#3-4 “最高の一杯は”
「……んん、善き哉この香り。ご相伴に与りたいものですなぁ」
ニィルボグに抜け目なく五つの茶器を用意させていたにも関わらず、澄まし顔で道化がそうのたまったのは、各々席に着いたというのに沈黙を破る者が誰もいなかったからである。
「王子妃様はお優しいのですね、給仕の者にまで賓客用のカップをお出しするなんて」
「あ、えと、これは……」
空とぼけながらエイミリンがその流れに乗りかかると、まごついているニィルボグを見たボギーモーンが後に続いた。
「それは丁度良かった。カップが四つでは、味濃く注がれてしまうところだったからな。今日のジャムは花梨だから、その方が合うだろう」
王子がポットにティー・コゼーを被せ直したのを見計らって、ルクスが赤褐色に照り返す茶の入ったカップを、臣下として各々の前に配っていく。人数分のクロテッド・クリームを吟味する妻の隣で、勝手も分からずどこへともなく目を向ける王子妃へと近づかざるを得なくなった近衛長は、忸怩たる思いこそ込めながらそれでも、礼節をもって丁寧に皿と湯気の立つカップの向きを揃えた。
その瞬間ニィルボグの目線が我に返った。ボギーモーンの注いだ紅茶の、清澄ながらふくよかな香りがその高い鼻を直接くすぐったからである。南の名家“グラミンチ”産の茶葉は葦原中で最も濃厚なコクがあると評されているが、王子の練達した淹れ方によって雑味ない透明感が保たれ、その発酵感の中に鮮度を残した茶葉本来の旨味が万遍なく抽出されていることを、彼女は匂いだけで味わわされたのであった。
明らかに目の色が変わった王子妃の様子を見て、とりあえず第二王子が手ずから淹れたものだけを彼女に愉しませるために、それとなくエイミリンが乾杯の合図を示す。皆々がそれぞれ茶器を唇に傾ける中、ニィルボグは恐る恐る覚悟を決めたように、取っ手も持たず両手で口元に運んだ。
「……お、おいしい」
輿入れ前に父から飲まされた謎の液体とは段違いの味わいに、思わず王子妃の口から出たこの一言を聞いたボギーモーンは、背負っていた重荷を下ろしたように息をついた。ルクスはこれほど安堵した王子の姿は未だかつて見たことがなかったが、その妻と道化はといえば破顔を周りにさとらせないことに全神経を注いでいた。
「故郷で口にしたのと全然違う……あれはもっと渋くてまずかったのに」
「茶葉の種類やその摘んだ時期によっても味わいは違うが、結局大事なのは葉と水の鮮度、それから淹れ方だ。種族によってそれが違うという話は聞かないが……」
異種族の話題にあたってか、話の詰まったボギーモーンが作ってしまった間隙に、近衛長はあることに気づいて発言を挟んでしまった。
「……お待ち下さい、根深の森に茶畑なぞあるものではないはず。それにティータイムの文化を持たないオーク族が、どうやって茶葉を手に入れたというのか。というより―――」
それが騎士団と交戦した際の簒奪品であることを、即刻見抜いた道化はためらいもなく打って出る。
「あつ、アチチチッ」
その小男はわざと仮面の内側にカップを引っかけ、その中身を胸元までぶちまけては騒ぎ立てた。同じく王子妃に助け舟を出すつもりではあったエイミリンもこの演芸には驚かされて、内心敬意を込めながら手拭き布を手にするや彼に近づくが、当の本人は頭を振ってそれを固辞した。
「仮面を着けながら飲もうとするからだ……子爵夫人のご厚意を空しくすることもないだろう、受け取るがいい」
そう王子に諭されてようやく道化は、貴婦人に対する礼を込めて恭しく手拭き布を受け取るというと、まだ衣服に染みきっていない紅茶を上から抑えるように吸い込ませてゆく。そしてその周りの椅子や床には一切“粗相”が無かったことを、側にいたボギーモーンとエイミリンだけは気付かされた。
