、ここでようやく生まれて初めて、一人の親としての安心を得たのである。

 「そうか。よかったなぁ……よかった」

 「それじゃ行くね。あの人と一緒に、この宴の挨拶をしなきゃいけないんだって。絶対見逃さないでよねっ」

 娘が自分の目の前から離れていく光景に、いよいよ暗がりが差し掛かってきたこの大オークは、それでも晴々しい表情を浮かべて舞台の方へと身体を何とか向け直すと、そのまま貴賓用の丸椅子スツールに腰掛けて目を閉じた。


 祝賀会場に到着した後、すぐに舞台の階下まで案内されたボギーモーンは、恭しく迎え入れてきたニィルボグと共にそこへ上がろうとすると、その前に待ち構えていたエインビィ夫妻が、竜退治の武器をそれぞれ差し出してくる。

 「失礼いたします殿下、そして……王子妃様も、こちらをお受け取りください」

 「さあ、今日という日はお二人のためにあるのですわ。竜をも討ち取ったその勇姿を、この宴にてもご披露くださいませ」

 ルクスとエイミリンから騎槍と長槍を手渡された二人は、さらに子爵夫人の弟が運んできた銀盆に乗せられた杯をその手に受け取ると、階段を上がって舞台の上から会場を見渡した。すっかりと空気が暖まっていた景色の中、会場の耳目を集めていた第二王子は敢えて、戦場で犠牲となった者たちへの哀悼と謝意をこの場で捧げて、鎮魂の黙祷を行う。

 そして改めて堂々と、この勝利を分かち合うための美酒を掲げ、素顔のままで乾杯した。

 「これからもどうか、よろしく頼むぞ。ニィルボグ」

 ボギーモーンがおもむろにぽつりと、妻の頭上に得物を掲げて呟く。

 「ありがとう。どこまでも連れて行ってね、あなた」

 ニィルボグはやわらかく笑いかけると、長槍を夫の騎槍に沿わせて筋交いにした。

 今や城内の誰もが、混じり気のない敬意をもって竜殺しの騎士団長と、その妻である王子妃を祝福していた。そしてそれぞれ槍を携えた二人の姿は、まるで“牙の生え揃った猪”のように勇壮であったと、そののちの葦原には伝えられている……。

これにて本作は完結となります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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