クーデター…?
隣国エルヴィス王国での経済制裁が続いて一ヶ月以上が経過し、国内は荒れ果てていた。
物資不足、治安の悪化、暴動の頻発――国民たちの不満は頂点に達していた。さらに、軍部が国王シラコに対して反発を強めているという噂が流れ始め、国内情勢は緊張の一途を辿っていた。
そんな中、報道局に届いた情報がさらに衝撃を与えた。「エルヴィス王国の軍部がクーデターを計画している可能性がある」という内容だ。
「岩木、今回は君一人で現地取材をお願いするわ」
ミカサデスクの声に、俺は思わず目を見開いた。
「え、一人ですか? サラもセキさんも連れて行かないんですか?」
デスクは冷静な表情で答える。
「二人以上で動くと目立つし、隣国の現状ではそれが命取りになるわ。君一人なら、その“飄々とした存在感の薄さ”を活かせるでしょう?」
…これ、褒められてるのか?いや、褒めてるんだろうけどさ。俺は内心で軽くため息をつきながらも、任務を引き受けた。
隣国の主要都市エルヴィサに到着した俺は、すぐに街の変わり果てた姿に息を呑んだ。
市場はほとんど機能しておらず、物乞いをする子どもや物資を奪い合う大人たちの姿があちこちに見られる。建物の壁には「シラコ退陣!」と書かれた落書きがいくつもあり、国王への怒りが街全体を覆っていた。
俺は隠しカメラを胸元に忍ばせ、人々の様子を撮影しながら話を聞いた。
「こんな生活、もう限界だ。シラコなんかいらない。軍が立ち上がってくれるなら、俺たちはそれを支持する」
「売るものなんて何もない。仕入れもできないし、この国はもう終わりだよ」
そんな中、何度も耳にする名前があった――「ネギシ将軍」。
「ネギシ将軍が立ち上がれば、この国は変わる」
「軍部がシラコを排除してくれる日を待っている」
ネギシは軍部の実力者で、国王に対する不満を持つ国民たちの希望となっていた。
取材を続けるうちに、軍事施設周辺で不審な動きがあるという情報を得た。俺は人目を避けながら施設の近くに向かい、様子を探ることにした。
施設の周囲には厳重な警戒態勢が敷かれていたが、その隙間から何人かの将校たちが集まり、何やら話し込んでいる姿を見つけた。
隠しカメラをズームさせて録画を開始する。
「国王を排除する準備は整ったか?」
「ネギシ将軍の指示で、来週には動く予定だ」
「全ては国を救うためだ。シラコにはもう任せられない」
「クーデター」という言葉が何度も飛び交う中、俺は確実に証拠を記録していた。だが、緊張感の中で動いた俺の影に気づかれたのか、兵士の声が聞こえた。
「誰かいるぞ!確保しろ!」
追われる身となった俺は、路地を駆け抜けながらなんとか兵士たちの目を振り切った。だが、これで取材をやめるわけにはいかない。俺の頭の中には、ミカサデスクの言葉が浮かんでいた。
「岩木、君が持ち帰る映像が、真実を世界に伝える鍵になるのよ」
その言葉に突き動かされるように、俺は施設周辺に戻り、軍の動きを追い続けた。夜が明け、日が暮れるまで、建物の陰に隠れながらカメラを回した。
数日後、ついにその瞬間が訪れた。施設から軍用車両が一斉に出動し、市内に向かっていく様子が見られた。俺はその様子をすべて記録しながら、軍部が掲げる旗の中に「ネギシ将軍」の名が書かれているのを見つけた。
市内では銃声が響き、政府機関が次々と軍によって制圧されていく。
「国王を排除する!」
「新たなエルヴィスを築く!」
その声をカメラ越しに捉えながら、俺は何度も自問した。
「これで本当に国が救われるのか?」
やがて、シラコ国王が軍に拘束されたという情報が飛び込んできた。その瞬間、エルヴィス王国の支配構造が完全に崩壊したことを悟った。
俺はすぐに隠しカメラを携え、取材を終えて国境の村へと向かった。この映像をどうにかして報道局に届けなければならない。だが、軍の動きは予想以上に早く、国境周辺も封鎖され始めている。
「これで俺が捕まったら、全てが終わるな…」
自分の心臓の音が聞こえる中、なんとか村にたどり着いた俺は、国境を越えるルートを探し始めた。報道局への帰還が叶えば、この映像は世界中に衝撃を与えるだろう――。