「いやはやこれはお恥ずかしい。顔に見苦しきありますゆえ、折角の場の華やぎを削がせるまいとした浅知恵でしたが、かえって不格好な真似をいたしました。心から感謝いたしますぞ、奥方……それでもしかし、この私めにも僅かではありますが、殿下のお紅茶を久方ぶりに味わえましたな。確かにこれには平素よりのへつらい抜きに、一味違う何かが感じられます」
この道化の忖度なき称揚に対して、軽食を取る順の分からないであろうニィルボグに、ティースタンドの下段から“チーズとキュウリのトースト”をカトラリーで取り分けながらエインビィ子爵夫人が答える。
「おそらく何より大切なのは、その本人様が淹れる時のお気持ちなのですわ。東の“カイワイ家”が治める領地のさらに極東、いやはての小国と呼ばれるところには、お茶を淹れる時の精神を試し合う文化があるのだとか。きっと殿下はそこに行かれてましても、その道の天稟を見出されることでしょうね」
「しかもその国では、立てるお茶の色はなんと“緑色”なのだそうですな……さらに、使われる茶葉の種類は我々が用いるのと同じ品種なのだとか。これは茶化すにしてはあまりにも、示唆に富む逸話だとは思いませんかな」
エイミリンの知見を受けて道化は話題をさらに広げたが、彼はおよそルクスの方を見つめながら一種の風刺をしたのだった。こういう蘊蓄を含んだ皮肉を間髪入れずにぶつけられるようでなければ宮廷道化師は務まらないが、茶飲み話にしてはいささか殺生であると見たか、今度はボギーモーンが近衛長に助け舟を出す番になった。
「やれやれついていけんな……ルクス、お湯を取ってくれ。今話すべきは西から来る竜害についてであろう、そのために私達にお呼びがかかったのではなかったか」
「……あの、殿下。じゃない、ボ、ボギー……というか、王子。エイミリンと話してたことでもあるのだけど、何故未だに金切竜は飛んでこないの。それに故郷と何をどうしているのかも、何も知らないから教えて欲しいわ」
こわごわと話題の切り替えに乗じてきたのは、カップをすっかり乾かしたニィルボグそのヒトだった。彼女がそうしたのは、この茶話会の“趣旨”に入るための糸口を掴むためでもあったが、何より自らの存在そのものが生み出したしわ寄せを、多くの人間から伸ばされていることをどことなく察して、自身の社交力の低さにいたたまれなくなったという事も大きかったからである。近衛長が持ってきた鍋を受け取り、もう一度自らで沸かしたての湯をポットに注ぎ込んだ王子は、それに被せ布をしながら質問に答えだした。
「この場で話すべきだと思っていたから、丁度良い……私達が挙式したのは今より八日前であったな。それよりさらに一週間前、シャイシルトから送られた書簡の中身は知っているだろう」
一転して談笑という雰囲気ではなくなったが、別に主催者側もそれが目的ではなかった。むしろ二人が切り出したいことをボギーモーンの方から持ち出されたため、他の者もその本題に沿うべく、改めて居ずまいを正したのである。ニィルボグはアメンドースへ和睦の合意を示す文書を送る際、父ネルドゲルがシャイシルトからの書簡もまとめて文書筒に封入したことは勿論、その中身がいかなるものかも聞かされており、素直に王子へ頷いた。
「我々の通信を諜報していたなら金切竜の情報も承知のことだろうが、あれは鉱床などに表面化した鋼鉄を息吹で溶かし、液状化した金属を身体に塗りつけては外殻を強化する生態を持つ。だがその縄張りを別の竜に奪われ、その復讐戦のために我々の精鉄を狙ったことまでは聞いたな」
いつぞやボギーモーンが天守にて父王と道化に説明されたこの内容は、今や和睦のために触れ出されたことで周知の常識になっていたが、これから行う話の基盤になるため確認するように繰り返された。改めて全員がそれを把握していることを確認した王子は、さらなる追加情報を明かすことにする。個々人が知っている事実を取りまとめるためであったが、何より王子妃に現状を咀嚼してもらう必要があったからだった。
