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#7-2 “勇気ある者への試練”

 もはや飛行能力を十全に発揮できなくなった金切竜は、自身から翼を奪った者と、自身の逆鱗に触れた者との接近を感じると、油断や慢心の一切を振り払って獲物を狩る獅子にも似た構えを取った。

 側防塔を背にしたこの竜を正面にしてニィルボグが立ち、首元を傷つけた右側面をボギーモーンに譲ったのは、無論撃突騎槍の一撃を夫に決めさせやすくするためである。

 (痛かろうな……私と妻と、騎士団のみなでようやく開けた一穴だ。いつまでも勝ち続けることなど出来んということを、その死をもって学ぶがいいぞッ)

 更なる逆鱗への一撃も含めて、この猪武者の接近を恐れた火吹きトカゲは、まず彼によって自身にもたらされる脅威から排除しようとした。ほとんど一直線に傷口目掛けて突っ込んでくる王子に対し、飛竜は金切り声をぶつけて特に荒駆を怯ませてはその疾駆を止める。耳の良すぎる王子妃も同様に、ほとんど真っ向からこれを浴びたのでは長耳を塞いで凌ぐほかなく、夫に対する補助や援護は不可能であった。

 そのまま尾棘を立てた金切竜はその場で旋転し、馬ごと薙ぎ払おうとボギーモーンに尾撃を仕掛けていく。だがこの時その場の誰もが、およそ予測のつかなかったであろう救いの手を、片牙の猪に対して差し伸べてきた。

 “弩砲”である。

 しかも誰かの撃ち込んだ長槍によってではない。まったくの“弩砲の台座そのもの”が、塔の縁から崩れ落ちることで直接、飛竜の頭上に落下したのだった。

 “それ”は金切竜が四方八方に火炎弾を撃ち込んだ際、その内の一発が側防塔の縁に当たって鋸壁を崩落させ、ニィルボグが奮戦した際による衝突の折さらに台座周りの礎石が緩み、その上縄索によって弩砲の台座がそれと繋がった翼膜の千切れた時に引っこ抜かれて、挙げ句この竜が放った咆哮による振動が最後の原因となって屋上まで伝わり、結果としてその元凶自身の頭上に落下してきたのである。

 (もらったッ)

 威嚇の止んだ隙を王子妃は逃さなかった。

 彼女は弾かれたように姿勢を低めて突っ込みをかけると、土埃の立ち込める竜の脚元に滑り込んでは潜り抜け、喉元の下まで一気に詰め寄るが早いか、槍先の狙いをそこに定める。

 再び逆鱗を突かれることを恐れた金切竜は、取るものも取り敢えず脚を大地から撥ねつけて真横に跳び上がったが、結果これはニィルボグの演芸に一杯食わされることになった。彼女はそのまま得物を返して石突きを地面に引っ掛けると、棒高跳びの要領で天高く舞い上がっては、再び金切竜の首筋に脚を引っかけ馬乗りになる。

 空中で受けた痛打を思い出したか、半狂乱になって王子妃を振り落とそうと暴れ回る火吹きトカゲは、そのせいで体勢を充分に整え直した猪武者の再接近に気がつくのが遅れてしまった。

 「今よッ」

 「けぇあッ」

 ニィルボグがかけた合図と、王子が突進による勢いのまま、騎槍をその首筋に突き立てる瞬間はほぼ同時であった。今度は完全に杭打機と王子妃とが開けた傷口に、愛槍の穂先を叩き込むことに成功したボギーモーンは、そのままトドメの一撃を食らわせるべく、笠鍔内の引き金に指をかける。

 だが狂気に駆られたこの飛竜の反応速度は、その時に関しては常軌を逸していた。いきなり鎌首をもたげながら発狂の咆哮を誰へともなく轟かせた金切竜は、そればかりではなく同時に口から毒気を撒き散らしては旋回し、またしても怯まされた王子妃を首筋から、王子を騎槍ごと荒駆から引きずり下ろして、再び開いた傷口から血しぶきを上げながら、さらにその“見えざる燃える霧”の濃度を高めていく。

