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#6-2 “荒れ狂うもの”

 大空を駆ける自由を取り戻した金切竜が、自身を罠にかけた人間どもを見下ろすと、しゃがれた喉を震わせて、鉄筋がねじ切れるような咆哮を再び眼下に浴びせこんだ。

 その錆びた歯車が軋むような不快な音声に、それを聞いた騎士のことごとくが鳥肌を立てては耳を塞いでかがみ込み、特に近くで聞かされた弩砲の部隊は、それ故に階下に吐き散らされる吐息に対する反応が遅れたのである。

 狂ったように喚き続ける金切竜に、耳元を抑えながら活路を見出そうとしていたボギーモーンは、ふと嗅いだ空気の臭いに反応して、無駄だと分かっていても周囲にそれを知らせようとした。

 「毒気だ、吸うなァッ」

 王子の叫びは誰の耳にも届かなかったが、ハイユーズ含め勘や嗅覚の鋭い者にはその振る舞いが理解できたようで、騒音の中ままならない身体を何とか低めながら、姿勢を落とす仕草を周りに伝えていく。

 (火も点けていない息吹をそのまま吐きかけたということは、広範囲に渡って毒素を撒き散らすのが目的というよりも、むしろ一筋の火柱では効率が悪いと見ての、何らか別の予備動作なのではないだろうか)

 ボギーモーンの推察通り金切竜の咆哮は、ただ絶叫して小さきものたちを怯ませるだけが狙いではなかった。同時に自身の体内にある二つの毒袋からその成分を混合させて無色透明な瘴気にし、それを壁垣に囲まれた空間に吐き散らすことで、その一帯に毒気をバラ撒いたのである。この混合気は可燃性でありしかも空気より重いため、それ故に王子たちの取った行動は、敵の生態を完全に把握していなかったとはいえ大きな失態であった。

 言い換えれば階下の騎士たちは、液体の燃料を巨大な霧吹きにかけられたような状態にされたのであったが、叫声を止めた金切竜が再び鎌首をもたげて大きく息を吸い込んだ折、時既に遅くもその意図に気づいたボギーモーン達は、這々の体でその場から離れようとする。

 「退却だッ、少しでも距離を取れ―――」

 しかし間に合わないと悟ってか、打擲鎚の残骸すぐそばに大きな弾孔クレーターを見つけたハイユーズが、そこへ咄嗟に王子を引きずり込んでは飛竜を丁度背にするように覆いかぶさり、騎士団長に最後の申請を願い出た。

 「殿下ッ……あの仔犬にはブドウやネギの類を与えないよう、引き取り手にはお伝え下さいませ」

 「……ハイユーズッ」

 ボギーモーンのこの叫びと同時に、金切竜は自身の瞬膜を下ろし開いた口の内側で火花を散らせた。

 その星火は燎原のごとく竜の眼下へと拡がって、広範囲に気化させた毒気を爆発的な勢いで熱気に変えながら、天地を問わない表層のことごとくをなめ尽くしていくというと、上昇した気流によってたちまち空気が爆縮したように中央に集まっていき、最後には“騎士だった者たち”の黒炭を、いくつも残しただけの不毛地帯へと変えてしまった。

 「……ハイユーズ、ああ……クソっ」

 王子に覆いかぶさって爆風の壁になった彼の背は完全に炭化しており、騎士団長がまるで影法師となってしまった近衛を抱えながら起き上がろうとすると、その身は古びた藁人形のように崩れ落ちてゆく。

 既に次の攻撃対象を階上の壁垣へと移していた金切竜をめ上げながら、身を盾にしてくれた近衛の亡骸をその場に横たえたボギーモーンは、戦場から幸運にも遠くへ離れていて無事だった騎士たちに駆け寄られながら、あらゆる感情を今は排して自分自身にすら指揮系統を取り戻さんとする。

 「生焼けの者もいるだろう、その者たちの介抱にあたれ。それから“あれ”は……私の騎槍はどこにある」

 「それは工廠に……まさかやり合うおつもりですかッ。見たでしょう、お一人では無謀です」

 「……一人ではない」

 王子が怒気をも鎮める冷徹な目線を一転地上の惨憺たる光景へと移すと、その奥からは既に幾筋もの馬煙が近づいていた。それは杭打機から切り離された後、そのまま駆け出したことで難を逃れた兵馬たちである。その先頭を駆けてきた荒駆は、無事であったボギーモーンと通じ合った瞬間に、背を低めて加速をつけた。