「その後ルクスが国庫を漁るなり各所に早馬を手引させたりしてくれたのだが、グラミンチ家の書庫の中に、かつて南方にいたという竜使いが残した文献の一つがあり、しかも件の火吹きトカゲのことが記されていたのを読める野伏がいてな。そのお陰で知ることが出来たのだが、どうやらアレは自分の外殻に、その金属を隅々までなじませるのには時間がかかるらしい。体格によっても差はあるが、その期間は約十日前後……その間飛翔能力も失われ、鉱業設備を稼働させても襲撃されることはないと分かった」
「十日……待って。王子はいなかったけど、おっ父とアメンドース公との秘密会議に行く一週間前に、ここに初めてカラスを送ったの。アタシたちが竜に襲われたのはその二日前だから、えーと足して九日前か」
ニィルボグが言ったことは和睦以前の極秘会議中にも触れられており、この時点では金切竜に対する理解はその習性がいかなるものかといった程度の共有しか、人間とオーク間では取り交わされていなかった。
「確かその会議の六日後に、あの火吹きトカゲがこちらへ飛んで来ましたなぁ。フル=オーク族の設備の次にアメンドース領を襲ったのは、結局十五日後のことになるようです」
「強化期間が十日だから、元の縄張りとこの近辺を往復するのに四日ですのね。片道二日がかりとはのんびりしたように感じますけれど」
道化の整理へ補足を加えたエイミリンの推論に、その夫ルクスが待ったをかける。
「いや、金切竜ともう片方の竜の戦いはそれこそ、三日三晩続いたとシャイシルトの伝送文には書かれていたのだ。つまり、傷つき破れた翼で飛んでもこちらまでは一日で飛んでこれるということになる」
二杯目が蒸らし終わったと見てティー・コゼーを取ったボギーモーンが、ポットの中身をを軽くスプーンでかき混ぜながら後に続いた。
「グラミンチからの早馬が、先程説明した情報を持って帰ってきたのが今から五日前のことだ。翌日フル=オークの使節ともこのことを共有したが、彼らと接見した野伏曰く、“最早猶予がなさそうであった”と報告を受けたよ」
「えっ……あ、お待ち下さいもしかしてっ。確か御二方の結婚される一週間前に、ここが襲撃に遭いましたわよねっ」
王子妃の表情に不安が拡大していくのを見るや、金切竜の活動間隔を逆算した子爵夫人が思わずその途中式を口に出してしまった。王子の発言を差し止めたのを一瞬遅れで自覚した彼女を、今度は近衛長が内助して補足する番になった。
「そうだエイミィ、従者たちの叙勲式を早めた理由が分かったろう。南方からの早馬が帰還したのは、殿下が成婚なされた三日後のこと。そして今日はそのさらに五日後だから、調印式から遡った七日分を足せば……」
「丁度前回の火吹きトカゲめの襲撃から、今日で“十五日”が経ったということになりますな。万が一に備えて各所の人員も増やされたようですが、まあ今は情報を受けて鉱業設備も稼働してはおりませんし、あの竜を惹きつける金気も空へと舞い上がりはしますまいて」
どのようにしたのか、いつの間にか全員分のカップを淹れやすい位置にまでカートで運んだ道化が結論を示した。その言葉通りであれば、こうして茶話会を催している場合ではないのではないかとニィルボグは考えたが、それぞれのカップに均等に紅茶を注ぎ直しながらそれを察したボギーモーンは、現在領内に巡らせている警戒態勢の段階を何故引き上げないのか、その理由を説明しだした。
「今日明日にでも竜が来るかもしれんと思うだろうが、もう一度同じ期間で来るとは限らないぞ……まあこれは単なる楽観論だがな。道化の言ったように公国中の設備も止めて、絶えず斥候や野伏を警戒にあたらせてはいるが、それでも今までの非常事態宣言通りの状態である理由は、昨日シャイシルトから送られた伝書鴉の運んだ書簡の内容から、現状維持で良いという判断がなされたからだ」
