#1-2 “探索からの帰還”
背中に矢の突き刺さった者も数名いたが、ボギーモーンたち七騎の騎士は欠けることなく、枝葉の帳を貫くように森を駆け降りてゆく。道とも呼べぬ下り坂の遠くに出口が差し掛かってきたというところで、ネルドゲルの鳴らした二回目となる撤退の合図が一行の耳に再び聞こえてきた。
「流石ですな殿下、結果としてあのネルドゲルを退けましたぞ」
「ヤツは私のことが狙いだと言った。それならば何故撤退する……この命ではなく、何かを見極めることが目的なのか」
騎士団の中でも一二を争うほどの長身を活かし、追い打ちの矢から王子を庇ってそれを浅く背に受けたハイユーズに、ボギーモーンはつい気がかりにしていた事を漏らしてしまう。
「殿下は我らが命に替えてもお護りいたします。それに彼奴らは既に、貴方の強さと鋭さを思い知ったではありませんか」
「そりゃそうだ。あの戦いは実に見事でしたからね」
「きっと詩人がいい詩曲に仕立ててくれますよ」
ミメイトとその部下が緊迫した場をほぐさんとして、王子が立ち回った先の戦いぶりを称えた丁度そのとき、騎士たちはブナの森を抜けて起伏した掘割へと突き進んだ。その水位が浅いところを選びながら輸送路を目指して坂を登るというと、進行方向や更にその先の輸送路の上に、岩石群が姿を見せ始める。つい先程隠された高台からネルドゲルが放たせたそれらは、正確に通行路を満遍なく塞いでしまっており、馬車はおろか一頭の馬が通り抜けるにも困難なほどの悪路へと変わり果ててしまっていた。今やその道とも呼べぬ道には人間の姿もオークの姿も骸の欠片一つすら確認できず、ボギーモーンたちは改めて実況見分を行う必要に迫られる。
ほぼ損失のないミメイト率いる三騎が、それでもなんとか隙間のように空いている道を見つけて検証を行っている最中、若干の負傷をみたハイユーズたちの受けた矢傷は、引き抜けるものはそうした後に消毒し、出来ないものは矢幹の部分を切り取るなどして、ボギーモーンもその応急処置に加わって施術していく。しばらく後、ミメイトたちが敵味方ともに投石による損害を受けてはいないこと、しかしながら通行は極めて困難であり除去にも人員と時間を要することなどを報告した丁度その時、彼方から馬煙が一つ、騎士たちのもとに迫ってきた。
「よくぞご無事でした殿下、ここはミメイトたちに任せてお急ぎあれ。アメンドースの領内にて火急の事態でございますッ」
馬具や自身の武装をできるだけ解き、早馬の伝令として役割を変えた亜麻色の髪のルクスが、ボギーモーンたちに近づくなりそう言い放つ。
「おお、ルクスか。何があった……私も武装を解くから、その間に説明せよ。お前がここに到着してからの情報でいい」
近衛長が武装を無意味に解除することはないと、ルクスに対する信頼を厚くしていたボギーモーンは考えていた。敵首領直々による撤退の号令が出された今、もはや戦闘はあるまいと彼は荒駆の馬具を除いた防具を外しにかかり、それに続いてミメイトたちも王子の武装を解く手伝いにかかる。
「はッ。私どもが三騎でここに到着しましたところには、既に落石群がこの道を妨げた後でした。しかしながら第三小隊は殿下の放った警告の一石を彼方に見て立ち止まり、丁度落下地点の手前で投石による難を逃れていたそうです」
「おお、流石は“片牙の猪”」
「敵の仕掛けで警告を促すとは見事ですね」
他の騎士達は感心したようだったが、ボギーモーンはマズいことをしたとも思っていた。
(想定より小隊の足が早かったな……時と場合によっては、部下たちの真上に岩を降らせる瞬間になったのかもしれないわけか。ネルドゲルは櫓の物見からその機会を知らされるはずだから、それよりはと賭けに出たが危ないところだったな)
「我々はその部隊と合流し、道を塞がれたことで逆にオークどもから背後を突かれる心配なく、殿下のご命令を遂行することが出来ました。四輪馬車のいる地点まで戻りましたところ、他の小隊も敵部隊に対する追撃をほぼ完遂しておりましたが、オークの撤退ぶりが奇妙に早いことを口々に言う者がおりました」
「そうか、やはりな。どうやらネルドゲルも今回は、物資の簒奪が目的ではないと言っていたし……」
「……なんですって」
明らかに表情の曇ったルクスを見て、ボギーモーンは彼の前でこの仇敵の話題はしばらく控えるべきであろうと判断する。王子は敵首領の思惑に対する考察をやめ、頭を切り替えて近衛長のもたらしてくれる報告に集中することにした。
「悪いが、この話は後にしよう。今は報告を続けてくれ」
「……はい。ともかく三つに分けられた部隊は再び一つとなり、こともなく撤収する運びとなったのですが、その帰還の折輸送隊にいた野伏の一人が、彼方の領内より黒煙が幾筋ものぼっているのを確認したのです」
「煙だと。工廠や精錬所からのものではないのか」
王子の問いに近衛長がかぶりを振ると、一同に動揺が広がった。鎧を脱ぎ終えたボギーモーンは眉をひそめ、荒駆の馬鞍以外の武装を取り外しつつ、ルクスの続ける言葉を待つ。
「彼から遠眼鏡を借りるといいますと、それで我が国へと焦点を合わせた丁度その時、城塞の内側から“大きな影”が飛び立つのを見たのです……それは溶けた金属なのでしょう、まるで火花を落とすようにそれらを体中から振り散らしながら、翼を広げて“銀山脈”の方向へと飛び去ってゆきました」
ボギーモーンはそれを聞くが早いか荒駆に飛び乗り、先の近衛長による発言より遥かに騎士達の心胆を寒からしめるその報告に、念を押すように、そして祈るようにこう問いかけた。
「それは一体、どんな竜だったのだ」
ルクスは王子の帰還の準備が整ったと見るや、自身の馬を荒駆の隣に揃えて、目線を帰路に合わせてこう答えた。
「はい殿下、間違いありません……“金切竜”です」
次回投稿は11/15中を予定しております。