 金切竜の興味は、既にいくつもの槍を撃ち込んできた壁垣上の弩砲に移っていた。

 ようやく叫声が鳴り止んで、階下の惨状に奮起した騎士たちが再びその翼に風穴を空けるべく照準を定めようとするものの、飛竜は一番端に設置されていた装置を、そこにいた騎士ごと後ろ脚で鷲掴んでは鋸壁の縁をも巻き込んで共に粉砕し、その奥で縦列に並ぶ弩兵に対しては、もう一度金切り声をぶつけて牽制する。

 その壁垣上にある通路の丁度中央にいたルクスは、再びかき乱してくる音声から耳を塞いで庇いながら、今の瞬間に火炎を放射しないことに僅かな違和感を覚えた。

 (体内から再び毒気を出すためには、それなりの時間を空ける必要があるらしいな)

 火を吹くのにも一定の間隔が要ることを見抜いた近衛長は、下に着ていた服を千切ってその亜麻布リネンを口に含むと、更にそれを二つに分けて耳栓として両耳に詰め込む。

 叫声をひたすら放ちながら、遠方から射掛けられた矢を雨粒のように弾き返しつつ壁垣を進撃していく金切竜は、自身の威嚇にも怯まずに砲門を向けてくる弩砲の存在を確認し、その撥条ばねを引き終えたルクスとも目が合った。火吹きトカゲはもう一度牽制の咆哮を彼にぶつけるが、今度は竜が悪手を打ったことになる。近衛長は剥き出しの耳なら気をやるほどの不快音を何とか耐えつつ、構わずそのまま金切竜の真正面へと長槍を撃ち込んだ。

 「獲ったッ」

 彼の放った槍は矢羽根を回しながら完全に飛竜の口内を捉えていたが、はたしてその軌道が喉元まで届くことはなかった。金切竜は飛んできた槍の穂先を、鮫の口を思わせる無数の牙を持った顎で難なく噛み砕いて吐き捨てると、その勢いのまま跳び上がって得物に狙いを定めたふくろうのように、ルクスへと四つの翼を広げては襲いかかる。

 (あり得ん……エイミィ、済まない―――)

 だが彼が自らの死を本能から確信したとき、その広げた翼の内の一つに、右後方より長槍が飛び刺さってきた。それが縄索付きであったため、姿勢を崩された金切竜は、宙空でもんどり打って再び下中庭に落とされてゆく……。

 悲鳴にも似た喚き声を上げながら、階下に墜落した飛竜から伸びる太綱を近衛長が目で辿ると、それは丁度下中庭を挟んで差し向かいにある第一城壁の側防塔まで伸び上がっており、彼はその神業を持つ射手の正体に驚かされることになった。

 「な、なんと……陛下ッ」

 すんでのところでルクスを助けたのは、ミディクライン公が手ずから放った一撃によるものだったのである。公王は塔の天から一通り様子を確認すると、傍にいた自身の近衛長に命じて階下へと追撃に向かわせる。

 「ここに弩砲が一つしか無いのが惜しいな。向かいに回って隙あらば撃ち込め、縄付きにすればヤツも飛びにくかろう」

 またしても地に落とされた火吹きトカゲは、毒袋にも再び汁液が溜まったのか軽く火を吹きかけて縄索を燃やし切るというと、土を舐めさせた挙げ句見下ろしてくる公王目掛けて、流石に感情的になったか翼膜に槍が刺さったまま飛び立とうともせず、そのまま脚部を地面に踏ん張って息吹を撃ち込む体勢を取る。主の傍にいた道化はそれを見て慌てふためくものの、肝心のミディクラインはまるで馬上槍試合でも観戦するかのように平然としていた。

 (やはり、わしに直接狙いを向けさせるようなことは定石通りではないわな。まあ、ボギーモーンなら何とかするだろう)

 父王の見立て通り、その火柱が彼らの元まで昇ってくることはなかった。

 丁度撃突騎槍を手にして荒駆に跨った猪武者が、六脚で突っ張って収束型の熱線を撃つ体勢を整えた竜の側面に回り込み、杭打機の先端が衝突してひしゃげさせた首元の外殻一点目掛けて、火吹きトカゲを気絶させた箇所と全く同じ場所に、槍の穂先を合わせて引き金を引いたのである。

 「けぇあッ」

 金切竜は発射体勢を解けば体内で反応した毒気が爆発しかねなかったため、ボギーモーンの撃ち込んでくる一閃を避けきることはかなわないと悟るが早いか、大地に爪立てた脚部をそれぞれひねることで体勢を反らし、二度同じ箇所に刺突を受けることだけは回避しようと努める。

 王子の騎槍も何とかその一点に対する駄目押しをするため、その回避運動に照準を合わせて追いすがったが、結果として撃ち出されたその騎槍の先端は、前回打ち込まれた箇所を外れて喉元に当たった。