アメンドースとシャイシルトの間を伝書鴉が往復するのにかかる日数は十四日、すなわち片道に七日かかるのだが、その内の二日はこの鴉自身による休憩を挟んでいることを王子妃は知っている。時折森の生き物と心を通わせることの出来たニィルボグは、その力で羽を休めていたシャイシルトからの使者と交信したのであったが、いつもであれば彼女を見つけてそこへ下りてくるほどの仲であった渡鴉が、昨日は見つけられなかったので不思議に思っていたのだった。
「昨日……知らなかった。あたし以外のところへ最初に飛んでいくなんて、きっとそれはもう、別の子に変えられてしまったのね」
「フル=オーク族と繋がりを持ってしまいましたからな。西方の名家に対する、我らが陛下による判断です。こうして同盟を組むきっかけにもなった個体ですので、シャイシルト女公陛下には寛大なご処置を賜りますよう、一応こちらからの返信には添えておりますぞ。こう付け加えるようではなんでございますが、今後政治的に有用になるやもしれませんしな」
王子が再び紅茶を注ぎ込んだカップを、各々の席までサービングカートに乗せて器用に配っていく道化が、王子妃を励ますように言い添える。しかし彼女は、数少ない友達を失ったような心持ちがして、少し気が滅入ったようにトーストを口に運んだ。ルクスはその様子を見て、今度こそ迂闊な真似は出来ないと見たか、脇道にそれた話題を元に戻す。
「……ともかくその書簡を読まれた陛下によれば、金切竜による再々戦を現地で確認されることはなかったそうです。元いた縄張りである鉱床にも動きは見られず、ヤツの行方は未だ不明ではあるものの、外殻を強化する理由もなく、こちらへ飛来する可能性は低いとシャイシルト女公は結論づけられたとか。金切竜の行動様式は謎が未だに多く、依然として動きが殆ど読めないのが現実ですが、そのためのアメンドース及びフル=オーク同盟でしょう。今後とも連携を密にすれば、いずれあの火吹きトカゲにも明確な対策を講じられる情報が掴めるかと存じます。中東に派遣した部隊も、何か掴んで帰ってきてくれれば良いのですが」
これで一応は金切竜のやって来ない理由こそ説明されたものの、根本的な問題が解決されたわけではないことは誰の目にも明らかである。現在の課題はこの空飛ぶ闖入者の動向を掴むことであり、それを成し得ないまま想像に任せて対策を打つ事は自殺行為であるというのが現状であった。ボギーモーンは話をまとめるように、皆々に対竜措置の進捗を伝える。
「フムン……今は何よりも領内の再建と、それに伴う対空設備を強化をしている真っ最中だ。貴女の父に倣うようだが、設備を停止させたなりの工夫をこらしてな。しかし復興作業というと何につけても人手不足で、騎士の頭数が足りんということで急遽父上に叙勲式を早めてもらったのだが、元々いた鉱業従事者や工兵も先の襲撃で喪われた者も多く、技能の継承もなされぬまま泥縄に進めているのが現状だ」
王子妃と子爵夫人は“ついに来た”と思った。この貴賓室で開かれるティータイムに王子と近衛長を招いたのは、その話題からニィルボグを戦闘要員として引き上げてもらう交渉の場にしたかったからである。
「裏作をしているライ麦の、収穫期にぶつかったのもありますからね……休閑地を担当している農民や、陛下や殿下のお持ちである荘園の人民を動員されましても、それらが専門知識や技術を持ち合わせているわけではないですし、むしろここまでの短時間で、各所に矢来を張り巡らせることが出来たのは奇跡的ですよ」
相手から出されてきた絶好の機会を逃すまいと、エイミリンはその受け答えを聞くが早いか、外堀を埋めるべく今発言したルクスに対して勝負に出た。
