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#5-1 “作戦会議4 ~ 再燃”

 「なるほど、脱皮の時期と重なっていたというわけか」

 「はい。金切竜は定期的に身体を覆った金属膜をまるで脱ぎ捨てるように、余分な外殻を脱皮させては鍛え上げた銀鱗だけの姿になります。その新しい鱗は以前にも増して高い堅牢性を誇り、なおかつそこへさらなる金属膜を覆って身を固める習性があることはグラミンチからの資料にもあった通りです」

 結局ハイユーズがエインビィ子爵夫人と携えた機密文書の中身を、先にニィルボグが見た件について咎められることはなかった。それは王子妃が察した通りの理由でもあったのだが、公王や法服貴族が沙汰を伝えるほどの余裕がない状況を、この書簡の内容が領内にもたらしたため有耶無耶にされたと言ったほうが、実情としては正確であったろう。

 インミークの政務室内は主に内政処理の難題を片付けきれずに、集められた議員や高官達は勿論のこと、王太子自らまでもが直々に玉案に向かっては奮戦し、まさに死の行軍(デス・マーチ)といった様相を呈する状態であったため、公王の政務室は領内外における最高機密事項を多く抱える部屋であることも踏まえると、日頃から整然とまとめられていたボギーモーンのその部屋で、緊急招集が行われることは自然な流れであった。これは対竜体勢を整える上で第二王子の存在が今や殆ど不可欠であったため、通常会場として開かれるべき“委員会室”は各員が気まずくて使えないであろうと、それとなくミディクライン公に含みを持たせた道化の功績が大きい。公王は“使いやすい会場ならどこでも構わない”という観点で、そこで発生していた因縁には余り興味が無かったのであるが、言われてみれば納得の理由であったため、これを肯ったということであった。

 そういうわけで、ボギーモーンの政務室には彼自身と近衛長ルクス、流れでそのまま参加してしまった細君のエイミリンと部下のハイユーズ、公王ミディクラインとその道化、そして報告をまとめて届けるためにインミークの近衛長の計七名が、茶話会の顔ぶれとして集まることになった。それは五日前に開かれたような、ぎこちなくも穏やかな雰囲気とはかけ離れた緊迫感に包まれており、さながら遠征前の戦況要約ブリーフィングといったような表現の方が適切なほどである。当然紅茶を淹れる役目は給仕たる道化が行い、折を見てその補助をエイミリンとハイユーズが務めた。特にハイユーズの方はルクスと共に、金切竜の文献やそれまでの書き写しも含めた書簡の整理、その他騎士の政務上の雑用をなるべく引き受けていたために多忙を極めたが、収容所で持ち場を離れたり、機密文書を囚人に盗み見されたりと負い目があったために、誰に言われるでもなく率先して働き続けた。

 さてシャイシルトから届けられた緊急通信の内容であるが、それは銀山脈の西側に僅か突き出た鉱床の一角、金切竜が仮のねぐらとしていたその場所に、その“本体”が脱ぎ捨てた四枚の翼を持った外殻の跡、つまり金属膜の皮が見つかったというものである。その内側には古い鱗がびっしりと貼り付いていることから竜による脱皮と見られ、南方より寄せられた資料と合わせると、それがより体表を強化する前兆である可能性が高いというものであった。金切竜が元いた縄張りである、火山地帯の鉱床を奪った竜と再々度に渡る雪辱戦を行う上で、脱皮の時期が重なったことでより万全を期すために、外殻強化の成功体験を得たアメンドース領に再び侵攻するという見通しが非常に濃厚であるという書面に、ミディクライン公は一部腑に落ちない点があるようだった。

 「しかし、その場合金属を馴染ませる時と同様、十日ほど定着に間を開ける必要があったのではなかったか」

 「これは観測班の予想ですが、どうやらそこを押して我々の領地を陸路で目指している最中に、フル=オークのタタラ場が稼働しているのを見つけたという顛末のようですな……」

 クロテッド・クリームと苺ジャムをベタ塗りしたパンケーキを紅茶で押し込みながら、過去の資料をひっくり返したボギーモーンが答える。彼だけでなく皆一様にそんな振る舞いであったため、雰囲気の中に華麗さも優雅さもあったものではなかったのだが、余裕とやらでもって竜を倒せるほど甘い戦いにならないことを、あるいはこの場の全員が理解していたからこその、独特の熱気が渦巻いていたのも確かである。

 「予想だけで判断はつかんが、ヤツがオークを襲ったのが五日前のことであろう。本当に丁度十五日おきに、わざわざこちらへ来ておることは確かなようだな。新たな外殻が馴染むのも待たず、陸路を使ってでも周期を合わせに来たとしか思えん」

