#4-1 “作戦会議2 ~ 緊迫”
根深の森に金切竜が再来したその日から二度目の朝を迎えた。
士人気質のせいか、自己管理に問題のない王子は私室においても基本的に一人で過ごし、その習慣はニィルボグと結婚して十日以上が過ぎようという現在になっても変わることが無かった。もっともこれは王子妃においても同じことが言えており、彼女にしても夜明けと共に目覚めては、まだ誰もいない内庭で一日の始まりを告げる鳥たちと戯れる姿を、交代を終えた見回りや朝早いことを同じくする奉公人などからしばしば見られた。その様子はとてもこれまで殺し合ってきたオーク族のものとは思えず、肌の色が薄緑色であることを除けば外見通り、森を庭とし平地のように駆け回るエルフ族そのものとしか思えなかったという。
とはいえこの結婚がこのような者たちによる静観や、エインビィ子爵夫人のような肯定感をもって無条件に歓迎されたわけは当然なかった。職務より下衆の勘繰りに天稟を持つ者はやはりいるもので、そういった勢力の流言飛語は分かりやすいところでは“ニィルボグ間諜説”に始まって“第二王子が以前よりフル=オークと裏で繋がっていた説”など、それが宮廷内においてならまだ妄想というにも常識的な範囲内の謬見に留められていたが、これが市井の民草の噂話ともなれば“ミディクライン公は実はオークとの間に第二王子を設けた説”や、“既にアメンドース公国はオークに乗っ取られている説”に至るまで、羽毛の抜け落ちた想像の翼を羽ばたかせる者もそれなりに見受けられた。
こうした“想像で判断される”風説に王子妃が表立って巻き込まれなかったのは、皮肉にもその婚姻のきっかけとなった金切竜に対して、公王より触れ出された非常事態宣言が領内全体に布かれたからであろう。夫婦としてはおろか一介の男女としても何ら進展を見せないこの二人に、竜におののく者たちが興味を示しているほど心のゆとりが無かったといえばそれまでであるが、根拠のない流説に普段身を任せている者が追い詰められるということは、平素より無責任に与太話の対象にしている者を、翻って排斥する対象に変えるということでもある。
この日昇った太陽はその始まりを告げる合図になることを、ミディクライン公はもしかすると察知していたのかもしれない。
機械式時計が連動した鐘を鳴らすのは始業を告げる九時、正午の合図である十二時、貴人にティータイムを知らせるための十五時、終業を伝える十七時の計四回が原則である。よって起床を知らせるための合図は今の所設定されてはいない。
一方騎士はその従者から見習いに至るまで午前六時に起床することが規則となっており、それは公国の騎士団長たるボギーモーンとて例外ではなかった。しかしかねてより騎士として生き続けてきた彼は、最早その五分前に起きられるよう体内時計がしっかりと組み上がっており、実際起床の合図を知らせてくれる近衛長がきっかり六時に訪れたときには既に、起き抜けにコップ一杯の水を飲んだ後、洗面鉢で濡らした顔を拭いている最中であった。
だが王子は、その顔を見せた者“たち”の面々に驚くことになる。
「どうしたというのです奥方、それに―――」
用意を既に終えていたルクスは当然であったが、彼が連れていたエイミリンの姿に加えて、その隣にはすっかり徒手となっていたニィルボグまでもが、王子を迎えに彼の私室までやってきていたのだった。
「殿下、非公式ですが評議が行われるとのことです。急ぎ委員会室まで足をお運びいただきますよう」
「委員会室だと。本会議場は使わんのか、評議なんだろう」
王子の問いに対して近衛長は沈黙を守った。彼やその細君、そして王子妃の差し迫ったような表情から、ボギーモーンは煽られるように身支度に入らざるを得なかった。