「ねぇあなた。確かに以前の領内のような輪郭線を取り戻しつつあるように思えますけれど、実際金切竜がもう一度飛んできたときに、それとどう一戦交えるつもりなのですか。見れば鉱業設備が壊された場所に、接ぎ木を打つように櫓を組んでいらっしゃいますけど、相手は鋼鉄を溶かすほどの炎を吐く化け物なんでしょう。いわんや木材などでは、一吹きで炭屑にされてしまうのではないかしら。それにいずれ戦うにしても相手は空飛ぶ怪物……いくら作業員を揃えたとしても、戦いに長けた者がそれにあたらなくては何にもなりませんわ。本当に不足しているのは戦闘要員なのではなくって」
近衛長は自分の妻が言わんとしていることを流石に察した。彼にしてみれば三日前の“いざこざ”を内々に処理した当事者であるため、エイミリンが、いやその後ろにいるニィルボグがどういった要求を通したいのか、“この会”の狙いも含めて見抜いたのである。実際彼も王子妃の単純な戦闘能力は遺憾ながら自身のそれを上回っている自覚があったが、それの加入……特に騎士の称号が彼女に認められることによって、全体の士気にどう影響するのかが未知数であることが問題であった。加えて彼女の立場は今までは仇敵である大将軍の実娘で、しかもこれからは騎士としては守るべきうら若き婦人であり、その上現在は自身が直接仕えている王子の、政略上の婚姻とは言え正式な妻になった者とあっては、本人にしてみればそれの扱いたるや、火中の爆弾を拾わされるような心境であったろう。
しかしルクスはここから夫婦喧嘩に発展させるほど人格が幼く、また未熟でもない。それはエイミリンにしても同じことであったが、彼はあくまでこの場は公人として構えることで、妻からの内なる要求を一旦さて置くことにした。
「それについては是非王子妃の意見を仰ぎたいと、ここに来る前殿下とも話し合っていたのだ。確かにお前の言う通り、全身を金属の膜で鎧った金切竜に、並の矢をどれほど射掛けようとそれは雨粒も同然であろう。打ち壊された建築材を用いた投石機も検討したのだが、どの角度に設定しても領内に飛んでいくため、これも出来れば使用を避けたい。各公国や異種族の戦略術も洗っているところだが、これといった切り札のような手立ては見当たっていない次第だ。そこで―――」
近衛長は立ち切り稽古で剣を構えたときと、全く同じ表情でニィルボグに向き直った。
「―――お訊ねしたいのですが、フル=オーク流による戦法の中に、何か領内で有効に活用しうるものはないでしょうか。どんなことでも構いません、大将軍に少しでも何か伝えられませんでしたか」
ルクスの憂さや怨念を打ち捨てた顔を見た王子妃は、それにならって一転真剣さを取り戻した顔になりながら答えた。
「おっ父……父は初め、残された最大のタタラ場一箇所だけをわざと動かして、竜をおびき寄せて倒してしまうことを考えていたわ。だけど広げればここの城壁よりも幅のある翼を持つアイツの身体に、直接効くような武器を作るためには結局、残りの設備を動かすしかなかった。それで結局は……知ってのとおりよ」
人間族に金切竜をけしかける作戦に切り替えたことを告げるのをはばかってか、ニィルボグは説明を打ち切る。それを慮ったボギーモーンは、はからずもネルドゲルと考えを等しくしていたことに驚きつつも、超巨大害獣対策と思えば帰結するところは自然、たどり着いた山頂にて見る景色は皆同じものであると気づき、自信を持って会話に加わることが出来た。
「そうか、私達が計画していたものと同じであったな……あの第二城壁内に諸々の櫓をこしらえさせたのは、アレ自体が壊されても別に構わんつもりで作ったからだ。竜使いの文献によれば、金切竜の食性は主に勇魚や海獣の群れだそうで、陸のものを食べないことで異種族との棲み分けを行っている竜種らしい。領内で襲われた箇所が、鉱業にまつわるもののみであった事もその裏付けになるだろう。よって飛んでくる理由が金属のみを目当てとするものである以上、敢えて残された金気のものでおびき寄せ、何らかの方法で処理すべしとの方向でまとまりはしたのだ。しかしその手段が……」
