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#3-5 “作戦会議1 ~ 日常”

 「現れたのは根深の森だそうだな」

 「はい。既に事切れてしまいましたが、なにか“巨大なもの”を運んでいたフル=オークの言によれば、金切竜は飛翔することなく陸路から進撃をかけ、根深の森にある精鉄所を強襲した後反転、銀山脈に引き返したとのことです」

 玉座の間にて使者の役を賜っていた野伏の行う報告に、召集に間に合っていたボギーモーンたちは顔を見合わせた。

 その中でも特に不安を募らせていたのはニィルボグであったろう。彼女は習癖のせいか未だに長槍を携えていたが、その柄を握りしめる手に遊びがなくなっているのを見た王子は、元気づけるように言葉をかけた。

 「まだ眠らずの砦がどうなったかは分からない。今はとりあえず、報告に集中して想像の羽は休めるとしよう」

 王子妃はわずか頷いたが、故郷を知る者としては複雑な胸中のままであった。亡くなった同胞及び流浪の民である野伏の報告からすると、金切竜は飛ぶこと無く銀山脈を伝って、根深の森のタタラ場に襲いかかったということなのだが、彼女にしてみれば竜の動向はこの際さて置くとして、何故外敵の生態を理解したはずの父ネルドゲルたちが、それでも炉を稼働させて竜を引き寄せる真似をしたのか理解出来なかったのである。

 それは無論ニィルボグだけが感じた疑問ではなく、事情を知る者全てがその嫌疑に意識を傾けていたが、この場におけるその疑念を口に出来るのは公王のミディクラインだけであったろう。そして彼は周囲の期待に応えたわけではなかったが、野伏にそのことを追求する。

 「竜のことは分からんな。シャイシルトからの書簡をこれほど待ち遠しく思うのは、ついぞ無かったことだ……まあいい、今は自分たちで把握できる範囲を拡げるとしよう。そちは先程オークが何かを運んでいたと言ったが、使者と情報を交わしたのではなかったのか。それともこの時期に、フル=オークが炉を動かすような真似をしたことと、何か関係があるとでもいうのか」

 報告していた野伏の話の中に、“巨大なもの”という言葉があったことを、茶話会を開いていた五人の誰もが思い出していた。特にボギーモーンは、自分の中に嫌な予感が走ったことを無視できずにいたのである。

 「はッ、おそらくは。フル=オークの使者との定期連絡を交換した後、前回の“もはや猶予はならじ”といった様子といい、何やら怪しげな動きを見せておりましたので、勝手な判断ながら連中の後を尾行することにしたのです。すると通常あの古森には見られないわだちが新しく木々の根本に刻まれていましたので、そこを辿るといいますと、どう言えば説明がつきますか……とにかく巨大な建造物が、彼らの本拠地に通じている可能性の高い大穴まで運び入れて行くのを尻目に見ることが出来たのです」

 玉座の間には王子たちの他、王太子のインミークや各近衛長とその側近、あるいは政に深く関わる王侯貴族などが軒を連ねていたのだが、この情報には一様にどよめかざるを得なかった。何しろこの長い異種間戦争の歴史において、フル=オークの個々の拠点や設備の位置は杳として知ることは出来なかったし、その上本拠地である“眠らずの砦”の所在など、まるで見当もつかなかったからである。自然王子妃としては大切な何かを暴かれたような面持ちにならざるを得なかったが、本題はその点ではなかった野伏はさらに報告を続けた。

 「遠目からでしたがそれはまるで、巨大な“投石機”のようなものでした。しかし、その頭にあたる部分には何かを入れられるような窪みは無く、逆に匙を膨らませたかのような見てくれをしていたのです。まるで何かを掴む巨人の手のようにも見えたのですが―――」

 「ヨグ=リノート……ッ」

 思っていたことをすぐ口に出してしまうのがオーク族の行動様式である……ニィルボグが“マズい”と思っても、時すでに遅かった。今やこの場の誰もがフル=オークの姫君にその視線を注いでおり、この独言をこぼした発言者が、何か訳知りであることを確信させてしまったのである。

 「心当たりがあるのか」

 その言葉の意味は分からずとも、先に立たない後悔をしている王子妃と、その周りにいる者たちの様子から“確かな何か”に通じていることを見抜いたミディクラインは、側近である仮面の小男を呼び戻しながら命を告げた。

 「道化、話せ。時間がないことを忘れるなよ」

 問答無用と言わんばかりの主君に、逃げ口上は余計であると見た道化は耳打ちして用命に応えた。ややあってその言葉の意味を把握した公王は、さらなる状況整理のために階下で跪いている野伏に再び向き合った。

 「なるほど破城槌か……しかしまだ、その運用を同盟内で共有したわけではなかろう。それでもフル=オークが火入れを行ったということは、その“竜を殺す手”とやらの完成を、ネルドゲルなりに焦る理由があったと見て間違いあるまい。先程言っていた“事切れたオーク”とは、その巨人の腕が運ばれた後どこで通じたのだ」

 「はい陛下。その者は大穴の出入り口の脇で、背には無惨な大火傷を負った姿で倒れていたのです。おそらくあの建造物を運ぶ途中で限界を迎えたのでしょう、もはや動けぬと見てか置いていかれたようでした。私は彼に近づくと流石頑丈なオーク族というべきか、放っておいても長い苦しみの中ようやく死を迎えられるような、半端な瀕死状態だったことが分かりました。そこで一思いに介錯を与えることを条件として、彼は私に先程説明した金切竜の情報を提供してくれたのです」