 「金切竜めにそのような規則性が本能として認められるならば、次の襲来は十日後ということになりましょうなぁ。グラミンチ家からお借りした資料にはそのような記述はありませんでしたが、まあアレの内容が全てということもないはずです。無視し切れない要素ではありませんかな」

 いつの間にか資料の全容を把握していた道化が、おかわり用のカップにそれぞれ紅茶を注ぎながら公王に口を挟んできた。彼の口ぶりもあながち想像任せとは言い切れない雰囲気ではあったが、全くの確定要素でもなかったため、ミディクラインはとりあえずの現状把握を行い、今後の対策における現実的な選択肢を洗い出すことにした。

 「分かっていることは、フル=オークの縄張りで外殻を強化した金切竜が、銀山脈まで引き返したということだろう。結局これは、西方で再び縄張り争いの雪辱戦を果たしに行ったとしなければ整合性がつかないことだ。こちらからの渡鴉による通常便がシャイシルトに届くのが明日の今頃であるから、今日までにあの火吹きトカゲが再々戦を行うか、あるいは銀山脈の西側で姿を確認されていれば、八日後にはこちらへの書簡でもってシャイシルトからそれが伝えられるだろう。本当に十五日おきに習癖として現れるのなら、ヤツがその復讐戦に勝たない限り、伝書が届く二日後にはこちらへ飛んでくることになるぞ。そうした場合、“竜を殺す手”に代わる有効手段が必要になるわけだが……領内で賄える範囲内で、何か手立てになる発想を持つ者はおるか」

 正式に決裂したわけではないにせよ、既に早くもアメンドースはフル=オークとの交流を断絶、というよりも真意が見えないために積極的に関われない状態が続いていたのである。鉱業の類は停止していたため、それ以外の交易品を今までに比べれば遥かに小規模ながら輸送することはあったが、護衛隊に対する襲撃はまったく無かった上、不気味なことに根深の森のあらゆる地点からオークたちの姿が一切確認されなくなったので、使者を送ろうにも相手がいない状態だったのだ。ボギーモーンがミメイトにつけた野伏が生きてさえいれば、また違った選択肢も生まれたはずであったが、こればかりは論じても詮のないことであろう。

 「十日……いえ、事態が確定するまでは八日あります。フル=オーク族の切り札が望み薄となった今、残りの鉱業設備を稼働させてこちらでそれを製造するよりないのでは」

 ここで初めてルクスが発言した。彼を含む近衛たちは工廠から上がってきた対竜兵器の設計図案を並べていたが、それはフル=オークの破城槌を観念的に把握しただけの図面といったものが立ち並び、元情報の手がかりの無さが伺えるものばかりであった。端的に言えば想像力が足りなかったのであるが、そうかと思いきやその二日前付で、縄索付きの槍に矢羽根を取り付けたものを放って竜を固定する大型弩砲を設置する案、落とし穴を第二城壁内に掘り込んでその中で炸薬を爆裂させる案、そもそも最初から領内にある投石機の投擲部スリングに鈍器を固定し、打突を与える装置に改造した上で囲むように並べる案、あるいはそれらの要素を複合させた作戦を具申してくる文書を見つけたボギーモーンは、それを提出してきた者が自身の愛槍を作り出した者の名前と一致することを確認した。

 しかしそれらは図解の正確さに対して説明文の字がことごとく汚く、それがかえって意想図の工夫を“てらった奇抜さ”として印象づけていることも確かであり、事実見込みのない発案として、提案書類の隅でぞんざいに扱われているような代物だったのである。

 「順当だな。しかし火入れの時間を差し引きしつつ、立て続けに人員を導入することを考えてもおそらくは、竜に対抗し得る大物を製造することは困難を極めようというところに問題があるのだ。わしらも“竜を殺す手”とやらを見たこともないことだし、似たようなものを設計したところで出来が粗末なものとなろう。そこの案なんぞは領内にある資材や技術の流用で賄えそうではあるが、あくまでそれも竜を追い込むまでのことにしか使えまい……フムン、どうも決定打に欠けるな」

 公王もこの発想群には興味を示したようであったが、今問題にしていたのはその“詰め”の部分であったため、手詰まりの地点がより手前になっただけのことであると一同には感じられていた。しかし第二王子はこの発案者を思い出すと、その“功績”を発展させれば解決策となるかもしれないことを閃き、おもむろに席を立っては普段使いの玉案を背にしてこう言った。

 「……今あるものを大きくするだけならば、あるいは可能かもしれません」

 壁に掛けたニィルボグの長槍と筋交いになった、撃突騎槍を左手で指差したボギーモーンは、ふと妻と、ネルドゲルの姿とが頭をよぎった。

私用でしばらく投稿できない日が続くので、4話分先に投稿させていただきます。

次回投稿は11/30中を予定しております。

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