軍略面においての各技能知識は、王子や近衛長、もしくは道化はともかくとして、王子妃と子爵夫人の二人は殆どからきしである。会話の中で“ニィルボグであればあるいは”とよぎったボギーモーンであったが、期待薄の沈黙が続いてしまった。エイミリンとしては流れを止めたくなかったのだが、この特異な軍事の、しかも歴史上未だかつてない竜に対する対策とあっては、冗談で山を掛けることもためらわれるほどに、己の不案内を自覚せざるを得なかった。静寂の中この場の誰もが現状を保留することで、今後とも動静が進行していくのを確信したその瞬間、王子妃が一人閃いたように目を開くや、誰へともなくぽつりと呟く。
「……“ヨグ=リノート”があれば……」
「ヨグ……なんですの、それは」
聞き慣れない言葉に、思わずエイミリンが反射的に問い直す。その単語の雰囲気からオークの言葉であることは騎士たちには明らかだったが、この場でその一言に最も集中していたのは、あるいは道化かもしれなかった。それは彼が万能とまではいかないにせよ、異種族の単語を訳し変える仕事も請け負っていたからである。
「……もう人間とは戦わなくていいって言われたから、話してもいいかもね。“ヨグ=リノート”は私達の言葉で“竜を殺す手”という意味で、その威力をたとえるに過ぎない名前だったんだけど……そうね、投石機が大きくなったようなものだと思えばいいわ。ただし何かを放り投げるために、それは作られたんじゃないの」
ニィルボグが卓上のスプーンを手に取ると、その掬いの部分を指差しながら一同に説明を続けた。
「丁度“しゃくり”があるこの部分に、見たこともない量の爆薬をありったけ詰めて、城攻めの時に壁にぶつけて打ち壊すための最終兵器だって、おっ父は言ってた。これが完成するかどうかって時に、あの竜が飛んで来ちゃったけどね」
「なんと、つまりは起き上がり式の“破城槌”ですかな。確かにかかる威力が全て城壁内に抜けます故、我々が受ければかなり危険だったでしょう……しかし現在では、フル=オークとは同盟関係を結んでおります。協力を要請すれば竜殺しの切り札となるやもしれませぬぞ」
道化の推察に、にわかに一同が沸き返った。具体的な運用法をすぐさま人間流に変換したルクスが、飲み干したカップを皿に戻しながらその発言の後に続く。
「こちらの領地に対して使うつもりであった以上、移送そのものは可能なはずです。城壁を砕けるのであれば、あの金切竜の外殻にも有効かと。光明が見えたのでは」
一方王子は、戦術面はともかくとして既に戦略面において頭を悩ませている様子だった。
「曰く、未完成と言っていたな。この目で見ないことには分からないが、こちらで組み立てて完成させれば良いし、足りない部品も領内で作れるだろう。どうせ竜をおびき寄せるため、いくらかは残った設備を稼働させる必要もあるしな……問題はそれをオーク側が承諾するかどうかなのだが……」
このボギーモーンの言葉を聞いた女性陣は顔を見合わせた。ニィルボグを直接騎士に任ずることは不可能であっても、このことで彼女に実績を挙げさせれば、以後の立ち回りには殊の外、政治的に有利になるであろうことを直感したからである。
「その交渉役には王子妃様が相応しいように思われますわ。和睦した同盟同士の切り札を運ぶとしたら、父娘がかりの方が目に映えますものね―――」
およそ間髪入れずにエイミリンがニィルボグを推薦し、その内容も理にかなっていたので、貴賓室内にいた全員が納得せざるを得ないかと思われた次の瞬間、この子爵夫人の進言は言い終わらぬ内にさえぎられてしまった。役目を失ったはずの喇叭吹きが、緊急招集の号令を高らかに鳴らしてきたからである。
次回投稿は11/25中を予定しております。