 ニィルボグはこの行動を快く思わなかった。形はどうであれ、故郷の同胞がかつての仇敵である人間の手にかかったのだから当然である。野伏はそのまま轍を辿ってアメンドースまで、命からがら引き返したことを付け加えて、委細報告を終えた。

 「よく分かった。報奨は色をつけておくから、後ほどインミークから受け取るように……聞いていたなボギーモーンよ。内々に話したい、近くに寄れ」

 妻のそばから呼びつけられた王子は、兄の元へと控えていく野伏と入れ替わるようにミディクラインの目下に参じると、階段を上がって父王から直々の耳打ちを受ける。

 「あの野伏は間違いなく介錯したオーク兵を隠してはおらん。アレが伝えてきた情報は諸々有用ではあるが、証拠に残してきてしまった遺体を見たフル=オーク族の中には、同盟にヒビが入ったと捉えて、そこにさらなる楔を打ち込まんとする者も出てくる可能性がある。くれぐれも“あれ”に里心をつけさせてはならんぞ……王子妃を連れ戻さんとしたフル=オークの連中にかどわかされるか、あるいはそれこそ自分から帰郷して事態がこじれるか、いずれの危難が生じるとも知れん今の状況では、その破城槌の融通を交渉するのにも、あまりにも具合が良くないからな」

 その公王からの忠告に、それとは逆の進言をするつもりだったボギーモーンが異議を唱えた。

 「お待ち下さい、今はニィル……妻の気持ちを汲むことが肝要でしょう。むしろ故郷の様子を見届けさせるほうが自然に思えますし、その方が円滑な対話に持ち込みやすいのではありますまいか」

 王子の反駁は感情的には正当なものに思えたが、今や行動予測のつかない金切竜に対する視点や、領内の人々への目配せが足りていないことを見透かしたミディクラインは、この空間全体に響くような声量に切り替えてボギーモーンをたしなめた。

 「ならぬ、同盟間に生じかねない軋轢を決定的にする可能性が高い。まずこれまで通り使者を交わして、事の次第を把握し合ってから復興支援などで信用を築くべきであろう。金切竜の動向が未だ掴めん状態だということを忘れたわけではあるまいな、それを把握する前にフル=オークとの関係がこじれれば、その“切り札”とやらがそのまま牙を剥いてくる事態もあり得るのだぞ」

 これは無論王子だけに向けた喝破ではない。彼に仕える近衛長やその細君、そして何より王子妃そのヒトに対して釘を刺したのである。公王はこの一声を出し終えるや否や、今度は打って変わってこの空間にいる者全てが静まらねば聞こえないほどの、絶妙な調声で言葉を紡ぎ始める。この聞く者を引きつける話術こそが、ミディクライン公最大の武器であった。

 「……それにこれ以上、周りから妻にあらぬ疑いをかけられてもいいのか。聞けば王子妃は城内でも故郷の槍を携え、兵舎の一角にても騒動を起こしたとか。これ以上野放図な振る舞いに身を任せておけば、宮廷内はおろか領内全体にも、同盟先の回し者であるかのような偏見を持たれかねんぞ。それを誤解と言うならば、今は彼らを納得させ得る職務を全うすることこそ、お前とその妻に対する、謂れなき汚名を雪ぐことにも繋がるのではないかね」

 相変わらず役者が違うと道化は思った。おそらくこの父子の主張する内容が全く逆のものであったにせよ、やはり公王が持ち前の話法によって、その場を制したことは想像に難くなかったからである。いずれにしてもミディクラインの方針に従わざるを得なくなったボギーモーンは、領内の代表格が集まっている今この場でもって、ニィルボグの持つ“領内の違和感”を一つ取り除くのが良いと判断し、耳目を集めている内に彼女の元へと戻っていった。

 「“それ”を渡してはくれないか、私が責任を持って預かろう」

 彼からの言葉の意味が分からないではなかったものの、やはり王子妃は心細さにかられた。その手に持つ長槍を失ってしまえば、ニィルボグが故郷から持ってきたものはその身一つだけになってしまうからである。彼女がふと周囲を見渡すと、そこにいる全ての者からの視線を再び一身に浴びていることに気がついた。その瞬間眠らずの砦での決闘にて、自身を取り囲むオークたちの表情を思い出した王子妃だったが、それでも目の合ったエイミリンが悲しげにかぶりを振ったのを見て、我に返ったかれどもの惜しげに、半身を手放すようにして夫に愛槍を差し渡した。

 その一幕を見届けた貴人たちは、各々公王に頭を垂れたのちに、報告会として開かれた玉座の間を後にしてゆく。茶話会の面々は同時にそれがお流れになったことを肯いつつも、父王と話し込む兄の姿に一礼するや背を向けて、まかり出てゆく者たちに続いていった。その列をなして歩くなか辺りをはばかる低声で、他の三人にだけ聞こえるように、長槍を携えたボギーモーンがわずか囁いた。

 「まだ私達が状況を知るのに、打てる手は残されているぞ……ルクス」

 「はい、殿下」

 希望を失った様子のない王子を見て、近衛長は胸を張って歩幅を広げたくなった。

 「奥方と共にしてもらいたいことがある。後で私の政務室に来るように」

 ニィルボグに寄り添うようにしていたエイミリンは、ボギーモーンのこの言葉を聞いて、夫と共にいたずらっぽく笑った。

次回投稿は11/26中を予定しております。

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