ゴブリンと専門家…?
今日は一人で取材だ。
最近、街の近くに住むゴブリンが村を襲い始めたらしく、住民たちも怯えている。俺は、ゴブリン被害の取材を命じられ現場に向かっていた。荒れ果てた村を眺め、物々しい空気を感じながらカメラを構える。
「まったく、なんで俺が一人で……」
ぼやきつつ取材を進めていると、ふいに見覚えのある姿が目に入った。そこには、以前スライムの大量発生の際に出会った冒険者、レノンがゴブリンを次々に倒していた。彼は素早い剣さばきでゴブリンを一掃し、見事に現場を制圧していた。
「お前、また会ったな。記者の仕事は大変だな」レノンがこちらに気づいて笑いかけてくる。俺はカメラを構えたまま、彼にインタビューを申し出た。
「レノンさん、最近ゴブリンが暴れているって話なんですけど、何か原因があるんでしょうか?」
「さあな、俺は依頼されたら倒すだけだ。だが、ここまで活発に動くのは珍しい。」
原因についてはレノンもよくわからないらしい。だが、彼のインタビューは迫力があり、現場の状況を視聴者に伝えるには十分だった。俺はお礼を言って現場を後にし、局へ戻った。
局に戻り、取材内容を報道デスクのミカサさんに報告すると、彼女は何か考え込むように手元の資料を見つめた。
「ゴブリンがここまで暴れるなんて、何か原因があるはずよ。岩木、原因を説明できる専門家をスタジオに呼んで」
「専門家ですか? そんな人、どこにいるんですか……」
「ギルドに行けば、魔物の生態に詳しい研究者がいるはずよ。急いでお願いして」そう言われ、俺は半ば押し出されるようにして再びギルドへと向かった。
冒険者や依頼人で賑わうギルドは、様々な装備の戦士や魔法使いが溢れており、特に異変が多発する今は特に混雑している。木造の大きなホールに張り出された依頼板には、討伐から探索まで多様な依頼がぎっしりと並んでいた。
「こんな人混みの中から専門家なんて見つかるわけがないだろ……」
頭を抱えていると、目の前に薄汚れた小柄な老人がひょこひょこと現れた。白髪にぼさぼさのヒゲ、ヨレヨレの服で、どう見ても「専門家」には見えない。
「若いの、困っておるのか?」思いがけない言葉に、俺は一応、事情を説明してみることにした。
「ゴブリンの暴れ回る原因を教えてくれる専門家を探してるんですが……」
「ほう、それならわしが知っとるぞ」
「え!? ほんとですか?」
「わしはエルダリア王国公認の魔物第一研究者、リオ博士じゃ」俺は驚いて彼をまじまじと見た。半信半疑だったが、彼の自信に満ちた言葉に、ひとまず連れて行くしかないと判断した。
だが、内心「本当にこの人で大丈夫か?」と不安がよぎる。
局に戻り、薄汚れたリオ博士をデスクに紹介すると、ミカサさんが驚いた表情で声を上げた。
「リオ博士……! なんて光栄な……」
「え、博士って、もしかしてこの人が本物なんですか?」
「そうよ、エルダリア王国でも最も認められた魔物研究者の一人。普段はほとんど表に出ない方なのに、まさか出演してくださるなんて……」そう言うと、ミカサさんは慌ててリオ博士の身なりを整えるようスタッフに指示を出し、博士はスタジオでの準備に入った。
まさかこのおじいちゃんが、王国でも最も信頼される魔物の研究者だったとは……俺は予想外の展開に、ただ圧倒されるばかりだった。
リオ博士が解説を始めるのを横目に、俺は急いで原稿をまとめ、編集チームと連携しながら、放送の準備を進めていった。
「最近のゴブリンの異変には、食料不足が影響しているじゃろうな。周辺の森の果実が減り、生活圏を拡大せざるを得なくなっておる」
リオ博士は簡潔な言葉で、ゴブリンの行動の背景を説明していく。彼の話す内容はわかりやすく、テレビの前の視聴者にも伝わりやすい内容だ。ミカサさんの指示を受け、俺は急ぎで原稿にまとめていった。
「なるほど……ゴブリンが村を襲うのは、食料不足によるものなんですね」リオ博士の話を踏まえて原稿をまとめ、ギリギリで放送に間に合わせることができた。
生放送が始まり、リオ博士の的確な解説がスタジオ中に響く中、俺も原稿を仕上げた達成感に包まれた。
放送が無事終わり、スタジオの空気が和んだ頃、俺はホッと息をついた。
「よくやったわ、岩木。リオ博士を呼べるなんて大したものよ。博士が出演するなんて滅多にないわ」
「ありがとうございます……ところで、どうして博士がこんな急な依頼に応じてくれたんですか?」
気になった俺はリオ博士の方を向き、直接尋ねてみた。すると、博士は少し考え込んだ後、懐かしむような口調で話し始めた。
「若いの……、以前ここで記者をしておった男に、どことなく似とるんじゃ」
「俺に似てる記者が……?」
「まあ、記憶に残っとるだけの話じゃ。だから、お前の頼みを断るのも気が引けたんじゃよ」リオ博士は意味深な笑みを浮かべながら、静かに立ち去っていった。
俺にはまだ全貌がつかめないが、どうやらこの異世界での俺の姿は、博士の記憶にある誰かと重なっていたらしい。
こうして取材も無事に終わり、デスクのミカサさんからも褒められたが、緊張感でぐったりと疲れた一日だった。異世界での記者生活は、予想外の展開ばかりだ。
「……明日は、絶対に休んでやる」
そう心の中で強く決意しながら、俺はようやく仕事を終えて帰路についた。