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#5-2 “仮面ノ誉”

 「おい、ついにシャイシルトからの書簡が来たぞ。どうやらこっちに来ることは確定したらしい」

 「なんだよ。結局また火吹きトカゲの腹いせに付き合わされるってのか」

 八日が経過してすっかり調子を取り戻したニィルボグは、守衛所から聞こえてくる騎士たちの雑談を聞き取れるほどに、聴力も取り戻していた。

 彼女はこのところ退屈知らずである。既にこの八日間というものヒトの動く気配が絶えた試しが殆どなく、日毎に鋸壁の輪郭線を設置された弩砲や張出し櫓によって埋められる様子や、何故か城壁内から土を運び出しだり、あるいは城塞に備え付けられていたはずの投石機が複数台運び入れられたりといった様子が、牢内の格子窓からも伺えたので、何も出来ない身の上であるにせよ、否が応でもその雰囲気にあてられて、身の内に緊張感がいや増してゆくのだった。

 「嫌だと言ってもこういうのは来てしまうものさ……問題はフル=オークの方だろ、金切竜と一緒に攻めてきたらどうするんだよ。時期が重ならなくても、前後しただけで大変なことになるぞ」

 「心配いらないさ、いざとなればこの奥のオーク女を人質にする旨をフル=オークどもに伝えたらしいぜ。知ってるだろう、陛下が第二王子に命じてな、野伏をいつもの接見地点に早馬で送って、森の目印に文書筒をくくった矢を射掛けたってヤツ」

 「ああ、聞いた聞いたっ。その中身がそうか……殿下も自分にそっくりな相手だってのによくやるよなぁ、へへへへ」

 不意に飛び込んできたこの情報に、王子妃は耳を疑って動揺した。君主の勅命であるとはいえあのボギーモーンが、自分の妻を盾にすることを肯うことは信じられなかったからである。それに、故郷で爪弾きにされてきた自分に人質としての価値を感じられるものは何も無く、むしろこれを機に開戦のきっかけとされることは目に見えていたため、またしても彼女は両陣営からの板挟みに苦しめられることになってしまったのだった。

 「そうそう、あれは翌日回収されていたということで、オークにもその意志が……うわッ、貴方様はッ。それにエインビィ夫人まで……」

 「はい、異常ありません。時折演武のような動きを見せておりますが、特に問題も起こさず大人しいものです」

 それでも耳をそばだてていたニィルボグは、ここでエイミリンがミメイトとは別の付き添いと共に、この収容所までやって来たことが分かった。ミメイトはフル=オークに奇襲された際の外傷が完治しておらず、それでも激しい運動でなければ動き回れる程度にはなっていたため、多忙になったハイユーズに代わって子爵夫人の付き添いをする事をこのところ課せられていたのだが、さらにその代わりとなるともう彼女には想像がつかなかった。

 「おはようございます王子妃様。もうすっかり具合もよろしくなって……本日はほらっ、すごい御方にお越しいただけましたのよ」

 朝食の膳を抱えて挨拶したエイミリンの隣に立つ男の正体に、もうすぐ王子妃ではなくなるかもしれないこの女オークは大いに驚かされた。

 「そうか……随分やつれていたと子爵夫人から聞かされたときは心配したが、良くしていただいた様子だな。感謝いたしますぞ、奥方」

 ボギーモーンがそこに立っていた。左手には未だ包帯が巻き付けてあるのを見て少し怯んだニィルボグだったが、すぐさま我を取り戻したか、自分の不当な扱いについて談判に出る。

 「どっ、どの面下げて来たのよ。あたしを人質扱いしておいて、よくもそんなことが言えたものね……知ってるのよ、あたしの一族が竜との戦いをジャマしないように、もしそうしたらアタシを盾にするって、故郷に矢文を寄越したんでしょう。言っておくけれど、あいつらはそんなことに構いやしないんだからね。むしろ攻める口実にされるのがオチだわ、残念だけど」

 「王子妃様は事情を知っていらしたのですかっ」

 矢継ぎ早につっけんどんになってしまったことを自覚しながらまくし立てる王子妃に、膳を下ろした子爵夫人は、素直になれない彼女に対する焦れったさも忘れて驚いた。

 「いや誤解だ。おそらく外にいた者か、入り口の守衛の話を聞いていたのでしょう。私達もその話をしに来たのだ。ニィル……あぁ、王子妃。貴女の扱いというか、立ち位置がまた変わるかもしれんという相談にな」

 結婚から三週間も経ったというのに、ここまでぎこちない夫婦は珍しいかもしれない。王子は王子で未だ妻に対する遠慮と距離感を保っていたし、王子妃にしても誰かと番いになったという実感はまるで芽生えていないであろう。着けるべき仮面を持てない男女は、夫婦をすら演じることが出来ないのかもしれないが、いずれにせよこの二人が仮に竜退治を終えた後、どのように過ごしていくのかを想像できる者は誰もいなかった。

 「……本当なの、エイミリン。だいたい人質といっても、この身体を盾にしたって意味ないのよ。ここだけの話、あんまり故郷でも評判良くないの、あたし……人間と丸ごと殺せて、一石二鳥程度にしか思われないと思うんだけど」

 「貴女様を守るための措置なのですわ。公王陛下、といっても発案そのものは道化さんだったのですけれど……」

 癖の強い人物像を思い出したニィルボグは、どこか嫌な予感がした。公王が一貫した撥条仕掛けの人間だとすれば、道化は変幻自在な影のそれを思わせたからである。

 「同盟相手の使者を攻撃しておいてその後音沙汰なし、さらには何の理念も声明の発表もないときては交流を断絶する合意すらも取れん。未だ根深の森の地理にも疎い我らが、元のように戦争を再開することは困難であり意味もないときている……金切竜もいることだしな。早い話が、『動向を知らせないつもりなら、せめて竜退治の邪魔をしないでくれ』という意志を伝える必要が、こちらにはあっただけのことなのだ」