 (クソ、入りはしたがもう一発だな。単騎駆けではこの不意打ちがせいぜいだ)

 手応えこそ伝わってきたもののトドメには遠い感触を得たボギーモーンは、荒駆の走る勢いに任せてその首の下から得物を抜き取った。

 (あと一人、あと一人だけでも“使い手”がいれば……ッ)

 だが彼が歯噛みしながら騎槍に鮮血がぬらつくのもそのままに、笠鍔の内側で柄を回して空薬莢を取り出したとき、瞳孔そのものが失われ、剥き出しの白眼そのものになった金切竜の大絶叫が木霊してくる。そしてそのまま旋転をかけた飛竜は棘を立てた尾撃で王子たちを打ち払い、ボギーモーンも耳が遠くなる中ほとんど本能だけで騎槍を合わせて対応しつつ馬上でよろけるが、金切竜はそのまま追撃をかけようとも飛び立とうともせずに跳ね回り、所構わずその場で暴れまくってはもう一度咆哮を上げた。

 その様子を見た王子は、比較すれば遥かに可愛げのあるものではあるが、まるで“混乱して暴走したロバ”を思わせるような正気の失い方を思い出す。しかしそれが飛竜のものともなれば危険度の次元も異なり、反射的に恐怖を感じ取った荒駆が急旋回をかけた。そうしなければ今度こそボギーモーンは焼き焦がされてしまったであろう……金切竜は狂気に任せて盲滅法めくらめっぽう、狙いもつけずに火炎を周囲に吐き散らしたのである。そしてそのまま真上に飛び上がると、同じようにうねる火柱を鞭のようにしならせて、天地を問わず無軌道に打ちつけ回った。

 何ものをも顧みない火吹きトカゲのその様子を、花火でも眺めているかのように落ち着き払って見ていた公王は、独りごちるようにボソリと呟く。

 「馬鹿め、“逆鱗”に触れたな」

 「逆鱗……竜族の喉元にあるという、逆さに生えている急所のことですな」

 道化も主君の冷静さにあてられたか同じように傍に立って、何とはなしにそれに応えた。

 「御しやすい性格にこそなったが、動きは別物だなこれは。しばらく手はつけられんぞ」

 竜族に共通している特徴には“逆鱗”という、喉元から逆方向に生えている鱗がある。この激痛によって竜の正気を奪い、代わりに力を解放する急所は通常、頑丈な堅殻などによって守られているのだが、その例に漏れなかった金切竜の首周りの外殻は、人間族の連携による杭打ち機の一撃でその形を大きく歪められており、結果として王子による騎槍の一撃を受けきれず、しかも回避運動を取って衝突位置をズラされたために、丁度それがある喉元へと直接撃ち込まれてしまったのである。

 「底なしの体力だな、まだあれだけ飛んで暴れ回れるとは……」

 ボギーモーンがそう愚痴をこぼしながら再び得物に実包を詰め、虎視眈々と追撃を狙って火の雨の中を荒駆と共にくぐり抜けながら、次なる機会を待っている姿を認めたミディクラインは考えていた。

 (あれでは死ぬまでやるな……それでは無駄死になのだ)

 連打される火炎に気圧されて補充や装填のままならない弩砲や、半端な威力では無駄と知りながら翼膜に矢を射掛ける弓兵などを一瞥して、公王はこの膠着した状態を一度立て直す必要があると判断し、大きく息を吸い込んだ。

 「ボギーモーンよッッ」

 人間の喉笛では竜ほどの叫声には届かないかもしれなかったが、それでもミディクラインが通りの良い調声をしたおかげで、その場の騎士の誰もが主君の大喝を耳にすることが出来た。

 「ここはわしでやるッッ、お前は“使える者”を見繕って体勢を整えろ、単騎では決定力がまるで無いぞッッ」

 幾分感情的になっていた片牙の猪は冷静さを取り戻し、そして心当たりを一人だけ思い浮かべた。

 この一声に我を取り戻したのは人間だけではなく、金切竜も力の解放状態である白眼のまま声の主の方向へと振り向くが、ついに現場へ間に合った公王と第二王子の両近衛長による弩砲が、再びその翼に縄索付きの長槍を二方向から撃ち込ませる。

 しかし今度は飛竜もその羽ばたきを止めず、弩砲に対して距離を詰めたので縄索に遊びが生まれて墜落させることは出来なかった。足止めにこそなったが結局、依然として互いに攻めあぐねていることが分かったボギーモーンは、改めて長槍を弩砲へと装填し直している父王にこの場の指揮を任せると、その“心当たり”の元へと辿り着くために、荒駆の脚を第一城壁の関門へと向けさせる。

次回投稿は12/5中を予定しております。

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