異世界グルメ…!
ゴブリンの襲撃に関する取材を無事に終え、今日は念願の休みだ。
連日の取材やリオ博士の生放送に追い詰められ、もうクタクタだったし、たまにはこうしてゆっくり休むのも悪くない。
「せっかくだし、今日は一日何もしないで……いや、せっかくなら美味しいご飯でも食べに行くか」
ふと考えが浮かんだ。異世界に来てから、まともな食事らしい食事をした記憶がない。仕事が忙しいときはいつもテレビ局の食堂で簡単に済ませているからだ。
エルドラ・ヴィジョン・テレビの食堂は広く、いつも賑やかだ。テーブルがずらりと並び、壁には局で撮影されたニュース映像の写真が飾られている。カウンターにはさまざまな料理が並んでいるが、提供されるのは主に「記者の合間に食べること」を想定した軽食や丼ものが多い。味も悪くないが、なんとなく食堂っぽさを感じるメニューばかりで、異世界の独特な食文化を味わう機会がなかったのが少し物足りない。
「うん、今日は奮発して、ちゃんとしたお店に行ってみよう」
そう決心し、俺はエルダンの街中にある評判の良さそうな店を探しに出かけた。
街をぶらぶら歩いていると、賑わう市場通りを抜けた先に、古いレンガ造りの建物が目に入った。入口には美しい木製の看板がかかっており、「エルダン亭」と書かれている。温かみのある佇まいで、そこだけがゆったりとした空気を纏っている。
「ここ、なんか良さそうだな」
思わず惹かれ、店内へと足を踏み入れた。店内は木目の温もりが広がる落ち着いた雰囲気で、窓から差し込む陽光が心地良い。席には先客たちがゆっくりと食事を楽しんでおり、独特なスパイスの香りが漂ってきた。
「いらっしゃいませ!」
元気な声が店内に響き、ふと顔を上げると、カウンターの向こうに見知らぬ女性が立っていた。エプロン姿で、明るい笑顔を浮かべた彼女は、この店の看板娘らしい。彼女の名札には「カレン」と書かれている。
「初めてのお客様ですね? どうぞこちらへ」
カレンさんが案内してくれた席に腰掛け、メニューを広げてみると、そこにはさまざまな異世界らしい料理が並んでいた。「ドラゴンステーキ」や「エルダン風パスタ」など、どれも聞き慣れない名前ばかりだ。
「どれがオススメですか?」
「そうですね……エルダリア特産のスパイスで味付けした“森の果実サラダ”と、“魔獣肉のロースト”はいかがですか? どちらもこの街でしか味わえない一品ですよ」
カレンさんの勧めに従い、それらを注文した。料理が運ばれてくるまでの間、彼女は話し相手になってくれて、気さくな笑顔で異世界の食文化やエルダリア王国の話を教えてくれた。異世界の暮らしに少しずつ馴染んできたとはいえ、こうして街の人々と話すのはどこか新鮮だ。
やがて、テーブルに運ばれてきた料理は見た目からして美味しそうだった。森の果実サラダは鮮やかな色合いで、ひと口食べるとスパイスの香りが口いっぱいに広がる。魔獣肉のローストは柔らかく、噛むごとに肉の旨味がじゅわっとあふれた。
「うん、これは……すごく美味しい!」
思わず声に出してしまうほど美味しく、普段のテレビ局の食堂では味わえない本格的な料理に感動していた。カレンさんも嬉しそうに微笑んでくれた。
「気に入っていただけて良かったです。またぜひ来てくださいね」
俺はお腹いっぱいになり、温かい気持ちで店を出た。この異世界にはまだまだ知らない魅力がたくさんあるのだと改めて実感した。
テレビ局の取材や編集の忙しさも忘れ、今日だけは自分を甘やかすのも悪くない。異世界での贅沢なひと時を楽しみつつ、俺は「エルダン亭」にまた来ることを心に決めながら家路についた。
エルダンの夕暮れ時の街並みを眺めながら、満足感に包まれて歩いて帰る道すがら、ふとこんなことを思った。
「……明日も休もうかな」