 「あっ、あと王子妃様が“人質”だというのも、そもそも聞こえの悪い例えでしてよ……実際の待遇はもっと遥かに良いものです。それこそ貴女様が、貴女様自身を守れるようになるための。そのためにもまずはここからお出でにならなければいけませんけれど、王子妃様への禁が解かれる条件というものは、“金切竜に対する非常事態宣言が解除されたとき”か、“フル=オーク族の動向が掴めたとき”のいずれかでしたわ。よって、その後者である条件をこちらから矢文を送って満たすことで、かの種族に対する牽制をしつつ、それが動向そのものになるという状況を作り出すことが道化さんの狙いでしたの」

 『無理が通れば道理が引っ込む』の典型とも言うべきこじつけである。これは明らかに王子妃を牢の外に出すことを決め打ちで考えられた、理屈を超えた言葉の荒業であった。

 「……ありえない、理由というより言いがかりだわ。それに今更自由にしてどうしろっていうの、安全なところで見物なんてこともないでしょう。何なら“ここ”の方が安全なくらいだしね……それともまさか、一緒に戦えとでも言うつもり」

 そのまさかであった。

 それこそまさに道化の狙いだったのである。彼は王子妃を特別に“騎士として認める措置”を公王に進言し、騎士ニィルボグの存在をフル=オークに喧伝して、彼女も共にアメンドース騎士団の一員として戦いに参加させることを知らしめれば、竜退治の際はおろかその他の場面でも、動向不明な彼らが手出しすることは困難になるであろうと提案したのである。それまでは性的区別から見ても平均膂力(りょりょく)が弱く、戦いにおける生理的な弱点を抱えやすい上、異性を戦線に投入して下がる全体の士気を鑑みては、領内に女騎士は不要であるという運営方針を崩さなかったミディクライン公も、戦力としても象徴としてもニィルボグという人材は以前から注目していたため、この機会タイミングであれば肯うとしたのであった。

 この上申が承認された時に、誰よりも欣喜雀躍きんきじゃくやくしたのがエインビィ子爵夫人であったことは言うまでもない。無論その異例な叙勲の話題は瞬く間に領内を駆け巡り、位階性別の垣根を超えた上でその評価をならされて、主に騎士や未だ通過儀礼を受けぬ従者見習いの感性を色濃く残した結果が、『オーク女を人質にとって戦う』という表現だったのである。

 あえて彼女がその真相を黙っていたのは、王子妃へ“思いがけない贈り物”として発表するつもりだったからなのだが、あるいは今回はそれが裏目に出たかもしれない。何しろニィルボグに対するボギーモーンの回答が、その内容を知っているはずのエイミリンをすら驚愕させるものだったからである。


 「そうだ、だから離婚してくれ」

 「……はぇ」

 「……その後でまた再婚すれば問題はない」

 「はひぇえッ」

 王子妃が素っ頓狂な声を出したのも無理からぬことであった……子爵夫人に至っては絶句である。むしろその感情の混濁の中、理性の足場を見つけ出しながら王子に質問出来ただけでも、エイミリンは出来た人格を持っていると言えた。

 「で、で……殿下、お話が違いましてよ。だって私たちは王子妃様の叙勲―――」

 「どういうつもりだッッ」

 助け舟は間に合わなかった。彼女の質問をカチ割って入り込んだニィルボグの問責は怒気に充ち満ちており、さながら雷をまとった鬼神の如き形相で鉄檻を握りしめ、間違って破り出てくるのではないかという勢いに、さしもの子爵夫人も本能的な恐怖におののかされた。

 「答えろ王子ッ、どういうつもりで別れるなどと言い出したァッッ」

 彼女の憤懣ぶりは間違いなく、これまでで最高の地点へと最速で到達している。どうやら迂闊にも、悪手の中でも最悪の一手を打ってしまったことを自覚したボギーモーンは、一騎士として誠実に、真正面から妻と向き合って離縁する理由を説明することにした。

 「今後の貴女の立ち位置を確かなものにしつつ、私が騎士として婦人を守るにはこの手段しかないからだ。しかし何故だ、不本意な婚姻であったのだろう。一度指輪を外すぐらい何ともない形式のハズだが―――」

 アメンドース領第二正統後継者ボギーモーン王子が打った悪手の最悪さ加減は、この一言がそれをさらに更新させた。

 「アンタは“騎士”なの、“ボギーモーン”なのッッ。もうどっちも大ッ嫌い、あっちいけッ、いなくなってよぉもうッッ」

 ニィルボグは発作を起こしたようになって、朝食ごと食器を投げつけ、膳をひっくり返しては蹴っ飛ばし、外に放るものが無くなったと見るや寝台をそのまま引き剥がしては鉄檻に投げつけ、跳ね返ってきたそれを受け止めるが早いか幾度も檻の縁に叩きつけて、中の羊毛が飛び出るに任せて部屋中にそれを撒き散らすというと、そこでようやく独房の中が無惨に散らかっていることに気がついたか、またもや敷布に包まって散乱した毛の中に埋もれた彼女は、その激情の矛先が内側に向いたのか、あらん限りの大声で泣きじゃくり出した。

 さながらハムスターと化した今のニィルボグには取り付く島も無いと見えて、ボギーモーンとエイミリンの二人は台風を見届けたように呆気に取られながら、この騒ぎに全く間に合わなかった看守に事後処理を任せると、生気のことごとくが抜け落ちたかのような足取りの重さで収容所を後にした。

次回投稿は12/1中を予定しております。

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