#3-3 “みんなでお茶を”
アメンドースに十五時を告げる、門塔の最上階に組み込まれた時報の鐘が鳴った。現公王がその玉座に就くまでは、時報を告げる役の騎士が側防塔から高らかに喇叭を吹き鳴らしたものであったが、ミディクラインの代で進歩した鉱業技術の副産物が生み出したこの“機械式時計”によって、時報の担当者は喇叭を鳴らすことから日に二度長針を修正することに、仕事が取って代わられた。
「ようこそおいでくださいました。本日のものは道化さんに無理を言ってご用意いただいた、グラミンチ産の春摘みですのよ。私、以前殿下にお淹れいただいたあの味が忘れられなかったものですから、つい……うふふふっ」
集いとして表向き一応は王子妃主催ということになってはいたが、この式礼を述べたことからしても、取り仕切っていたのはエインビィ子爵夫人であることは誰の目にも明らかであったろう。
急遽借り切った城内の貴賓室には、ある種奇妙な面子が集まっていたといえる。第二王子のボギーモーンと王子妃ニィルボグ、その王子直属の近衛長ルクスに細君のエイミリン、そして最後に給仕を務める公王側近の道化……字面だけ並べれば錚々たる顔ぶれであったが、本当にその顔を合わせた時の相関関係には、並々ならぬ因縁があった。
「エイミィ、失礼だぞ。忙しい中お越しになられた殿下に、その上茶まで淹れさせるつもりなのかお前は」
「構わんぞルクス、丁度行き詰まってたところではないか。この度はお招きいただき、感謝しますぞエイミリン殿」
「身に余るお言葉ですわ。しかしながら殿下、此度の御茶会を主催されたのは王子妃様でございます。今後とも主人や私などの、ささやかな趣味にお付き合いいただければこれに勝る喜びはございませんけれど、何卒今は“奥様”のことをこそ……」
このように相手への礼を返しながら、秋波を送っても品を損なわないことがエイミリンの大きな美点である。
「あぁ、うむ。そうであったな……」
少しいたずらっぽい彼女の様子から、この茶会の意図をなんとなく察したボギーモーンは、玉案に背の届かない道化からティースタンドを受け取っている妻にやや緊張の面持ちで近づくというと、軽食を置きながら気配に気づいたそのニィルボグと目が合い、僅かあったのち、意を決して話を切り出した。
「その、なんと言えば良いのか。面と向かって話すことも、しばらくぶりだった気がするが……なんだ。今日は、嬉しかったぞ。このような会を開くことには、それまでの生き方とは大きく異なる苦労があったことと思うが、とにかく……ありがとう」
この会の準備は殆どエインビィ子爵夫人による手配によって行われたものであったが、それでもいくらかは自分が報われたような気持ちになったニィルボグは、そんな感情になったことは初めてだったので何も言葉を返せなかった。今はただ、早摘みの果実が熟れていくかのようにその顔を真っ赤にして、目の前の“美男子”による感謝の言葉を受け止めるのが精一杯であった彼女に、王子も何とか機嫌を損なうまいと会話を続ける。
「その礼と言ってはなんだが、今回は私が淹れることになったから……よかったら飲んでみてくれないか。貴女の口に合うかは分からないが、それなりに評判は得ているつもりだ」
「……あ、あぇ」
言葉にならない返事をどうにか絞り出した王子妃は、見かねた道化に茶器を淹れやすく並べる仕事を見繕ってもらうというと、分厚い鎧でも着込んだかのような鈍い動きで、何とかその作業に邁進し始めた。一方備え付けの暖炉にかけられた鋳物琺瑯鍋から、沸かしたてのお湯を内部に茶漉しが付いたポットに一旦注いで温めるボギーモーンは、つい勢いをつけすぎてうっかり鍋の中身をこぼすというと、分厚い指を抑えながら妻にその失態を隠さんとして背を向け始める。
「あらあら、お二人はちゃんと仲が良かったのですね。私少し安心いたしましたわ」
「……どこがだっ。ぎこちない様子で、まるで見てはおれんぞっ」
遠巻きに二人して様子を見ていたエイミリンは、そう言った夫のことをまるで見てはいられなくなったが、一見より百聞を信じる者たちの噂を吹き飛ばすような、このなんとも初々しい新婚の様子を見て微笑ましくなった。
次回投稿は11/24中を予定しております。