 「離れろォッ」

 その予備動作の意味を今は理解しているボギーモーンは、あと一歩のところで引き抜かされた騎槍を毒気の中に突っ込んで、握り柄の端を地面の段差に立てかけ、懐から出した予備の弓弦ゆみづるを笠鍔内の引き金にゆわいつけると、自分の言葉に疑問も持たずに飛び退いたニィルボグを確認したのち、その端を持ちながら荒駆と共に走って距離を取る。数人分ある弓の弦はそれなりの長さを持ち、彼らが爆風による直撃を避けることの出来る限界線まで、そのたわみが張り詰めることはなかった。

 充分に離れた王子が遊びをなくした弦を思い切り引っ張ると、その先に繋がった引き金が引かれて騎槍の爆裂機構に連動し、穂先が短く撃ち出された時に開かれる排熱口から散った火花が、毒気に燃え移って金切竜が着火する前にその身を爆風に包み込ませた。

 「うわッ、あの人がやったことなの……」

 (おのが炎で死すというなら、それも可也かなりであろう)

 二つの方向から炎熱に呑み込まれる飛竜を油断なく見つめていたニィルボグとボギーモーンは、不意に逆風が爆心地目掛けて上昇していくことを感じ取って、その真っ只中から巨大な影法師が飛び上がり、四つの翼で気流を掴むと凧のように舞い上がっていくのを認めた。

 (なんて奴だ、ほとんど効いていない)

 実際この飛竜が自爆で受けた被害は、剥き出しになった傷口と翼膜の表面を少しだけ、そして一番大きなものでも、毒気を出している最中だった口内への爆炎がせいぜいである。しかしながらこの竜がいくら声を出そうとしても、空中で喉をえずかせるばかりになっており、それはこれから自由に威嚇のための金切り声を出せなくなったことを意味していた。

 その代償として王子の片牙ともいえる騎槍は、爆発に反応した衝撃で排熱口から穂先までが先割れしたようになって使い物にならなくなり、それを見た彼は抜剣して、金切竜の降下を待つ妻に呼びかける。

 「ニィルボグッ。あの爆風の後、しばらくコイツは火を吐けん。しかも喉をやられて上手く喚けないようだ。オマケにもう飛び去る力も残ってはおるまい……たたみ掛けるぞッ」

 ボギーモーンが再び荒駆に跨がり、ニィルボグと共に最後の一戦に臨むべく、もはや風を掴めず舞い降りてくる飛竜に対して身構えていた時、先の気化爆攻撃を上回る衝撃が突如、幕壁の奥にある第二城壁から振動とともに足元へと伝わってきた。

 「ここで来たか……的確じゃないか、腹立たしい」

 ようやく側防塔からひょっこりと顔を出すことのできたミディクラインが、わずかに眉をしかめてぼやいた。ネルドゲルが“竜を殺す手”を使い、第二城壁を打ち壊してきたことをさとったのである。それと同時に、塔の中から監視を続けていたミメイトが出入り口まで下りてくると、貸し出された遠眼鏡を君主に返却しながら報告を始める。

 「北東から青の狼煙が上がりました、しばらくすれば援軍の加勢が望めそうですッ。その伝令もじき、こちらへ到着する頃かと」

 「インミークの部隊か。お前の部下が奴に知らせたんだろうが、こちらの被害状況が分からんので悠長だな。早馬はここまで登ってこれまい、今道をフル=オークが潰したからな」

 公王は王太子の意を肯う合図の、青い狼煙を上げる手筒花火を取り出すと、その発煙弾を天に向けて打ち上げた。

 (だがおそらく間に合わんだろうな。また打つ手を失ってしまったか)

 完全にボギーモーンとニィルボグの二人に目標を定めた金切竜がいよいよ降下してくるのを見たミディクラインは、今出ては足手まといになる上巻き添えを被ることは必定と判断し、踵を返すや塔の中へと再び引っ込んで、階下へ駆けつける機会を伺ってゆく。

次回投稿は12/9中を予定しております。

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