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#6-3 “想いを届けるために”

 片牙の猪が風のように下中庭を抜けて早くも斜路に差し掛かったとき、第二城壁の裏手から、聞き覚えのある進軍太鼓が迫るのが聞こえてきた。

 (アレは……ッ。おのれ、このクソ忙しい時に)

 幾度もそれと対峙してきた王子には、その正体を見間違えようはずもなかった。鋸壁の合間から僅かちらつくその燃える三日月の旗はまさしく、ネルドゲル率いるフル=オーク軍のものである。彼らの作った隊列を目で辿ると、それが第三城壁の方向まで伸び上がっているのを知った片牙の猪は、ついに同盟から最悪の状況下で裏切られたことを悟ったのだった。

 それが分かるのとほぼ同時に、背後から迫る蹄の音がボギーモーンの耳に届いてくる。彼が振り返ると武装を外された斑毛の兵馬が、その背に“二人の”人間を乗せて追いすがろうとしているのが目に認められた。

 「殿下ァッ」

 馬に乗っていた内の、一人の騎士が呼び止めてくるのを聞いた王子が荒駆に停止を促すと、いよいよ追いついてきた両者の正体が彼にも分かった。

 「ミメイトか、それに―――」

 ボギーモーンは驚愕させられた。鞍に跨っていた者の一人は近衛のミメイトで、早馬で駆けてくるのも理屈の分かりそうな話だったのだが、彼の前に身をかがめて小さく乗っていたのはなんと、エインビィ子爵夫人その人だったのである。

 彼女は何やら後生大事そうに敷布にくるまれた“長物”を抱えており、野猪の鎧を目の前にするとようやく深刻そうな顔を僅かに和らげた。

 「ああ、良かった。ミメイト様にもお急ぎいただいたのですが、やはり追いつけないかもしれないと思いました……」

 「奥方ッ、分からない貴女ではないでしょう。ここはあまりにも危険です、何故避難指示に従わなかったのですかッ」

 今更言っても詮無いことだと分かっていながら、ルクスのことを思うと王子はそれでも咎めずにはいられなかった。エイミリンもミメイトに一礼して馬を降りると、その包みを胸に抱えながらボギーモーンを真っ直ぐに見上げて向かい合い、そして不安の募った面持ちでこわごわ訊ねる。

 「あの人は……ルクスは生きておられますか」

 「父上がお救いになりました、未だに信じられませんがね……さあお早くッ。フル=オークのことをお知らせに来たのでしたら、既にこの目で見ておりますゆえ」

 「いいえ、その前にこれをっ」

 子爵夫人は少し重そうに携えていた“長物”を、捧げるように片牙の猪に差し出した。それを空いた手で受け取ったボギーモーンは、丁度今から政務室まで取りに行こうとしていたものを、その手にしたことで驚愕させられる。

 「奥方ッ、しかしこれは……」

 「はい。これを身勝手にも持ち出したる罪科には私、どのような罰もお受けいたしますわ。ですが殿下、今より貴方様が向かう先には、“これ”が必要かと存じ上げます」

 王子にとってはまさしくその通りであった。

 エイミリンはその後も何度か地下の牢室へ顔を出したのだが、肝心の面会対象にはそっぽを向かれ、再び料理にも殆ど手をつけない状態に戻ったまま、時間だけが過ぎてしまった。そこで彼女は自分に初めて出来た友達のために、決戦前夜のどさくさ紛れに第二王子の政務室に忍び込み、玉案を背にした壁にて撃突騎槍と筋交いになっていた“それ”を持ち出して、その者が囚われている牢まで送り届けようとしていたのである。ところがこの子爵夫人はそれを敷布に包んで、収容所に向かっていたところをうっかり守衛に見つかり、そのまま王太子の荘園まで、インミークの部隊に護送されてしまったのだった。

 しかし今の日に金切竜が襲撃してくると、その旗色がどうにも悪そうな予感に駆られたエイミリンは、その長物を携えてはこっそりと抜け出して、城下町の目抜き通りに差し掛かったところで、早馬で駆けてくるミメイトを見つけると強引に引き止めて合流したのである。

 「何故このような事を……まさか、あの収容所の一件を受けてのことですか」

 「私、殿下の政務室で開かれた会議に参加した時に、殿下の愛槍と筋交いになっていた“それ”を見てしまったのですわ。その時知ったのです、あの御方に対する殿下のお気持ちを……それがあの日、お二人がすれ違ったままになってしまったのが、私とても―――」

 彼女が話しながらその瞳に涙を湛えていくのを見て、どうにも嘘とは思えないその振る舞いを真っ向から見つめていたボギーモーンは、詮索や真偽を確かめるような時間がないことを鑑み、また右腕である近衛長の配偶者を騎士として信頼して、この時にあっては己が手に“それ”が握られている幸運に感謝することにした。

 「……今は理由は問いませぬ、ですがどうかこちらへお乗りください。もはや城下や荘園も安全とは言えない以上、城内におられるのが最も無難です。私が収容所までお運びいたしますゆえ、そこからは守衛とともに城門へとお急ぎあれ……ミメイトッ」

 騎槍を握る腕に長物をも抱えた王子が、空いた手を子爵夫人に差し出しながら近衛に命を飛ばす。

 「はい、殿下ッ」

 「今は下中庭にて父上が指揮を執っておられる。フル=オークのことは火吹きトカゲを片付けてからどうにかするぞ、お前も第一城壁の側防塔へと登り、陛下にすべき報告をしたのちには竜退治に参加せよ。とにかく人手が足りんのだッ」

 「はッッ」

 念願だった参戦の許可を得て騎士として鼓舞されたミメイトは、エイミリンをも乗せた荒駆と早馬の頭を揃えさせ、二騎揃って城壁にある関門目掛けて、石積みの斜路を駆け上がっていった。

次回投稿は12/6中を予定しております。

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